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   <title>ウェブの見る夢＝映画──ジェームズ・キャメロン『アバター』 </title>
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   <published>2010-03-02T14:14:31Z</published>
   <updated>2010-03-08T16:31:04Z</updated>
   
   <summary>［film］「ウェブ的なもの」と「映画的なもの」のあらたな関係</summary>
   <author>
      <name>渡邉大輔</name>
      
   </author>
         <category term="film" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="349" label="J・キャメロン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/avatar001.jpg"></div>
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　ジェームズ・キャメロンの実に12年ぶりの監督作『アバター』は、最先端の３Ｄ（立体）映像技術による圧倒的な視覚体験を堪能できる超大作として、昨年末の公開後、世界的な大ヒットを続けている。その勢いは凄まじく、つい先日は、自らの前作『タイタニック』（1997）が保持していた映画史上最高の興行収入記録をあっさりと塗り替えてしまった。先日開催された第82回アカデミー賞でも作品賞以下9部門にノミネートされ、撮影・美術・視覚効果賞の3部門で受賞した。本作は西暦2154年の未来に、地球から約5光年離れた衛星パンドラを舞台に繰り広げられる、人類とパンドラの先住民族ナヴィ族との攻防を描いたキャメロンらしいスペクタクルＳＦである。<br>
　素朴な感想から入ると、すでに各所で指摘されているようだが、私が劇場で本作の映像を観た時に真っ先に連想したのは、実は宮崎駿の諸作品だった。例えば、太古の原生林が残る秘境に暮らす野性的な美しさを持った少女と、その自然を破壊する側の近代的人間（人類）の青年が出会い、最初は反発しながらも恋や深い連帯で結ばれていくという基本的な物語は、明瞭に『もののけ姫』（1997）のサンとアシタカの邂逅を思わせるし（主人公の青年が身体に宿命的な傷を負っているという設定も似通っている）、他方で具体的なイメージに即しても、クライマックス近く、パンドラのひとの手の入っていない緑の大地に、突如山影を縫うようにして、人類の乗った怪しく黒光りする鋼鉄の巨大空母が姿を現すシークエンスなどは、小さなナヴィの人々と巨大な空母との強烈な対比を示す画面の構図、またメカのデザインの細部にいたるまで『風の谷のナウシカ』（1984）における、風の谷に大国トルメキアの航空母艦が侵入してくる冒頭のシークエンスと実によく似ている。本作に数多く登場する奇妙な姿のクリーチャーたちも『ナウシカ』の腐海に出てくる巨大な昆虫たちそっくりだ［<a name="0001"></a><a href="#001">*1</a>］。<br>
　そういえば、処女作『殺人魚フライングキラー』（1981）以来、その作品に濃密な「水」のイメージをまとわせてきたことで知られるキャメロンにしては珍しく（？）、強烈な「風」（大気の流れ）を伴った空中飛行のシークエンスが全編を占めている点も、そうした連想をことさら働かせたのかもしれない。キャメロンが押井守から決定的な影響を受けているのは周知の事実だから、ジャパニメーションの代表的な作家としてどこかでインスパイアされた部分があるのではないか……と思っていたら、どうやらキャメロンは宮崎アニメのファンらしく、さらに『アバター』には『もののけ姫』にオマージュを捧げた箇所もあるとのこと ［<a name="0002"></a><a href="#002">*2</a>］。<br>
　ところで、この作品については、すでにアメリカ国内において宗教右派や保守派の知識人などから「反米・反軍」映画という批判が噴出し、一部で監督を巻き込んだ論争に発展しているらしい ［<a name="0003"></a><a href="#003">*3</a>］。確かに、瀕死の状態となった地球の燃料危機の解決に繋がるパンドラの稀少鉱物「アンオブタニウム」を採掘・研究する「アバター・プロジェクト」のために、パンドラの美しい自然とナヴィの生活を圧倒的な軍事力によって脅かしていく、本作の合衆国海兵隊員などの軍服姿の人類の姿や言動は、実際に長期化と混迷を深める合衆国政府の軍事行動に対するある種の「政治的」な含意を帯びているといえなくもない。<br>
　例えば、映画の冒頭部分で、パンドラ侵攻の軍事的指揮を執る大佐役のスティーヴン・ラングが「手段は選ばん。結果を出すんだ」と高らかに宣言したり、その後、彼らの空襲や機銃掃射によって破壊された「ホームツリー」と呼ばれる高層ビルのようなパンドラの巨大な大樹が轟音や煙とともに倒壊する様子（明瞭にＷＴＣ倒壊のニュース映像を髣髴とさせる）などは、「９・１１」から始まるアメリカの一連の悲劇と軍事行動の軌跡をどうしても想起させてしまう。それゆえに、そうした具体的細部を、現代ハリウッド映画にいまなお現れるいわゆる「ポスト９・１１」的な表象として指摘することも可能だろう。スティーヴン・スピルバーグ『宇宙戦争』（2005）、マイケル・ベイ『トランスフォーマー』（2007）、マット・リーヴス『クローバーフィールド/ＨＡＫＡＩＳＨＡ』（2008）……などなど、「９・１１」を思わせる兆候的要素を伴ったＳＦ大作がここ数年目立ってハリウッドで製作されてきたことを思えば、保守層の『アバター』批判にも一定の説得力はある。<br><br>
</p><p>
<p>
<strong>
１.分身の増殖
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</p><p>
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　しかし、ここではそうした社会情勢とリンクさせた読みとは別のアプローチをしてみたい。例えば、この作品は『アバター』──現代の大規模なネットコミュニティでユーザのウェブ上でのアイデンティティを肩代わりするバーチャルなキャラクターを意味し、それ以前に、ヒンドゥー教の教義で「化身」を表す「アヴァターラ」に由来する──という題名や設定に象徴されるように、いわば「分身」の主題に憑かれたフィルムだということができる。<br>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/avatar004.jpg"></div>
　それはむろん、後述するように主人公たち人類がパンドラを探索するさいに科学技術によって生成した、彼らのもう一つの身体＝「アバター」を操作するという物語の中心的な設定に最も示されているものだ。しかし、そのほかにも例えば、サム・ワーシントン演じる主人公の両脚を負傷した元海兵隊員ジェイク・サリーには、トムという双子の兄がいたという設定も見逃せない。トムは優秀な科学者であり、パンドラの生態研究に長らく従事してきたが、物語に描かれているパンドラ派遣の一週間前に事故で急死してしまった。したがって、今回の主人公のパンドラ行きは、そもそもＤＮＡデータが限りなく一致する不肖の弟を優秀な兄の存在のとりあえずの「身代わり」として送り出す措置だったのであり、その意味でこの作品は、「アバター」というＳＦ的設定による「分身」の物語である以上に、「兄」という存在のシミュラークル（模造）と化した弟が活躍する、もう一つの「分身」の物語としても読むことができるわけだ。実際に、パンドラに向かう宇宙船の、アバターを作り出すバイオ・ラボの中で先輩研究員のジョエル・デイヴィッド・ムーアに彼専用のアバターを初めて見せられた車椅子のワーシントンは「トムに似ている」と呟くのだが、すぐさま彼の横のムーアから「君に似てるんだよ」と言葉を返される。<br>
