film

洋の東西を問わず、権力と映画はウマが合わない。 歴史上、権力が映画を利用しプロパガンダを作れば、ロクな作品ができた試しはないし、逆に映画が権力を中心化して描こうとするとき、作品としての輝きが損なわれてしまうという罠がある。とくに歴史上の権力者を主人公とする、いわゆる伝記映画は、生まれたときから死ぬ…
舩橋 淳
 『ブラック・スワン』は、ナタリー・ポートマン演じるニナが、プリマドンナに選ばれ、不安と苦悩を乗り越え、大成功する話である。 ……と要約しても間違いではないといえば間違いがないのだが、それは所謂一般向けの惹句に過ぎない。確かにストーリーラインだけを見ればその通りであるが、それを期待して観に行くと大…
藤田直哉
 昨年末、ヨーロッパの知人・友人の映画評論家たちが『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー監督、2010年)を2010年のベスト10の1本に挙げているのを知った。他でもないFacebook上で見たのだ。離婚した元夫の動向を知るために架空のアカウントを作って「友達」になろうとする元妻、…
石橋今日美
"TRON: LEGACY" Film Frame ©Disney Enterprises, Inc. All Rights Reserved.  CGを初めて全面的に使用した劇場用長篇『トロン』(スティーヴン・リズバーガー監督、1982)が製作された当時、「カイエ・ドゥ・シネマ」の批評家だったオ…
石橋今日美
 映画と夢は相性がいい。映画自身も夢を描写してきたし、鑑賞者の側も精神分析などを用いて、夢を分析するように映画を解釈してきた。しかも、この「夢」には、睡眠時に見る夢と、願望の投影である夢との両方の意味が託されている。テクノロジーによる芸術であり、同時に大衆娯楽でもあるが故に、映画は資本主義の欲望と…
藤田直哉
 産業の世界に機械が現れてから、生物(オーガニズム)に対する機械(メカニズム)の脅威というものは、労働と関連し、疎外論的な形で何度も語られてきた。ハリウッド映画で何度も語られる「人間vs機械」というテーマは、近代の始まりにまで由来する一つのクリシェのような恐怖と疎外感を反映している。『ターミネータ…
藤田直哉
 ジェームズ・キャメロンの実に12年ぶりの監督作『アバター』は、最先端の3D(立体)映像技術による圧倒的な視覚体験を堪能できる超大作として、昨年末の公開後、世界的な大ヒットを続けている。その勢いは凄まじく、つい先日は、自らの前作『タイタニック』(1997)が保持していた映画史上最高の興行収入記録を…
渡邉大輔
 作品はいつの間にか始まっている。この作品の制作会社などのロゴが表示され、しばしの黒画面が映し出されている時点で、ラジオのチャンネルが何度か切り替えられる音が聞こえてくる。この音は、すでに映画の中の音であり、それを観客は映画の中へと入り込むちょっと前から聞かされることになる。  黒画面からイギリス…
工藤 鑑
「写真/瀧本幹也」  是枝裕和の長編劇映画第7作『空気人形』は、突然人間と同じ「心」を持ってしまったラブドール(=「空気人形」)のはかない恋模様をめぐる寓意的な「ファンタジック・ラブストーリー」として、現在話題を集めている。  レヴューの読者はいささか面食らうかもしれないが、最初にこの映画に関する…
渡邉大輔
 『シネマ坊主』シリーズとして単行本化された松本人志の映画コラムは、既存の映画がいかに無意味な約束事にしばられているかをその都度、指摘していくことによって延々と書き継がれていた。不自然なハッピーエンドやお約束のセリフ、どうして映画だとこれらが許されるのか。そう語ってきた松本は、自分で撮る側にまわっ…
三浦哲哉
 『グラン・トリノ』については、すでに有り余るほど多くの言葉が費やされている。この映画の物語は、人生に踏み出すことと老いていくこととの物語、贖罪の物語、正義と暴力に関する物語、文化・民族・世代の衝突ならびに融和の物語としてもっぱら読まれているだろうけれど、その一方、「アメリカ」そのものの寓話として…
篠儀直子
 すでに小さな話題になっているようであるが、『月夜のバニー』の主人公の母親役に私もいたく感銘を受けた。皺の刻まれた夏木マリ系の相貌が未だにひとまわり年下の男と寝もする女性の深い業を感じさせ、また、相手への半ば軽蔑の色をたたえたその眼差しは長い年月をかけてあらゆる幻滅に馴れていった年増女の凄みを感じ…
