film

 いま、ひとりの青年が有無を言わさず鋭利な刃物を持たされてしまう。深夜雨に濡れながらロンドンの片隅を走り抜け、ようやく叔父の床屋にたどり着いた途端「この客を殺せ!」と命令されるその青年の一方で、ロンドンの別の片隅では、街行く人々の中をたどたどしく歩く少女がいる。どうやら出産間近の妊婦らしい彼女の顔…
三宅 唱
辞書を引けばまず「地下鉄」と出てくるからには、地下を走るのが今では当たり前のパリのメトロが、19世紀末には、高架を走らせるか地下を走らせるかをめぐって、激しい議論が繰り広げられていたのは、比較的よく知られている。結局この論争は「地下派」が勝利し、やがて私たちが今日知るようなトンネル網が張り巡らされ…
橋本一径
 「原作に忠実、見事な映像化!」──世界的に名高い文学作品のシリーズが相次いで映画化される昨今、こうした賛辞には、ある種の空虚さを覚える。例えば「彼女は衣裳だんすの扉を開け、中に入った。」という一文が原作にあったとしよう。どんな相貌の「彼女」なのか? いかなる照明、アングルで一連の動作を撮るのか?…
石橋今日美
 いまあらためて、瞬間移動という主題で1本の映画が作られた。宣伝もストレートにこの点のみを強調する。「行き先、無制限」。広告には、エジプトのスフィンクス像のうえに寝椅子で寝そべりリラックスする男の写真。瞬間移動は、映画史のほとんどはじめからある主題だが、しかし『ジャンパー』は、ジョルジュ・メリエス…
三浦哲哉
1. 現実と虚構の往還  昨年1月、約600人もの報道陣を前に『大日本人』(2007)の製作発表記者会見が開かれ、松本人志の監督デビューが公表された。それから松本は、約半年後の劇場公開に先立って、数々のTV番組、雑誌から膨大な量のインタビューを受け続けることになる。  そして、そのような華々しさと…
三野友弘
 冒頭、一瞬だけ映し出された砂丘のイメージは、その向こうにあるはずの海を想像させる。8mmで撮られた海。だが海は映されない。虚ろな表情の女性が通り過ぎ、砂のイメージだけが残される。その後『砂の影』は、その大半を薄暗い室内シーンに費やすことになる。  そこで、この作品の制作者たちが8mmフィルムを選…
三浦哲哉
 前作『TAKESHIS'』(2005)では、売れない俳優の北野武と映画監督・タレントとして活躍するビートたけしというふたりのたけしを登場させながら、最終的にはどちらがビートたけしで北野武なのかという問題などどうでもよくなるほどに、さまざまな"たけし"の姿を混在させてみたわけだけれど、『監督・ばん…
月永理絵
言葉の外に現実はない、と教えられてたしかにそうだと思うことはできるし、それを言葉に繰り返すこともできるのだが、その無底のありさまを浮き彫りにして触れうるものとすることができない、と思い知って、いまさらながら己の凡庸さがありありと見えるものになる。本当はそのように思い知ることさえ己の力のなかにはなく…
森元庸介
 今日、最新テクノロジーの威力を謳うハリウッド大作の大部分が、単に観客が見たことがない映像世界を見せるという自己目的化によって、デジタル視覚効果技術に大々的に依拠している一方で、ロバート・ゼメキスという映画作家は、他の監督たちとは一線を画す視覚効果(VFX)の使い手である。実写とアニメーションを見…
石橋今日美
 血(縁)、女(性)、家(族)。アルモドバルの映画の基調をなすこれらの要素は、今作においても欠けてはいない。むしろ、盟友カルメン・マウラとペネロペ・クルスの母子関係を軸に、徹底して「男」を排除した家系図を描き出すこの映画は、『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)や『トーク・トゥー・ハー』(…
星野 太
 デイヴィッド・リンチの最新作『インランド・エンパイア』は、前作『マルホランド・ドライブ』(2001)とほぼ同様「A WOMAN IN TROBLE」の物語でありながら、あの混乱よりもさらに飛躍や断絶に満ち、これまで以上に饒舌なサウンドトラックに支配された映画になっている。映画は、「劇中の不倫と現…
三宅 唱
 『INAZUMA 稲妻』は、西山洋市が2005年に撮った30分の短編である。ここでまず戸惑うのは、この作品のタイトルだろう。なぜ『INAZUMA』でも『稲妻』でもなく、『INAZUMA 稲妻』なのか(さらにややこしいことに、その前年、この映画作家は『稲妻ルーシー』という長編を撮っている)。この作…
葛生 賢