　こうした「分身」の主題は、その後の主人公の物語にも一貫して付き纏っていく。兄の「分身」としてパンドラやナヴィ族の生態を調査する任務を負ったワーシントンは、シガーニー・ウィーヴァー演じる女性科学者グレース・オーガスティンのもとに配属される。しかし、元軍人であり科学者共同体に馴染めないでいるワーシントンは、大佐のスティーヴン・ラングに目をつけられ、ある極秘任務を帯びることになる。ラングは、科学調査の名目でアバターになりナヴィ族の実際の生活に触れることのできるワーシントンに、彼らの信用をえてパンドラの未知なる資源についての情報を攫むことで鉱石獲得のためのパンドラ侵略をより円滑に進めるスパイ役を彼に与えたのだ。成功すれば、早急に地球に帰還させ、さらに新しい脚も与えることを約束するラングは、ワーシントンにこのような台詞を吐く。「（お前はグレースのもとで働いているふりをしなければならない）だが実際は俺の部下だ」。すなわち、ワーシントンはこの物語で、一方でウィーヴァー演じる科学者の部下として振る舞い行動しながら、他方でラング演じる大佐の部下（でありナヴィ族に対する人類のスパイ）として任務を遂行しなければならないことになる。仮に「分身」という存在を何らかのアイデンティティ（同一性）の複数化、分裂状態として敷衍するならば、ここでもまたワーシントンのキャラクターは極度の「分身化」を施されていることになるだろう。兄の身代わり＝「アバター」となった主人公が遺伝子操作によって作られた彼のもう一つの身体である分身の「アバター」に双子の兄と彼自身の姿（アバター？）をさらに重ね合わせ、同時に職業上の「分身」（二重生活）も背負うことになる……。<br>
　このように、『アバター』にはいくつもの「分身」（アバター）が幾重にも重なり合い、相互にオーヴァーラップする要素がある。それは、この２時間半以上に及ぶ大作のオープニングとエンディングを占める映像によっても示されているかもしれない。というのも、『アバター』はまるで「双子」のようにそっくりな同一のシークエンス──シネマスコープ・サイズの画面をキャメラが白い薄靄と霧が立ち込めるパンドラの暗く鬱蒼とした森林や山々のあいだを縫うように流麗な動きで進んでいくショットによって挟まれているからだ。しかも、このそれぞれのショットのあとに続く（先立つ）のも、これまたほとんど同じ構図の対照的な二つのショット──それぞれ人間の状態とアバターの状態の時のワーシントンの眼のワイドアップなのである。いってみれば、『アバター』は映像のレヴェルにおいても、「分身」（対照性）の主題に貫かれた映画なのだ。このフィルムをその映像表現以上に「立体的」にしているのは、ほかならぬこうした物語、主題、映像の各レイヤーで「分身の増殖」という主題がいわば「重層的」（立体的）に積み重なっているその作品の構造によっている。<br><br>
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<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/avatar002.jpg"></div>

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<strong>
２.人工と（しての）自然
</strong>
</p><p>
　このように、『アバター』を「分身」の映画だと規定した場合、さらにその先に見えてくるものは何なのか。冒頭で私は、本作を宮崎駿の作品と比較してみた。その繋がりでというわけでもないが、ここで『アバター』を宮崎の『ハウルの動く城』（2004）の当初の監督候補でもあり、傑作『時をかける少女』（2006）で「ポスト宮崎駿」の声を決定的なものにした細田守のアニメ映画『サマーウォーズ』（2009）との類比で考えることは、それほど的を外れた行為ではないだろう。昨年のアニメ界の話題をさらった細田のこの長編については、私自身もすでにいくつかの場所で記しているが［<a name="0004"></a><a href="#004">*4</a>］ 、インターネット上の自立的な仮想世界（ＯＺ）の中に登場人物たちが現実世界とは異なるバーチャルな仮想キャラクター（文字通りの「アバター」）となって活躍するという点において、言うまでもなく『アバター』の物語世界ときわめて近似している。『アバター』では、人類にとって非常に有害なパンドラの大気の中で活動を行えるよう、人々は人類とナヴィ族のＤＮＡを遺伝子操作によって合成して生み出した「アバター」と呼ばれるハイブリッドの身体を持っている。ワーシントンやウィーヴァーらは、作中で特殊な装置によって現実的な身体にリンクされたパンドラの「アバター」を意識下で遠隔操作することで、もう一つの身体（アバター）を動かすことができるのだ。<br>
　以上のように『アバター』において、人類の住む世界とアバターやナヴィがいるパンドラの世界とは繋がっていながらもどこか位相（レイヤー）の違う領域であることがつねにほのめかされるわけだが、取りも直さず、こうした『アバター』における諸々の設定は、『サマーウォーズ』と同様、パンドラやナヴィ族といった存在をある種の「サイバースペース」的なものに仮託していることを示している。それは、アバターになるために頭に多くのコードを取りつける姿が『マトリックス』シリーズを思わせたり、アバターたちの姿が高度なＣＧ技術で作りだされていたり、何よりも「アバター」というネット用語が使われていることからも端的に明らかだ。また、作中でパンドラの生態学的な貴重さを訴える科学者のウィーヴァーが、パンドラの自然（植物は）「根と根で交信し合っており、それは星全体を網羅的にネットワーク化している」「ナヴィはそのネットワークにアクセスしている」「（人類の軍隊は）そうしたサイトの一つを破壊してしまったのよ」……というふうに語る時、そこには演出側のパンドラ世界をウェブ的なメタファーと結びつける強い意志が働いていると見てよいだろう。何にせよ、『サマーウォーズ』にしてもそうだが、こうした世界設定はＳＦ的な夢想というよりも、よく知られているように、ＭＭＯＲＰＧから「セカンドライフ」にいたる、メタバースとアバターを組み合わせた大規模なネット上の３Ｄ仮想空間がここ数年ほどを経て私たちの日常に広範に浸透した現実を前提にしていることは間違いない。主人公の存在は、いわばセカンドライフを楽しむネットユーザの隠喩なのだ。<br>
　例えば、それは彼のキャラクター設定にも如実に反映されていると思われる。映画のオープニング部分、やや俯瞰の深い縦の構図で捉えられた、パンドラに向かう広大な宇宙船の中に蜂の巣穴のように列をなして並んでいるカプセル型の寝台に横たわるワーシントンの身体と、それに重ねられるように聞こえてくる彼のモノローグにあるように、主人公は兵役中の戦闘で足を負傷し、人間の姿でいるあいだは始終車椅子に乗っている。彼はその後、宇宙船内でパンドラでの任務のために初めてアバターとしての身体を手に入れるのだが、アバターになったあとすぐに起き上がってはいけないという周囲の研究員の制止を半ば強引に振り切ると、リンク・ルーム内の設備を壊しながらパンドラの大地に降り立ち、宇宙船の外でバスケットボールをしている仲間のアバターたちのあいだをすり抜けるようにして疾走する。画面はその走るジェイクをローアングルで斜め前方からフォローしていき、その足元をクロースアップで捉えたショットが挿入され、続いて彼はアバターとなったウィーヴァーに行く手を阻まれるまで無我夢中で駆け回るのだ。このように、『アバター』では現実の主人公の身体の不全性──車椅子に乗る彼の屈強な上半身とは対照的なか細い両足──と、アバターになったときの彼の身体の超人的な能運動力が全編にわたって幾度となく強調して描かれる。何にせよ、仮に右の文脈に立つならば、こうしたワーシントンの身体の二重性は、現実世界において部屋の中でデスクトップの前に座りながら身体をほとんど動かさずにネットに興じるユーザの姿と、メタバースで自由自在に動き回る彼のアバターとの対照性に比することが可能だろう。