弟子たち——
C・イーストウッド『グラン・トリノ』

篠儀直子

 『グラン・トリノ』については、すでに有り余るほど多くの言葉が費やされている。この映画の物語は、人生に踏み出すことと老いていくこととの物語、贖罪の物語、正義と暴力に関する物語、文化・民族・世代の衝突ならびに融和の物語としてもっぱら読まれているだろうけれど、その一方、「アメリカ」そのものの寓話として読もうとする人も現われるかもしれないと思わせるところもあって、つまり多様な読みを誘発するに足る豊かさと大衆的わかりやすさ(『チェンジリング』[2008]のたぐいまれなる混濁性と比較されたし)をたたえているのだが、クリント・イーストウッド作品を観続けている者にとって、この映画は何よりもまず、「イーストウッド監督映画および出演映画の総集編」のように思えることだろう。実際、ただでさえ衝撃的なあのクライマックスは、イーストウッドがこれまで演じてきた人物たちのイメージが重なることによって、とてつもない破壊力を発揮することとなり、ほんとうに、ほんとうに、取り返しのつかない事態が起こってしまったという思いで観る者を打ちのめすのだけれど、以上数行にわたって述べてきたことは、これまでにもうほかの人たちがいろいろと論じてくださっているところだからここでは繰り返さない。ただ、この映画は「イーストウッド最高傑作」というよりも、「イーストウッドのフィルモグラフィにおけるスピンオフ作品」と呼ばれるほうがふさわしいのではないかとのみ言い添えておく。

 そこで本稿が注目したいのは、多くのレヴューにおいてどうしても言及されなかったり後回しにされがちであったりしたあの人物、しかし言及が後回しにされがちであるわりには、この映画中最も美しいシーンのひとつが惜しげもなく捧げられているあの人物である。その美しいシーンとは、イーストウッド演じる主人公ウォルトの隣家の少女・スーが悲劇に見舞われたのち、ウォルトが漆黒の闇のなかで思いに沈むシーンであり、問題の人物とは、そこへ訪ねてくる青年神父のことだ。『ミリオンダラー・ベイビー』(2004)の神父であれば絶対に口にしないだろう意見を口にすることで、彼は観客を驚かせると同時に、ある飛躍を遂げる。その飛躍が何であったか、説明せよともしのちの彼が言われたならば、おそらく「人間の何たるかをあのとき悟りました」とか何とかもっともらしいことを優等生顔で言うのだろうけれど、このフィルムを開巻から追って来た者は、それとは違う答えを知っている。彼はこのとき、ウォルトの「身内」になったのだ──スーや、スーの弟のタオと同様に。

 公式には「若き日のスペンサー・トレイシーに似ているからキャスティングした」と発表されている神父役の若手俳優は、スーやタオと同じぽちゃぽちゃの丸顔だ。なぜなら彼は、スーやタオがそうであるのと同様、ウォルトの「身内」、ウォルトの「孫」となる運命にある、27歳の「子ども」を演じているのだから。そう、この神父はもうひとりのタオである。物語の終盤に、神父がふたりの警官によって両脇を抱えられ引きずられていくシーンがある。そのときの彼の無力さと役立たずぶりときたらもはや滑稽の域に達しているのだが、よくよく考えてみれば(考えてみなくとも?)こんな滑稽な演出がここに置かれているというのはおかしなことではないか。そこでわれわれは、タオがずっと前のシーンで、まったく同じ身振りを演じさせられていたことを思い出すだろう。タオはモン族コミュニティ内の強者たるギャングたちに引きずられていたのだが、神父はコミュニティ一般の強者たる警察権力に引きずられていたわけだ。

 老人の知恵は子どもを無力さから救い出すのだろうか。ちょうど、ウォルトが授けたスキルによって、人生の糸口をつかまえることがタオに可能となったように。先に述べた漆黒の闇のシーンに至るまで、ウォルトは神父の訪問を、青臭い机上の空論の押し付けとして忌み嫌っていたけれど、実際のところ神父がやろうとしていたことは、自分の言葉を押し付けるというよりは、ウォルトの言葉を引き出すことではなかったか。ついにその言葉を引き出した神父は、ウォルトの行動を予見し、その結果を見届けたことで、タオと並んでウォルトの教えを継承するもうひとりの「弟子」になる。あるいは、十字架にかかった老人の「使徒」になったのだと言ってもよい。

『グラン・トリノ』 GRAN T0RINO

監督:クリント・イーストウッド
製作:クリント・イーストウッド、ロバート・ロレンツ、ビル・ガーバー
原案:デヴィッド・ジョハンソン、ニック・シェンク
脚本:ニック・シェンク
撮影:トム・スターン
編集:ジョエル・コックス、ゲイリー・D・ローチ
音楽:カイル・イーストウッド、マイケル・スティーヴンス
出演:クリント・イーストウッド、ビー・ヴァン、アーニー・ハー、クリストファー・カーリー、コリー・ハードリクト

2008年/アメリカ・オーストラリア/116分

4月25日(土)丸の内ピカデリー他 全国ロードショー
公式サイト:http://www.grantorino.jp
(配給:ワーナー・ブラザース映画)

18 May 2009
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