三浦哲哉
I 歴史  個人的にお気に入りの女優のひとりであるケイト・ブランシェットを目当てに、デビッド・フィンチャー監督の新作『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』を少々遅ればせながら観た。最初に映画のあらましをざっと確認しておこう。今年度のアカデミー賞にも13部門でノミネートされている話題作なので、ご存知の…
渡邉大輔
1.  開巻早々、どうやら実際の警察記録らしいモノクロ写真がスライドされる。便器に捨てられた注射針。連行される男。横たわる死体。そこに写った警察官の肩のワッペンから、原題("We own the night")の由来が判る。画面は暗転して、ブロンディーの"Heart of glass"がゆっくりと…
三宅 唱
 この映画の冒頭を飾る一連のシークエンスは、まさしく「ロメールの署名」と呼ぶにふさわしいものだ。『我が至上の愛』の原作であるオノレ・デュルフェ(1568-1625)の長編小説『アストレ』は、現在ロワールと呼ばれる旧フォレ地方を舞台としている。しかし昨今の都市開発にともなう雑音の問題から、この地での…
星野 太
 アメリカ人の一家が湖畔の別荘へと車を走らせている。彼らはそこで夏のヴァカンスを過ごすのだろう。一家は車内でクラシック音楽の曲当てクイズを楽しんでいる。作品はボートを牽引する4WD車を上空から捉えた俯瞰ショットと、ヘンデルのオペラによって幕を開ける。車が別荘に近づくとカメラは車内へと移るのだが、一…
大谷昌之
 『ロルナの祈り』に2008年のカンヌ国際映画祭が脚本賞を与えたのは、率直に言って悪くない判断なのではないか、と勝手に思っていた。賞が質を保証するというのはまやかしには違いないのだけれど、カンヌ4作連続主要賞受賞という「失敗のなさ」は、何かにつけ話の矛先が向かいがちな「社会派」的なモチーフやドキュ…
中村真人
 男がドアをノックする。女がドアを開ける。ウーはいるか? と男が尋ねると、女は知らないと答えてドアを閉める。するとまた別の男が現れ、ウーはいるか? と尋ねる──まずはここから撮ろう。その先は? と誰かが尋ねると、そんなことはわからない、まずはこれを撮ってからだ、と答える。  決まった脚本も無いまま…
三宅 唱
 『ばけもの模様』は、今年6月に劇場公開された石井裕也監督の第4作にして最新長編である。さらに製作じたいは昨年(2007年)のことであり、日本での一般公開に先駆けて海外の国際映画祭での上映歴もあるので、レヴューとしてはかなり時期はずれの作品になるだろう。とはいえ、現在の日本映画では最も若い世代に属…
渡邉大輔
 『闇の子供たち』の最後に流れる桑田佳祐のエンディング・テーマは、ちょうど北京オリンピックの日本公式テーマソングとなったミスター・チルドレンの楽曲のような違和感を覚えさせる。競技そのものの非情な現実を場違いに飾り立てるセンチメンタリズムにおいて。そして結局のところ、それが日本人の視点から歌われるに…
三浦哲哉
長い空白を経てつくられた「インディ・ジョーンズ」シリーズ最新作を前に、一体なぜ今になって新作がつくられる必要があったのかと、思わず首をかしげてしまった。しかし、おそらく最新作『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』がつくられた一番の目的は、老いたインディ・ジョーンズに、もう一度光の射す場…
月永理絵
 シルヴェスター・スタローンのシリーズ最新作『ランボー 最後の戦場』を見終えたとき、そのあまりの短さに驚いた。ちょうど90分。これはもちろんシリーズ最短で、軽々と2時間を超える昨今のアクション大作とくらべてもかなり短い部類だ。そして、この映画のラストショット──はるか向こうに伸びる一本道をいつまで…
三浦哲哉
 いま、ひとりの青年が有無を言わさず鋭利な刃物を持たされてしまう。深夜雨に濡れながらロンドンの片隅を走り抜け、ようやく叔父の床屋にたどり着いた途端「この客を殺せ!」と命令されるその青年の一方で、ロンドンの別の片隅では、街行く人々の中をたどたどしく歩く少女がいる。どうやら出産間近の妊婦らしい彼女の顔…