実際、ナヴィたちは人間の頭髪にあたるだろう、フィーラーと呼ばれる後頭部にある尻尾のような細長い巻毛を動物から植物までパンドラのあらゆる自然物に接触させ結びつけることによって、他の生命体の多様な「魂の声」を知ることができるが、これはまさに私たちが生きる「エイジ・オブ・アクセス」（ジェレミー・リフキン）やら「≪繋がり≫の社会性」（北田暁大）やらといったいたって世俗的な事態を少し戯画的に体現するような設定だ。いずれにしろ、『アバター』とはすなわち、本来は現実世界（自然）とサイバースペース（人工的アーキテクチャ）とのあいだの戦いとして捉えるべき作品なのである。<br>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/avatar005.jpg"></div>　さて、当初は鉱石獲得のためにナヴィ族殲滅も辞さない地球軍の使命に忠実に従っていたはずのワーシントンはいつしかナヴィのオマティカヤ族の一員として遇されるとともに、次第に人間でいるあいだが現実なのかアバターでいる時が夢なのかその区別が曖昧になっていき、さらにゾーエ・サルダナ演じるオマティカヤ族族長の娘ネイティリ（押切もえと神田うのを足して二で割ったような顔をしている）と恋仲になるに及んで、一転してナヴィ族とパンドラの自然を守るために人類を敵に回して戦い、物語の最後ではアバター＝ナヴィとして生まれ変わり、パンドラの世界に残る決意をすることになる。……こうして文章に書くと、あまりに素朴な展開というか、作中でも主人公は周りの人物たちからバカバカといわれているのだが、主人公の突っ走り具合にやはり笑いを押さえずにはいられない一方、これでこそハリウッド映画のヒーローだという頼もしい気がしてくる。しかし、だとすると、『アバター』は、「現実世界」の秩序に対する、「電脳空間」の勝利を描いた映画としても捉えることができる。ワーシントンの台詞に倣えば、「現実」に対する「夢」の勝利を描いているともいえるだろう。『ターミネーター』（1984）をはじめ、これまでにも80年代「サイバーパンク的」な感性を反映した作品を手掛けてきた［<a name="0005"></a><a href="#005">*5</a>］キャメロンのキャリアから考えれば、こうした判断も少なからずリアリティを帯びていると思うのだが、ここで私が改めて注意しておきたいのは、そうしたメッセージの倫理的な正否ではない。それは、いってみれば、この作品が示すサイバースペース（人工世界）と現実世界（自然世界）との独特の関係性のあり方である。そのことを説明するために、再び先ほどの『サマーウォーズ』を参照しよう。というのは、ここでも二つの作品は鮮やかな対照性をなしているからだ。<br>
　先にも記したように、『サマーウォーズ』が描く物語世界のほとんどは、『アバター』と同様に、現実世界の登場人物が彼らのいる世界とは位相の違う仮想世界──ウェブ上のメタバースを舞台にして、彼らのバーチャルな分身であるアバターを動かしていくことで展開する。しかし、この作品の特徴は、（監督の細田自身も公言する通り）そうした最先端の仮想世界の電子的ネットワークが、他方で、現実の登場人物（家族）の住む長閑な地方の山村（舞台は長野県上田市）と、彼らの伝統的な慣習や濃密な地縁・血縁の結びつきという、もう一つのネットワークと明確に二層構造をもって対比されている点だ。すでに多くの指摘があるように、『サマーウォーズ』の物語世界の持つこうした（「現実＝共同体」と「サイバースペース＝負荷なき個人」という）二重性は、いわば現代世界の社会秩序を大枠で規定する二つの潮流――グローバリゼーションとローカリゼーションにぴったりと対応していると見ることができる。高い流動性とフラットな匿名的空間の中でアナーキーな闘争ゲームを絶え間なく続けていくほかないポストモダン的ネオリベ世界と、「家族」（血）と「ジモト」（地）というミニマムな共感可能性とソーシャルキャピタルによってゆるやかに繋がるプレモダンな共同体空間。とはいえ、私たちの社会においてグローバルとローカルの対立が決して相互排他的な関係にはないように、この作品の現実世界とサイバースペース世界もまた、完全に対立した領域として提示されているわけではない。それは例えば、物語のクライマックスであるメタバース上でのアバターたちの戦いの道具に、現実の地域共同体で登場人物たちによって遊ばれているきわめてアナクロニックな道具＝「花札」が用いられることからも明らかである。こうした現代社会の複雑な二極性を『モナリザ・オーヴァドライヴ』以来のサイバーパンク的感性によって描き出したところに『サマーウォーズ』のアクチュアリティはあった。<br>
　しかし、『サマーウォーズ』の場合、そのサイバースペース世界のデザインがあくまでフラットかつ無機的な設計物（システム）であり、また、そこでの「ゲームの規則」を決定する「花札」という（現実世界＝共同体を象徴する）伝統的な遊びも定型的な規則性の束に沿って扱われるきわめてアーティフィシャルな小道具だったのに対して、他方の『アバター』はそれとは対照的なイメージを打ち出している。もはやいうまでもないが、この映画では先に示したサイバースペース的な世界としてのパンドラやそこに住むナヴィ族たちは深い自然とそこでの原初的な生活を営んでいるような存在として描かれていた。鬱蒼とした森林に覆われ、その中を大小さまざまな動植物たちが生息し、ナヴィたちはそれらの動物や弓矢を用いて自然と共生して暮らしている。軍隊に象徴される人為的な構築物や近代的価値観は、そこでは忌避すべき存在として徹底して強調的に描かれている。その光景は、『サマーウォーズ』のメタバース空間とは好対照をなしている。すなわち、『サマーウォーズ』の現実＝自然とサイバースペース＝人工の二層構造の表象や設定が、ある種の「人工物」（＝ゲームとしての「花札」）によって結びつけられていたのに対し、『アバター』においてそれらは、まるで（現実の）「自然物」のようなイメージにおいて通じ合っているといえるのだ。<br>
　以上のようなキャメロンによる『アバター』世界の設定は、実はさほど荒唐無稽な発想に基づくものでもない。例えば、おそらくそれは「いかなる適応システムも──それが人間であれ、コンピュータであれ、さらにはまた社会組織であれ、自然物と人工物との調和的混合物にほかならない」［<a name="0006"></a><a href="#006">*6</a>］ というハーバート・Ａ・サイモンの言葉と正確に響き合っている。かつてサイモンが組織経営や社会設計といった多様な人工（人為的）構築物を、蟻の行動のような生体秩序や自然法則と類比的に扱える「システムの科学」（エンジニアリングの科学）を構想したように、彼も深く依拠していた20世紀の情報科学はそもそも人工的な記号システムやアーキテクチャを生命論（全体論）的な隠喩で考えるアプローチに高い親和性を持っていた。スティーヴ・ジョンソン（『創発』）などを挙げるまでもなく、インターネットの構造もまた、最初期から一種の自律分散型の「生態系」（エコシステム）に準えられてきたのである。なぜならば、個々の主体の「認知限界」（サイモン）を超える膨大な量の情報財を絶え間なく蓄積・提供し続けるネット環境は一種の自然のような「自生的秩序」を備えているとイメージできるからだ。いま何かと話題の「フリーミアム」（クリス・アンダーソン）やクラウドソーシングのロジックにしても、基本的にはこうした人工的資材を一種の「自然環境」と看做す発想（ロングテール）が根底にあるといえる。<br>
　以上の文脈を踏まえるならば、『アバター』のパンドラ世界が紛れもなくサイバースペースのよくできたメタファー的表象であることは疑いえない。アーキテクチャとはもともとギリシャ語で「原初」（アルケー）の「技術」（テクネー）を意味した。おそらく本来これはプラトン的な意味（建築への意志）で捉えるべきなのだろうが、私はゾーエ・サルダナがサム・ワーシントンにパンドラで生きるために教える数々の技術を見る時、あえてそこにはまさに「自然」としてのアーキテクチャが一つのイメージをまとって描かれていると思いたい。そして、こうした人工物（的な表象）を自然物のように描く『アバター』の世界観もまた、一種の「分身」の主題を共有していると見ることができるだろう。もはやここでは、人工と自然は相対立する存在では少しもなく、互いが互いの身代わり＝「分身」のように存在し、描かれているのだから。<br><br>
