The Girl and the Brain──
D・フィンチャー『ソーシャル・ネットワーク』

石橋今日美

 昨年末、ヨーロッパの知人・友人の映画評論家たちが『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー監督、2010年)を2010年のベスト10の1本に挙げているのを知った。他でもないFacebook上で見たのだ。離婚した元夫の動向を知るために架空のアカウントを作って「友達」になろうとする元妻、志願者の履歴書に記された内容の裏付けを取るためにサイトを利用する企業の人事採用担当者、「relationship status」(恋人の有無などについての情報を公開するプロフィールの項目)の更新をめぐって起こるカップルのいさかい、破局……風が吹けば桶屋が儲かるFacebook。利用者のプライベートとの癒着・密着度を示す実話の数々に、今後Facebookが日本でも普及するか、といった議論自体、「今さら」感を与えるが、映画的フィクションと想像力はいかにインターネットのモンスターとその生みの親、マッドサイエンティストに立ち向かったのか?

 『ソーシャル・ネットワーク』のオープニング、創設者のメンバーのひとりマーク・ザッカーバーグがバーで恋人エリカに振られる場面は、作品全体のトーンを決定する重要な役割を果たしている。まずスピード。デヴィッド・フィンチャー監督は、キャストが肉体的疲労に達し、役柄の内面を作り込む余裕や計算もなく、膨大な台詞が自然と口から発せられるまでテイクを重ねる、というロベール・ブレッソン的なメソッドを実践したそうだが、マーク(エキサイティングな不透明さ、得体の知れなさを体現するジェシー・アイゼンバーグ)の早い口調は実に印象的に演出されている。目の前の女の子が本当にガールフレンドなのか、そもそも相手の存在を意識しているのか、首をかしげたくなる独りよがりなトークの炸裂。怒ったエリカ(本作では庶民的なナタリー・ポートマン風のルーニー・マーラ。ヒロインに抜擢されたフィンチャー最新作『The Girl with the Dragon Tattoo』ではイメージを一新!)が、マークを切り捨てるのも無理はない。あなたは将来コンピューター業界で成功者にはなっても、女性にはもてない。オタクだからではなく、「Assholeだからよ!」。ここで主人公をサイバースペースでの暗躍へと突き動かすモチベーションが提示される。まず、知能指数もプライドも人一倍高いマークによる個人的な失恋の腹いせ。寮に帰った彼は直ちに、エリカは「ヴィクトリアズ・シークレット」(主にランジェリーのカタログ通信販売で有名な米大手ブランド。妻の下着の買い物に付き合うのが恥ずかしかった男がブランドを立ち上げた逸話が後に披露される)の力を借りてバストサイズをごまかしている、など自身のブログに悪口を書き殴る。そして女子学生一般の揶揄(不正入手した全女子学生の写真データベースから任意の2枚を並べ、どちらがホットかをユーザーに投票させるサイト「フェイスマッシュ」の立ち上げ)。さらには効率のいいナンパに役立つ情報の一般提供(映画が描く、悪名高き「relationship status」誕生の背景。彼氏持ちの女の子に敢えて声をかけてふられることを防止)。マークとその周辺の人物たちの異性関係の問題を、彼らの躍進ぶりとリンクする形で描いている点で、本作は「学園もの」、「青春映画」の王道を裏切らない(アメリカの大学生活で学生の「格付け」機能を持つ名門「社交クラブ」の存在の描写も興味深い。Facebookはそのアンチテーゼ的存在でもある)。けれども、そこには若き億万長者であっても、学生時代はごくありふれた悩みを持っていた、というような脱神話化の意図はない。本作はマーク・ザッカーバーグの「素顔」を探るフィルムでも、創設者に倫理的な判断を下す作品でもない。冒頭のシーンほど、明らかに主人公に好印象を抱けない場面は他には見られない。作品は焦点の定まった「素顔」、人物像を模索しない。マークと主要登場人物はあたかも万華鏡を通して映し出され、その像は刻々と変化し、砕け散っては再生を繰り返す。Facebook創設をめぐる法的なトラブルにも、フィルムは明快な事件解決を見せてくれるわけではない。だが本作を、デジタル時代の単なる『藪の中』と片付けるのは早合点だろう。