三宅 唱
辞書を引けばまず「地下鉄」と出てくるからには、地下を走るのが今では当たり前のパリのメトロが、19世紀末には、高架を走らせるか地下を走らせるかをめぐって、激しい議論が繰り広げられていたのは、比較的よく知られている。結局この論争は「地下派」が勝利し、やがて私たちが今日知るようなトンネル網が張り巡らされ…
橋本一径
 「原作に忠実、見事な映像化!」──世界的に名高い文学作品のシリーズが相次いで映画化される昨今、こうした賛辞には、ある種の空虚さを覚える。例えば「彼女は衣裳だんすの扉を開け、中に入った。」という一文が原作にあったとしよう。どんな相貌の「彼女」なのか? いかなる照明、アングルで一連の動作を撮るのか?…
石橋今日美
 いまあらためて、瞬間移動という主題で1本の映画が作られた。宣伝もストレートにこの点のみを強調する。「行き先、無制限」。広告には、エジプトのスフィンクス像のうえに寝椅子で寝そべりリラックスする男の写真。瞬間移動は、映画史のほとんどはじめからある主題だが、しかし『ジャンパー』は、ジョルジュ・メリエス…
三浦哲哉
1. 現実と虚構の往還  昨年1月、約600人もの報道陣を前に『大日本人』(2007)の製作発表記者会見が開かれ、松本人志の監督デビューが公表された。それから松本は、約半年後の劇場公開に先立って、数々のTV番組、雑誌から膨大な量のインタビューを受け続けることになる。  そして、そのような華々しさと…
三野友弘
 冒頭、一瞬だけ映し出された砂丘のイメージは、その向こうにあるはずの海を想像させる。8mmで撮られた海。だが海は映されない。虚ろな表情の女性が通り過ぎ、砂のイメージだけが残される。その後『砂の影』は、その大半を薄暗い室内シーンに費やすことになる。  そこで、この作品の制作者たちが8mmフィルムを選…
三浦哲哉
 前作『TAKESHIS'』(2005)では、売れない俳優の北野武と映画監督・タレントとして活躍するビートたけしというふたりのたけしを登場させながら、最終的にはどちらがビートたけしで北野武なのかという問題などどうでもよくなるほどに、さまざまな"たけし"の姿を混在させてみたわけだけれど、『監督・ばん…
月永理絵
言葉の外に現実はない、と教えられてたしかにそうだと思うことはできるし、それを言葉に繰り返すこともできるのだが、その無底のありさまを浮き彫りにして触れうるものとすることができない、と思い知って、いまさらながら己の凡庸さがありありと見えるものになる。本当はそのように思い知ることさえ己の力のなかにはなく…
森元庸介
 今日、最新テクノロジーの威力を謳うハリウッド大作の大部分が、単に観客が見たことがない映像世界を見せるという自己目的化によって、デジタル視覚効果技術に大々的に依拠している一方で、ロバート・ゼメキスという映画作家は、他の監督たちとは一線を画す視覚効果(VFX)の使い手である。実写とアニメーションを見…
石橋今日美
 血(縁)、女(性)、家(族)。アルモドバルの映画の基調をなすこれらの要素は、今作においても欠けてはいない。むしろ、盟友カルメン・マウラとペネロペ・クルスの母子関係を軸に、徹底して「男」を排除した家系図を描き出すこの映画は、『オール・アバウト・マイ・マザー』(1999)や『トーク・トゥー・ハー』(…
星野 太
 デイヴィッド・リンチの最新作『インランド・エンパイア』は、前作『マルホランド・ドライブ』(2001)とほぼ同様「A WOMAN IN TROBLE」の物語でありながら、あの混乱よりもさらに飛躍や断絶に満ち、これまで以上に饒舌なサウンドトラックに支配された映画になっている。映画は、「劇中の不倫と現…
三宅 唱
 『INAZUMA 稲妻』は、西山洋市が2005年に撮った30分の短編である。ここでまず戸惑うのは、この作品のタイトルだろう。なぜ『INAZUMA』でも『稲妻』でもなく、『INAZUMA 稲妻』なのか(さらにややこしいことに、その前年、この映画作家は『稲妻ルーシー』という長編を撮っている)。この作…
葛生 賢
 音がきこえてくる。映画は音とともにはじまる。……本日の牛肉市場はキログラムあたり……さて今晩の料理ですがまずは鶏肉をオーブンで……禁欲的な生活を営むべし、さもなければ地獄に……ピッチャーふりかぶります、第1球投げたー! ……今夜の渋滞はいかがですか? 現場の状況です……とラジオのチャンネルが切り…