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<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/avatar003.jpg"></div>
</p>
<strong>
３.ウェブの見る夢＝映画
</strong>
</p><p>
──これが『アバター』についての私のひととおりの感想なのだが、最後にもう一点、きわめて重要な論点を簡単につけ加えておきたいと思う。それは、場合によっては月並みな指摘に映るかもしれないが、この映画が「分身」の主題とともに終始、「視覚」（見ること）と「夢」の隠喩にも憑かれた作品であるということだ。どういうことか。例えば、それは先にも記していたように、映画の冒頭（と終幕）部分において、印象的な主人公の目覚めのショット──眼のクロースアップが挿入されていたことからも早速窺える。ワーシントン演じる主人公は地球から衛星パンドラまでの長い行程のあいだ宇宙船の中で眠らされていたのだ。さらにいえば、そうした目のショットに被さるようにして、「宇宙船で眠らされている時には夢など見ないにも拘らず、空を飛ぶ夢を見た」と語るワーシントンのモノローグが入る。だとすれば、オープニングのパンドラの森の上空を浮遊する不可思議なショットは、主人公の夢の中での主観の光景だったとも看做せるわけだ。そもそもこの作品では、主人公たちがアバターの身体にリンクしている状態を、「夢を見る行為」に明確に比している。したがって、ワーシントンやウィーヴァーはアバターになったり戻ったりするさいにつねに眠りに落ちたりそこから覚めたりするようになるのだが、そうしたシークエンスでは画面は決まって俳優たちの眼のクロースアップと彼らのＰＯＶ（視点）ショットに切り替わるのである（しかも、人間世界に戻った時には外界がぼやけたようになっているので、その印象はさらに強まる）。<br>
　眼と夢にまつわる要素はそればかりではない。アバターと化したワーシントンがパンドラの森で出会ったサルダナに連れられてオマティカヤ族（ナヴィ）の村を訪れた時、彼女の母である司祭役の族長の妻は、ワーシントンを一瞥して「スカイ・ピープルは盲目だ」と呟く（「スカイ・ピープル」とはナヴィによる人類の呼び名）。その後、ナヴィの使う言語（ナヴィ語）での挨拶が「あなたが見える、心の中まで」という意味の語句だと説明されることからも知れるように、『アバター』の物語において、「見ること」、視覚的な表現とは、一方でコミュニケーションのネットワークが円滑に成立していることの最たる証明として用いられているといってよい。事実、互いに心を通わせたワーシントンとサルダナは、何度も「君が見える」「あなたが見える」と視覚的な表現を用いている。と同時に、他方で、その視覚的隠喩はすでに述べたように、「夢を見ること」ともぴったりと重ね合わせられる。だからこそ、物語のラスト、「見ること」の隠喩においてナヴィ族やサルダナとの心の交流を保ってきたワーシントンは、深い諦念に満ちた口吻で「夢は終わり、いつか目覚める」と呟くのだし、また一方でそんな人類たち（スカイ・ピープル）をナヴィ族の族長はなぜか「ドリーム・ウォーカー」というもう一つの呼び名で呼ぶだろう。<br>
　「分身」、そして、「見ること」と「夢」──『アバター』とはいうなれば、互いが互いを必須の依代とするような、以上の三つの主題によって支えられたフィルムだということができよう。しかし、だとするならば、私たちはこの三つの主題の重なる焦点に、一つの象徴的なメディアを見出しうるのではないだろうか。もはや明らかなように、この『アバター』という作品そのものがその一つとして含まれる、「映画」こそそのメタフォリカルに指示されるべき存在にほかならない。ここで精神分析、という単語を口走るとあまりに陳腐になってしまうが、いずれにせよ、「分身」「視覚性」「夢」というキーワードがその草創期から現在まで一貫して映画史とその中の言説を広範に覆ってきたことはすでによく知られた事実だろう。<br>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/avatar006.jpg"></div>
　ともかく、右に蜿蜒示してきたように、全編にわたって現代の先端的な「ウェブ」の隠喩や形象を本作の細部に込めてきたキャメロンが、三つの主題とともに翻って自らが出自とする「映画」にまつわるイメージをもその作品の物語構造に導入していたことこそ、おそらくはこの『アバター』をひときわ興味深いフィルムにしている理由の一端なのだ。そして、その兆候こそ、物語のそこここで挿入される、ワーシントンによる「ビデオログ」を自画撮りする一連のシークエンスである。彼をはじめとするバイオ・ラボの研究員はパンドラで体験したことを逐一船内に備え付けのビデオキャメラで撮影することを義務づけられている。したがって、映画の中ではワーシントンがパンドラでの出来事を語る様子をＰＯＶショットで──つまり、彼が記録しているキャメラの目線から映した肌理の粗い画像のショットが度々挿入される。しかし、『アバター』を観る観客が息を飲むのは、映画の終盤、何度目かのビデオログをするワーシントンがキャメラ目線で「これでビデオログは終わりだ」と小さく呟く瞬間である。というのも、この映画ではオープニング直後から絶えずワーシントンの情況説明や彼の心情を語るモノローグが聞こえていたからだ（しかも、先述したように、そこでは「視覚」のイメージも併せて挿入されていたことにも注意したい）。<br>
　だとするならば、この『アバター』という映画は、その全体が、まるごとワーシントンが撮影していた「ビデオログ」の集積（記録）から仮構されたものだったのではないか、とも考えることができる。すなわち、この地点において、それまで長らくウェブ的な隠喩系や主題系の周りを廻っていた本作の物語は、まるで世界がひっくり返ったかのように、（それとはある意味では対照的な）ビデオ撮影に象徴される「映画的」な世界へと反転してしまう。より具体的にいい換えれば、それは、膨大な情報財を互換的に組織し一元的に接続する21世紀的な新技術としての「ウェブ的なもの」を寓意化していた物語が、そのラストで、まさにその「ウェブ的なもの」がアップデートしつつある20世紀の「映画的なもの」（投射や表象作用）を体現する要素によって、実はメタレヴェルで「入れ子」のように包まれていた、という構造を遡行的（事後的）に確認するという体験にほかならない。それは少々詩的な言い方をすれば、ウェブという新時代の技術が、実はいまだに映画という夢を見ていたと気づかされるような体験に等しいかもしれない。本作において「視覚的」（見ること）の隠喩が、一方でコミュニケーションネットワークの整備（ウェブ的なもの）、他方で夢（映画的なもの）との類比に分裂しながらあったように、『アバター』とはいわば「ウェブが見る映画の夢」、すなわち、「ウェブ的なもの」と「映画的なもの」とが、どちらが「現実」でどちらが「夢」かの決定的な区別がつかないまま、相互に反転と分裂を何度も繰り返す、奇妙な構造を持ったフィルムなのだ。「ビデオログ」（＝映画的なもの）を手にする人類と「ネットワーク」（＝ウェブ的なもの）を操るナヴィ族が物語の終幕で結婚（統合）し、さらに人類がナヴィに生まれ変わる（反転する）、というように。<br>