 音がきこえてくる。映画は音とともにはじまる。……本日の牛肉市場はキログラムあたり……さて今晩の料理ですがまずは鶏肉をオーブンで……禁欲的な生活を営むべし、さもなければ地獄に……ピッチャーふりかぶります、第1球投げたー! ……今夜の渋滞はいかがですか? 現場の状況です……とラジオのチャンネルが切り…
三宅 唱
 「フランシスはエスキモーに氷を売ることもできるだろうよ」[*1]。『雨のなかの女』(1969)の配給をめぐるワーナーとの駆け引きに勝利したフランシス・フォード・コッポラの凄腕を、ジョージ・ルーカスはそう称えた。『地獄の黙示録』(1979)に対して、実際のヴェトナムはあんなものではなかった、という…
石橋今日美
 カンヌでの上映前よりすでに映画館で見られた予告編は、それはもう最高で、いったいあれは誰が作ったのだろう、ニュー・オーダーの「エイジ・オブ・コンセント」とともに、たとえばキルステン・ダンストが半口開けてシルクのスカートをはためかせながら薄暗い宮廷の廊下を走っているのだが、もうそのショットだけが永久…
松井 宏
 硫黄島の戦いを描く2部作──『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』が公開されるだいぶ前、日本陣営を描く『硫黄島からの手紙』には日本人の監督が起用されるという噂が流れていた。では一体だれになるものかと、われわれ映画ファンはいろいろな妄想や期待を膨らませていたものだ。『亡国のイージス』(05)を…
三浦哲哉
1.  1962年、小林悟監督の『肉体の市場』を嚆矢とし、やがて内外タイムズの村井実記者によって「ピンク映画」と命名された、日本の独立系プロダクション製作の成人映画(当初は「おピンク映画」と呼ばれていたようだが)、その無数のポルノグラフィー群のなかで、ある一連の作家たちは、(おもに)男性の視姦欲動…
寺岡愉治
 作品が自然を模倣するという論題が自明とされた時代があり、それが引っ繰り返されたこともあり、さらには論題をめぐる問いがほとんど用済みとされかけた時代がある。いまになって同じ論題をしばらく見つめ直すと、そこにある謎は決して解かれていないことがわかる。  周到さを経て偶然性を見かけのうえで作り出す、と…
森元庸介
 芥川賞受賞の経歴もある新進気鋭の小説家(中谷美紀)は、新作の執筆に行き詰まってしまったことから気分転換のために引っ越しすることを思い立つ。殺風景な都内のマンションから緑あふれる郊外の一軒家へと居を移した彼女は、その家の真裏にすすけた廃屋を発見する。その建物はある大学の研究施設として利用されている…
衣笠真二郎
0. 私たちは知っている。現実あるいは空想の世界で、目にした光景、出会った人々、触れ合ったものは、監視カメラで撮ったように、無差別かつ自動的に私たちのうちに記録されるものではないということを。記憶は意識的な判断に関わらず選択的に形成され、私たち自身に、そのルールの決定権はない。そして、さまざまな過…
石橋今日美
 指先に神経を集中してなにがしかのオブジェを操ること、こうした手作業の豊かなヴァリエーションが俳優トム・クルーズのキャリアを彩ってきたことは、そのフィルモグラフィーを一瞥すればあきらかだろう。『ハスラー2』(1986)、『トップ・ガン』(1986)、『カクテル』(1988)、そして『デイズ・オブ・…
三浦哲哉
 けだるく不穏な虫の声が響く中、キャメラは車でモーテルを出発しようとする、ふたりの男たちを親密に追い続ける。視界から奥行きを奪い、見る者のまなざしをキャメラの滑らかな横運動に追従させる、さびれたファサード。この文字通りの作品世界の表層が打ち破られ、われわれがフィクションの中心へと召喚されるのは、若…
石橋今日美
  「19歳になるあなたの息子がいます」と告げるピンクの手紙が届く。差出し人は不明。そしてビル・マーレイ扮する中年男、ドン・ジョンストンは手紙の主とおぼしき20年前の恋人を訪ねる旅に出る。以上がジム・ジャームッシュの6年ぶりの長編『ブロークン・フラワーズ』の冒頭である。伝説の女たらしのドン・ジョン…
三浦哲哉
『キングス&クイーン』(2004)の前年に発表された『"男たちと共に"演技するレオ』(2003)は、本編とそのリハーサル中の映像とを交互に編集した作品だが、潜在的には『二十歳の死』(1991)以来、すべてのデプレシャンの作品には、俳優たちがまさに"演技中"であるかのような印象があった。俳優たちがひ…
三浦哲哉
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