三宅 唱
 「フランシスはエスキモーに氷を売ることもできるだろうよ」[*1]。『雨のなかの女』(1969)の配給をめぐるワーナーとの駆け引きに勝利したフランシス・フォード・コッポラの凄腕を、ジョージ・ルーカスはそう称えた。『地獄の黙示録』(1979)に対して、実際のヴェトナムはあんなものではなかった、という…
石橋今日美
 カンヌでの上映前よりすでに映画館で見られた予告編は、それはもう最高で、いったいあれは誰が作ったのだろう、ニュー・オーダーの「エイジ・オブ・コンセント」とともに、たとえばキルステン・ダンストが半口開けてシルクのスカートをはためかせながら薄暗い宮廷の廊下を走っているのだが、もうそのショットだけが永久…
松井 宏
 硫黄島の戦いを描く2部作──『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』が公開されるだいぶ前、日本陣営を描く『硫黄島からの手紙』には日本人の監督が起用されるという噂が流れていた。では一体だれになるものかと、われわれ映画ファンはいろいろな妄想や期待を膨らませていたものだ。『亡国のイージス』(05)を…
三浦哲哉
1.  1962年、小林悟監督の『肉体の市場』を嚆矢とし、やがて内外タイムズの村井実記者によって「ピンク映画」と命名された、日本の独立系プロダクション製作の成人映画(当初は「おピンク映画」と呼ばれていたようだが)、その無数のポルノグラフィー群のなかで、ある一連の作家たちは、(おもに)男性の視姦欲動…
寺岡ユウジ
 作品が自然を模倣するという論題が自明とされた時代があり、それが引っ繰り返されたこともあり、さらには論題をめぐる問いがほとんど用済みとされかけた時代がある。いまになって同じ論題をしばらく見つめ直すと、そこにある謎は決して解かれていないことがわかる。  周到さを経て偶然性を見かけのうえで作り出す、と…
森元庸介
 芥川賞受賞の経歴もある新進気鋭の小説家(中谷美紀)は、新作の執筆に行き詰まってしまったことから気分転換のために引っ越しすることを思い立つ。殺風景な都内のマンションから緑あふれる郊外の一軒家へと居を移した彼女は、その家の真裏にすすけた廃屋を発見する。その建物はある大学の研究施設として利用されている…
衣笠真二郎
0. 私たちは知っている。現実あるいは空想の世界で、目にした光景、出会った人々、触れ合ったものは、監視カメラで撮ったように、無差別かつ自動的に私たちのうちに記録されるものではないということを。記憶は意識的な判断に関わらず選択的に形成され、私たち自身に、そのルールの決定権はない。そして、さまざまな過…
石橋今日美
 指先に神経を集中してなにがしかのオブジェを操ること、こうした手作業の豊かなヴァリエーションが俳優トム・クルーズのキャリアを彩ってきたことは、そのフィルモグラフィーを一瞥すればあきらかだろう。『ハスラー2』(1986)、『トップ・ガン』(1986)、『カクテル』(1988)、そして『デイズ・オブ・…
三浦哲哉
 けだるく不穏な虫の声が響く中、キャメラは車でモーテルを出発しようとする、ふたりの男たちを親密に追い続ける。視界から奥行きを奪い、見る者のまなざしをキャメラの滑らかな横運動に追従させる、さびれたファサード。この文字通りの作品世界の表層が打ち破られ、われわれがフィクションの中心へと召喚されるのは、若…
石橋今日美
  「19歳になるあなたの息子がいます」と告げるピンクの手紙が届く。差出し人は不明。そしてビル・マーレイ扮する中年男、ドン・ジョンストンは手紙の主とおぼしき20年前の恋人を訪ねる旅に出る。以上がジム・ジャームッシュの6年ぶりの長編『ブロークン・フラワーズ』の冒頭である。伝説の女たらしのドン・ジョン…
三浦哲哉
『キングス&クイーン』(2004)の前年に発表された『"男たちと共に"演技するレオ』(2003)は、本編とそのリハーサル中の映像とを交互に編集した作品だが、潜在的には『二十歳の死』(1991)以来、すべてのデプレシャンの作品には、俳優たちがまさに"演技中"であるかのような印象があった。俳優たちがひ…
三浦哲哉
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