　思えば、ここ数年のあいだ、『マトリックス』シリーズに象徴されるように、「ウェブ的なもの」を内容・形式の両面でさまざまに活用する映画作品がハリウッドを問わず、数多く現われている。しかし、20世紀と21世紀を象徴する（だろう）二つの技術──映画とウェブ（インターネット）とは、（かつての印刷技術と映画の関係がそうであったように）まったく親和的ではないだろうが、相互に排他的でもない（携帯電話で撮った映像が映画館や動画共有サービスで上映／アップロードされ、あるいは過去の映画がネットで鑑賞されるように）。そして、その関係性はメディア相互を結びつける構造化（フラット化）が進む現在、さらに強まっているともいえるだろう。いま、「ウェブ的」な論理は、映画をはじめあらゆるものを飲み込もうとしている。しかし一方で、「ウェブ的なもの」もまだ「映画的なもの」の夢から完全に自由でもない。そして、私たちはその曖昧な関係性をポジティヴに捉え返すべきだろう。少なくとも、ひとまずそう考えることは、「ポストモダン」と呼ばれる時代に映画を撮り始め、『タイタニック』をめぐる狂騒後、いまなおハリウッドの先端で果敢に新作に取り組む「世界の王」たるキャメロンに相応しい態度なのではないかと思える。<br>
　……とはいえ、そうした本作の構造を指して、「ウェブ的なもの」と「映画的なもの」とが相互に「アバター」＝分身としてある、と書いてはあまりにうまくまとめ過ぎかもしれないけれど。
</p>
<p>
<hr>
<strong>［脚注］</strong><br>
<a name="001"></a><a href="#0001">1</a>.<br>
偶然だが、『風の谷のナウシカ』と『もののけ姫』の公開年には、キャメロンの代表作である『ターミネーター』と『タイタニック』も公開されている。
<br><br>
<a name="002"></a><a href="#0002">2</a>.<br>
<a href="http://news.walkerplus.com/2009/1221/43/" target="_blank">http://news.walkerplus.com/2009/1221/43/</a>及び<a href="http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/movie/339769/" target="_blank">http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/movie/339769/</a> 蛇足ながら、ライターの飯田一史氏は本作から河森正治監督のＯＶＡ『マクロス　ゼロ』（2002～2004）を想起したと述べていた。本作がさまざまな要素で濃密なジャパニメーション的な想像力に基づいているのは確かなようだ。
<br><br>
<a name="003"></a><a href="#0003">3</a>.<br>
例えば、<a href="http://fblog.n1e.jp/2010/01/post_639.html" target="_blank">http://fblog.n1e.jp/2010/01/post_639.html</a>を参照。これによると、保守派の論客ジョン・ポドホレッツは自身のサイトで「観客は米兵の敗北に声援を送るようになる。強烈な反米的内容だ」と批判。また、現役海兵隊員のブライアン・サラス大佐は「軍の未熟さや凶暴さが異常に強調され、誤解を与えている」などとコメントしているという。
<br><br>
<a name="004"></a><a href="#0004">4</a>.<br>
「佐々木敦×限界小説研究会トークショー」<a href="http://www.cinra.net/interview/2009/08/26/000000.php" target="_blank">http://www.cinra.net/interview/2009/08/26/000000.php</a>、笠井潔・小森健太朗との鼎談「ロスジェネ世代の『リアル』とミステリーへの違和、新しい共同体への眼差し」、『本格ミステリー・ワールド2010』、南雲堂、2009年、191頁以下を参照。<br><br>
<a name="005"></a><a href="#0005">5</a>.<br>
念のために断っておくと、ＳＦ分野における「サイバーパンク」は、ウィリアム・ギブソンの小説『ニューロマンサー』の刊行に始まるが、同書刊行と『ターミネーター』公開が同じ84年なので、『ターミネーター』じたいは厳密にはサイバーパンクではない。<br><br>

<a name="006"></a><a href="#0006">6</a>.<br>
  ハーバート・Ａ・サイモン『システムの科学　第３版』、稲葉元吉・吉原英樹訳、パーソナルメディア、1999年、v。
</p>

<p>
<div class="info">
『アバター』 Avatar<br><br>

監督・脚本・製作：ジェームズ・キャメロン<br>
製作：ジョン・ランドー<br>
撮影：マウロ・フィオーレ<br>
音楽：ジェームズ・ホーナー<br>
出演：サム・ワーシントン、ゾーイ・サルダナ、シガニー・ウィーバー、スティヴン・ラング、ミシェル・ロドリゲス<br><br>

2009年/アメリカ/カラー/3D/162分<br>
<br>
ＴＯＨＯシネマズ日劇他にて全国大ヒット上映中！<br>
公式サイト：<a href="http://www.avatarmovie.jp" target="/blank">http://www.avatarmovie.jp</a>
配給：20世紀フォックス映画<br>
</div>
<div class="copyright">
(C)2009 Twentieth Century Fox. All rights reserved.
</div>

</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>Hartmut Bitomsky interview </title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.flowerwild.net/2010/02/2010-02-27_222945.php" />
   <id>tag:www.flowerwild.net,2010://1.165</id>
   
   <published>2010-02-27T13:29:45Z</published>
   <updated>2010-03-03T02:32:50Z</updated>
   
   <summary>［Interview］The latest documentary fil of the German Master.</summary>
   <author>
      <name>インタビュー</name>
      
   </author>
         <category term="interview" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="特集記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="347" label="H・Bitomsky" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/dust001.jpg"></div>
</p>
<p>
(Interviewed by Satoshi KUZU, Akira KUDO, Tetsuya MIURA)<br>
<a href="http://www.flowerwild.net/2010/02/2010-02-27_222137.php">[japanese]</a>
</p><p>
<strong>
Dust, this tiny object</strong>
</p><p>
--At first, we would like to ask you a basic question. It is about the unique subject of your film, the dust. How the dust attracts you ? Why did you choose the dust for subject ?