 「そうじゃない」という弁護士に反駁するマークの言葉で、学生時代のシークエンスは突然3年後、サイトの所有権と功績の問題をめぐる裁判前の調停の場面に移る。テーブルにはマークとFacebookに資金提供したかつての友人で共同設立者エドゥアルド・サベリン(アンドリュー・ガーフィールド)、アイディアを盗用されたと主張する双子のウィンクルボス兄弟(米大人気TVドラマ『Gossip Girl』にも出演し、キャンパスのエリートを素晴らしく体現するアーミー・ハマーを一人二役で双子にキャストしたアイディアは秀逸)とそれぞれの弁護士が顔を揃える。自己弁護のために誰もが真実を語っているとは限らないし、そもそも唯一絶対の真実の究明などあり得ないのではないか……そんな「グレーゾーン」にある彼らのやりとりは、映像表現にも反映されている。各ショットの被写界深度は比較的浅く、発言する人物にピントが合わされる。話す主体の変化に合わせて、画面の切り替えはスピーディーで、同一のショットの中で発言主が変われば、ピント送りが用いられることもある。焦点内/焦点外が素早く切り替わる中、登場人物達はあたかもワンショットにおいて、発言権とフォーカスを同時に争っているかのようだ。フォーカスから外れてしまえば、発言の正当性を主張する機会そのものを失ってしまう。そしてフィルムは誰一人に、常に安定してフォーカスを合わせない。

 作品が過去と現在のシークエンスが交錯する形式をとるようになって、さらに特筆すべきはスピードだ。ここで言うスピードとは台詞回しの速さではなく、調停で取り上げられる論点とそれに合致する過去のシーンが、数年の時間の厚みなどないようにつなぎ合わされるスピードを指す。例えば、マークにとっては憧れの「師匠」的存在、エドゥアルドにとっては彼らの友情と共同事業を壊した元凶とも言える、ナップスターの創始者ショーン・パーカー(ジャスティン・ティンバーレイクが意外にもはまり役)がレストランで初めて顔を合わせるシーン。調停の場面とレストランのテーブルでエドゥアルドがショーンに対する悪印象を語るフレーズは、過去と現在のシーンが切り替わっても、時差なく連続して響く。初対面のエピソードの締めくくりを語るのに、エドゥアルドは、ショーンが立ち去る前に会社に最大の貢献をした、と述べる。場面は間髪を置かずレストランに切り替わり、ショーンが「The Facebook」の「The」をとって「Facebook」にした方がクールだ、と言い残して立ち去る、といったように記念すべきサイト命名の瞬間も、過去と現在の「ぺらぺらな」連続性とスピードで描かれる。『ゾディアック』(2007年)では、連続殺人鬼から殺人予告の暗号が送りつけられ、実際の犯行が起こるまでのサスペンス、時間の経過の複数のサイクルが作品の核をなしていたが、本作では真実が明かされるまでの宙づりの時間の体験の代わりに、過去と現在の出来事がほとんどシームレスに素早く入れ替わり、新事業に乗り出す若き起業家たちのスリルと熱情が強調される。

 Facebook創立当時のトラブルの真実を解き明かすことが目的とは思えない本作が実際に迫ろうとしているのは、Facebookというメディアそのものではないだろうか。登場人物たちが映画の画面の表層で絶えずフォーカスイン/アウトするように、モニター上のFacebookの「Wall」(ユーザーの投稿が表示される掲示板のようなもの)にも様々なトピックスが書き込まれるが、常に注目の的となるようなものはなく、次々と新たな投稿がなされ、古いものは画面の下へと消えてゆく。時間の感覚についても同様のことが言えるだろう。それぞれのユーザーの「Wall」のページをひらけば、3分前の書き込みであろうが、2年前の写真であろうが、スクロールで簡単に表示することができる。日記帳や紙のアルバムのような「個人史」の物理的な厚みはない。過去と現在の手触りのある境界、人間の記憶の区切りは、「Wall」上には存在しない。そんなフィルムであっても、ラストは「青春映画」の古典を忘れてはいないようだ。外が暗くなった調停の会議室には、パソコンを前にまだ席に着いているマークと、彼に同情的な態度を見せてきた同世代の女性弁護士マリリンのふたりが残っている。オープニングと呼応する形で、マリリンはマークに、あなたはAssholeではなく、そうなろうと一生懸命になっているだけ、と言い残して立ち去る。彼は一瞬間を置き、Facebookにログインし、エリカがサイトに登録しているのを確認してかすかな微笑みを浮かべる。そして彼女にメッセージを送るか、「友達」の「リクエスト」ボタンを押すか躊躇し、後者を選ぶ。何度もコンピューターの更新ボタンを押して、彼女の「承認」を待ちながら……ネットビジネスの覇者は、たくさんの女の子に囲まれてシャンパンに溺れたかったわけではない。SNSをまったく利用したことのない者にはピンとこないかもしれない場面だが、未だにひとりの女の子のことが彼の心を離れなかった。自身が立ち上げたサイトによって、皮肉にもマークは自らが作り出した種の孤独と苦い想い出の瞬間を味わうことになる。

『ソーシャル・ネットワーク』 THE SOCIAL NETWORK

監督:デヴィッド・フィンチャー
製作総指揮:ケヴィン・スペイシー
原作:ベン・メズリック
脚本:アーロン・ソーキン
撮影:ジェフ・クローネンウェス
出演:ジェシー・アイゼンバーグ、アンドリュー・ガーフィールド、ジャスティン・ティンバーレイク、アーミー・ハマー

2010年/アメリカ/120分

26 Feb 2011

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