</p><p>
Bitomsky: First of all, it was just an idea that crossed my mind. It was somewhere late 90’s, while I was deep into making B-52. Usually, when something comes to your mind, as a filmmaker, especially as a documentary filmmaker, you have to think about potential ideas for film. Sometimes you forget them, and sometimes they stick there. This kind of initial moment is mostly insignificant. You ask yourself, “Maybe it could be interesting”. What attracted me immediately, although I did not know how to make a film on it, is that the subject in itself is odd. The subject as such of course promises to be difficult to make. It is a kind of challenge, to make something that nobody would make a film about it. It has a little bit to do with my pride, “I’ll show that I can do it”. Then, when I started the first research, I found it has a huge paradigm, so many potential elements there. I was quite sure to get over the initial Hitchcockian idea that you have to try something nobody have ever done before. Hitchcock is usually trying to shoot what we have not ever seen. 
With my first research, I found that there were so many possibilities, so I started a deeper research, and I was pretty sure that I could make the film.<br>
     What attracted me to dust is also simply in the fact that for many centuries, the dust was the tiniest recognizable object that you could see it without any technical support for your eyes. In a way, the world becomes visible in its dust, and beyond the dust it becomes invisible. This border when things become visible, that is exactly where the cinema begins. So, in a way, the dust is the smallest actor in front of the camera. That gave me an interest to go deeper into it. So, it has something to do with recognition. At the borderline of visible world comes into existence.
</p><p>
--I imagine that you confronted two difficulties in making the film about the dust. One is the difficulty of construction, in another word, storytelling as documentary. Another is how to shoot this tiny object. The dust is very fragile to shoot .
</p><p>
B: This subject, the dust, has so many facets. That attracted me a lot. Usually, when you make a documentary, there’s always a given field and very certain borders. If you do something on homeless people, you have to exclude everybody else with normal living or normal apartment, because they’re not homeless. The whole areas are virtually pre-structured. And if you forget to deal with one of the topics set already, people will go after you, they won’t like it if you don’t talk about that important thing or that important thing in the film. So, in a way, there was a little bit of freedom in the subject, because I knew that people didn’t know much about it. Secondly, it it is loaded with so many different topics.  How could anybody say what you didn’t deal with this or that. It is more like that there are various melodies, and you just jump from one melody to another melody. It’s symphonic. 
</p><p>
--Don’t you think it a risk if you don’t concentrate on just one theme ? There are too many facets, maybe.
</p><p>
B: Can be. Of course I thought about that and I took that kind of risk. <br><br>
</p><p><strong>
How to shoot the dust
</strong>
</p><p>
--How can you shoot the dust, I mean, technically ?
</p><p>
B: Well, of course you need sometimes special lenses. For example, there’s a shot, toward the end, after we talk with scientists who try to find out what happens in space with dust, maybe 30 seconds or maybe longer than 1 minute, there you see the little things floating by in the dark. Of course this is not shot in the outer space, it is shot in my living room. We took the dust we found in the house, I collected it sometimes, then we have to set up a complicated lighting, make the room dark, we used a macro lenses. We arranged the situation, made a draft so that that the dust would go some direction. We worked on it almost a day for just one shot. It is a wonderful thing that some dust particles, when hit by light, become like spheres of light, like soap bubbles that are floating as planets through the universe. One couldn’t see that by bare eyes. The camera transforms that.
 </p><p>
--I found your lighting was very carefully arranged like classical hollywood cinema.
</p><p>
B: While I’d like to shoot fast, very often the cinematographers face a lack of time for setting up the light. 
I have to look at the whole energy of the place when shooting--how tired people or actor in front of the camera get, they have to wait all time long, we have to arrange the dolly move, you need time for focus-puller, time for cinematographer to put up lights-- I have to take care of everything. People get bored or exhausted easily. <br>
     For a filmmaker the biggest fun is to prepare a shot – what happens afterwards in front of the camera is less important (laugh). Therefore they rehearse a lot. The camera needs a lot of attention, the dolly move wants to be worked out, the lighting has to be perfect. And it takes hours until everything is synchronized. By that time the people in front of the camera are usually worn out. <br>
     As a director you have to take care of the human ecology on the shooting set. And I want everything to be fresh. So I borrow from the method of Direct Cinema making. In order to gain some space for the unforeseen, for the unexpected that only shows up when the camera is rolling. We gain something from this kind of freshness. <br>
     For the same reason, I never ask the people my interview questions until before they are in front of the camera. They don’t know the questions in advance, and I don’t know their answers in advance, which means we all have to listen carefully to each other. So, it is challenging for me as for the interviewer.<br>
     The camera moves are not really rehearsed. I will outline the general idea of the shot. We mark the varying distances on the floor for the focus puller. And then we shoot. Then I don’t communicate with the cameraman anymore. I give silent hints to the guy who is pulling or shoving the dolly depending on what happens in front of the camera. The cameraman cannot foresee these moves, he has to respond on the spot. 
</p><p>
──The camera moves spontaneously in several sequences.
</p><p>
B: Yes, it does. For the focus puller, that is very difficult. You maybe remember the young artist in the film who collects dust. She was very shy. She tried to avoid facing against the camera. What I did was walking along behind the camera in order to get eye-contact with her, which also means that camera has to follow me along eye-line between her and me, then all of a sudden she was in the shot with her face. I tricked her shyness. In a way, I directed her as an actor by walking, and the same way I directed the camera.<br><br>
</p><p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/dust002.jpg"></div>
</p><p>
<strong>
Materialistic approach
</strong>
</p><p>
--For the mise-en-scene of person, the ecology is important as you said, but for the dust itself, you can’t intervene in the dust, because it’s too fragile. Maybe it’s what makes your film special. I mean, it is the relationship between the subject and the observer. The observer can’t change the subject.
</p><p>
B: It often happens in the documentary film, that the subject also directs the film. That is especially true with dust. We shot in an open coal pit mine. First time we went there, it rained all the time, so we couldn’t shoot. It was wonderful that there was no dust (laugh). The subject was the mine, the big hole. The weather decided that we could not shoot it. We went back there for three times to have a right weather condition. These days, facilities don’t produce a lot of dust anymore because the law prohibits it. Water is thrown over the dust, so you see water, but you don’t see dust, because it’s binding the dust. 
</p><p>
--You said it was new challenge to shoot Dust, but we found continuity in your filmography. Your past films have the same materialistic consciousness of the subject. 
</p><p>
B: You’re right. I can confirm that. This kind of materialistic approach is almost innate for the documentary. Because the documentary deals with things that they are visible that you can visualize and you can show them. They’re there. Of course it is materialist approach and not metaphysical.
</p><p>
──Nowadays, most of documentary films become less materialistic. 
</p><p>
It is true. They are part of the symbolic discourse. It’s kind of coming from the other side. Any pixel, any digit in the content of an image frame can be replaced by another pixel without showing it. In films and photos, you still can see any modification of the image. 
There will be a day we don’t have film anymore. It actually will confront us with complete new set of question especially in the area of documentary. Right now, I don’t look too much into that direction. I will make two more films before Kodak stops everything (laugh). <br>
     In the film I just saw, Driving Men, I think many parts were shot with an HD camera. This digital cinematography gained quite a bit territory. And they will gain more, I’m pretty sure. What I’m interested in now is to find out how to deal with that. <br>
     I used to think that we could rely on the mechanistic relationship between the camera and what is in front of it, and the way how to record and to register any object through the film grain. It is technical and almost mechanical, or physical. This is not the case anymore, we couldn’t rely on this kind of authenticity, on the truth of the image: “It’s true because it was there when I shot. What I shot, it’s the truth, because it’s on film.” 
I call that “co-substantiality”. Everything that is visible in front of the camera can be made visible on the screen because camera and the object share a certain nature which is their visibility. They are not totally identical, of course, they are slightly different. As Andre Bazin said, it is the ontological question. And he said the image is almost identical to the object it preserves. But there is also a distance. A distance that comes from the framing of the object in the shot.<br><br>
</p><p>
<strong>
Accuracy and the responsibility to the subject
</strong>
</p><p>
--We really appreciate the accuracy of your film. What accuracy means in making documentary ? Or, What is preciseness, because it seems that many other young directors seem to indiscriminately change and dramatize everything by editing. 
</p><p>
B: We know that film making means intervention: open the door, move in with the camera - it’s not same situation in that room anytime. We can’t restore the world as it would be without our presence. So, the question is,  “Is it more true, if you intervene in a situation or is it less true ?”.  I mean intervening through a camera is also an instrument: people confronted by a camera might release what they would not release without camera, because the camera makes the situation. This is what Jean Rouch talked about quite a bit in former days.  He started the non-interventionist way, or he thought, but in the end, on the other hand, he ended with the dancing camera. Somebody is dancing, he dances, too. It’ll be a part of the situation. <br>
     Accuracy is almost a demoniac demand. You have to be interested in it to a certain extent but you cannot be totally accurate. I think it’s more a question of attitude, if you’re belong to people who exploit other people and try to dominate them, or if you don’t do that. I always say, when you shoot some people, you owe them. Because they gave you a gift: a short moment out of their life or short viewing to their life.
</p><p>
--Even the dust.
</p><p>
B: Of course, even if it’s the dust. That’s why you can never and shouldn’t shoot ridiculing people. I try to stay away from that. Even though a woman in the film who’s kind of a maniac in cleaning houses, I never try to make fun of her. I try to be on the same level, this is my idea, being a documentary director. The question is how you do that. You talked about Man of Aran (Robert Flaherty, 1934), you’ve just seen that, the best film of the festival. There’s a sequence where you see a little boy stretching a fishing line over the cliff, which is a beautiful moment. And you could shoot that in one shot. But Flaherty makes one shot after another of the boy. So he is very elaborate. When he pulled up the fish, the fish was actually dead (laugh). And the boy moved it as if the fish were alive. But still, he gives us an idea of brightness of this type of fishing. He is honest to the little boy, and the people from that island, by being very elaborate, by trying to open all of the facets of that little moment, not only with one shot. With the each brief shot, we see the refrain and rhyme of the previous shot. There’s a kind of esthetic relationship. Within the craft of filmmaker, with the materialistic existence of the people or the subject, so, in a way with a good shot, you honor these people that gave you something. It asks you, as an artist, to do the same as they’re doing, in your field of filmmaking. There has to be an equilibrium. That’s kind of my philosophy of filmmaking. Then, if you manage that, it’s accurate. Though it’s metaphorical, I know.<br><br>
</p><p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/dust003.jpg"></div>
</p><p>
<strong>Fragility</strong>
</p><p>
--The last scene of Dust --the one with the clean room, reminds me of Hitchcock’s Psycho (1960). And, at this point, storytelling by voiceover changes the direction to the opposite.
</p><p>
B: Yeah, I wouldn’t say it is the essence of the film, but, I mean, the origin of the dust is us. Attempting to deny the existence of dust means, in the end, denying ourselves. If we want to get rid of the dust too much, we have to get rid of ourselves, because we are the origin, or the source of the dust. 
</p><p>
--You use the found footage in your film. Please tell me about your choice of them.
</p><p>
B: One is from Wagonmaster (John Ford, 1950), I love this film very much. It is also very symbolical. I love this sequence just for its own sake, and I knew, one day I will use it for film. Then, when we made this film, it came back to me. So, I wanted to use that. I discussed this with my crew and my sound man said, “Don’t you remember the silent film The Wind ?”, he meant Victor Sjostrom’s The Wind (1928), so, we send a taxi to his home, because he had the VHS tape, and we took it for the film. 
</p><p>
--You shot the monitor ?
</p><p>
B: Yes, I did it on purpose, I wanted to give the more shoddy grainy appearance. We didn’t use a fix camera position, but we re-framed or re-photographed it. We had a big TV monitor, and I told the cinematographer, just how to move around, pan, tilt with camera, again with the idea of calling for chance, hazard and coincidence, which gave it a different look. I work with archival found footage on many occasions. Something I’m interested in is the question is how much you can be an auteur if you don’t shoot own materials.
Then, when came to editing, I started to think where would I put the John Ford piece. Then I thought: in Ford’s film move from one place to another, they don’t like where they come from and they go for a place that might be close to paradise – but it is an exile! Maybe they get there, we don’t know it. But this walk of the people through the dusty desert, this mode of unending transition through hardships and unfriendly places: this is what all our lives are about. They are our self image, that is a section of our life, we are born into this world, we move through it, with hopes, with fears, with possibilities, with our demons, and we don’t know exactly where to go. It’s tragic. 
</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ハルトムート・ビトムスキー インタビュー『塵』</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.flowerwild.net/2010/02/2010-02-27_222137.php" />
   <id>tag:www.flowerwild.net,2010://1.164</id>
   
   <published>2010-02-27T13:21:37Z</published>
   <updated>2010-03-03T02:32:30Z</updated>
   
   <summary>［interview］ドキュメンタリーをめぐるロング・インタビュー</summary>
   <author>
      <name>インタビュー</name>
      
   </author>
         <category term="interview" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="特集記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="345" label="H・ビトムスキー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/dust001.jpg"></div>
</p>
<p>
<a href="http://www.flowerwild.net/2010/02/2010-02-27_222945.php">［英語］</a>
</p>
<p><strong>
Introduction
</strong>
</p><p>
　今年の山形のコンペティションにおいてもっとも奇妙で魅力的な題材を扱ったフィルムは、ハルトムート・ビトムスキーの『塵』だろう。そう、あのチリやホコリの塵である。ビトムスキー監督はドキュメンタリー・フィルムの巨匠として知られ、ストローブ=ユイレやヴィム・ヴェンダースらと刺激を与え合いつつ自らの方法を練り上げてきた。2001年には当映画祭で審査員も務めている。彼が塵を題材として選んだのが、その物珍しさや話題性からでないのはあきらかだ。ビルの破壊現場や、セメントの粉末を排出する工場、掃除マニアの主婦、美術館の清掃人、塵を収集・分類するアーティスト、そして粒子を露出させる過去のフィルム・フッテージ。塵をめぐる驚くほど多彩な側面を経巡るうちに、観客は、見えるものと見えないものの境界、かたちあるものとかたちをなさないものの境界を、幾重にも横断することになる。『塵』は、可視性の限界を揺るがすことによって、「ドキュメンタリー」という観念の限界を改めて問いに付そうとする挑戦的なフィルムである。上映の後、作者のビトムスキーに話を伺った。<br>
（インタビュー、構成：葛生賢、工藤鑑、三浦哲哉）<br><br>
</p><p>
<strong>
塵、あまりに小さな主題</strong>
</p><p>
──まず基本的な質問ですが、「塵」という非常に独特な主題を、どのようにして選ばれたのでしょう。塵のなにが魅力的だったのでしょうか。
</p><p>
　最初、この主題はただちょっと頭に浮かんだだけだった。90年代の後半で、『B-52』の撮影に没頭していたころだ。普通、なにかを思いついたとき、映画作家、とくにドキュメンタリー作家は、映画にするための潜在的なアイディアについて考えなければならない。で、その後忘れてしまうこともあれば、頭にこびりついて離れないこともある。最初に浮かぶアイディアのほとんどは無意味だ。「おもしろいかもしれないな」という程度のものだ。ところで『塵』の場合、最初に私を惹きつけたのは──どう撮るかは最初、見当もつかなかったが──この主題そのものが、風変わりなところだった。<br>
　もちろんこんな題材で作るのは難しいに決まっている。だから、誰も作りそうもない映画を作るという挑戦に思えた。自分ならやれる、ということを示したい気持ちもあった。それで、最初の調査を開始したんだが、そこでこの主題が巨大な問題系をもっているということ、非常に多くの要素が潜んでいることがわかった。ヒッチコックは誰も見たことがないものを撮ろうとしてきた作家だが、私も同じ気持ちだった。<br>
　最初の調査で、たくさんの可能性があることがわかった。それでさらに深く掘り下げ始めた。そして、これが映画になるだろうと確信するに至った。<br>
　塵が魅力的だったのは、これまでの長い歴史において、肉眼で見ることのできるもっとも小さい物体であるところだ。ある意味で、これら塵において世界は可視化され、塵を超えると世界は不可視になる。ものが可視化されるこの境界は、まさに、映画が始まるところでもある。だから、塵は、キャメラの前の最小の俳優であるわけだ。私は俄然、興味が湧いてきた。つまり、認知ということに関わるが、その境界において、可視的な世界が存在として示されると思ったんだ。
</p><p>
──塵の映画を作るにあたって、困難がふたつあったのだと想像されます 。ひとつは、どのようにして塵をドキュメンタリー映画として物語るか。もうひとつは、この微小の物体をどうやって撮るか。塵は、撮るにはあまりに脆い対象です。
</p><p>
　塵という主題には、とても多くの入り口がある。それが私にはとても魅力的だった。普通、ドキュメンタリーを作るときは、決められた領域や、あるはっきりした線引きがある。ホームレスの人たちを撮るとするならば、普通の暮らしをして普通のアパートに住んでいる人間は除外しなければならない。というのも彼らはホームレスではないから。すべての領域は、実質的に前もって構造化されている。そこで、もし語るべき論点だと決まっているものごとを語り忘れたら、観客に責められるだろう。重要なことを語っていないから駄目な作品だ、ということになる。<br>
　だからある意味では、この主題にはいくばくかの自由があった。誰も塵について多くを知っているわけではないだろうからね。そして、ここにはたくさんの異なる論点が詰まっていた。なにを語り忘れたか、なんて指摘されることはないだろうと思った。というよりも、ここにはたくさんのメロディーがあって、次々と様々なメロディーに飛ぶことができる。交響曲みたいなものなんだ。
</p><p>
──ひとつの論点に絞らないことがリスクになるとは思われませんでしたか。あまりに多くの論点があったようにも思います。
</p><p>
　そうかもしれないが、もちろんそれは考えたうえで、そのリスクを引き受けたんだ。<br><br>
</p><p>
<strong>
いかにして塵を撮るか 
</strong>
</p><p>
──塵はどのように撮影されたのでしょう。技術的観点からお聞きしたいのですが。
</p><p>
　うん、まずもちろん、それに適したレンズが必要になる。たとえば、この映画の最後のほうで、科学者が宇宙で塵がどうなるかを話すところがあるが、そこで、30秒か1分ほど、暗闇のなかに小さな物体が浮かぶところがある。これはもちろん大気圏外で撮ったのではなくて、我が家のリビングルームで撮った。家で集めた塵を用いて、照明を設計し、部屋を暗くし、マクロレンズで撮影した。通気装置を使って塵がある方向へ舞うように準備した。ひとつのショットのためにほとんどまる一日かかった。ある塵の粒子が、照明を当てられることで、まるで光の球のように見えて素晴らしいんだ。それはせっけんの泡のようでもあり、宇宙を漂う惑星のようでもある。これは肉眼では見ることができない。キャメラがそれを変貌させたんだ。
 </p><p>
──あなたの映画の照明は、古典的なハリウッド映画のように入念に設計されていると思いました。
</p><p>
　早撮りしようとしている間は、キャメラマンが照明にあてる時間不足に直面してしまう。撮影中は、現場全体のエネルギーに注意しなければならない。スタッフや、キャメラの前の人間や俳優がどれくらい疲れているか──俳優はいつも待ち通しだから──移動撮影のためのドリーをどうするか、ピント送りの準備も必要だし、照明のための時間も必要だ。そのすべてに注意を払わなければならない。みな、すぐに飽きて疲弊してしまうからね。映画作家にとって一番の楽しみはショットの準備をすることだ。キャメラの前でその後に起こることはそれほど重要じゃない（笑）。だからリハーサルはかなりやる。キャメラマンは集中しなければならないし、ドリーもきちんと動かなくてはならないし、照明も完璧でなければならない。すべてが同期するのには何時間もかかる。その頃には、キャメラの前の人間はたいてい疲れ切っているというわけだ。<br>
　映画監督は、撮影現場の人間生態学（human ecology）に気をつけなければならない。そして私はすべてが生き生きとしていることを望んでいる。だからダイレクト・シネマのやり方を採用している。キャメラが回ってみて初めて姿を現す思いもよらないもの、予期しないもののための余地を空けておくためにだ。それらの新鮮さから得るものがあるんだ。<br>
　同様の理由で、私は出演者がキャメラの前に立つまで、決して彼らに質問の内容を伝えない。彼らは前もって質問を知らないし、私も前もって答えを知らない。つまり、わたしたちは注意深く互いの言うことに耳を傾けなければならない。だからインタビューされる側もする側も、同様に試されているというわけだ。<br>
　キャメラの動きも、すべてリハーサルしてしまわないようにしている。最初にショットの大まかなアイディアを伝える。ピント係のために、床にそれぞれ異なる距離をマークする。そして撮影し始める。その後はもうキャメラマンには指示を送らない。キャメラの前の出来事に応じて、ドリーを動かしているスタッフに目配せすることはある。キャメラマンはでもその動きを予期することはできないから、その場で反応しなければならないんだ。
</p><p>
──いくつかの場面では、キャメラが自発的に動いていたように思いました。
</p><p>
　その通り。ピント係にとってこれはとても難しかった。塵をコレクションしている若いアーティストが映画に出ていたのを覚えていると思うが、彼女はとてもシャイだった。キャメラの方を向くのを避けようとするんだ。それで私は、彼女と視線を合わせながらキャメラの背後で前に進んでいく。つまり、キャメラは、私と彼女の視線に沿って、私の後をついていくことになる。するとどうだろう、彼女を正面から撮ることができた。私は彼女のシャイさをうまく利用したんだ。ある意味、私は歩くことで彼女を俳優として導き、同様にキャメラを導いたというわけだ。<br><br>
</p><p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/dust002.jpg"></div>
</p><p>
<strong>
唯物論的アプローチ</strong>
</p><p>
──人の演出に関して、その生態学（ecology）が重要であるとのことですが、塵の場合はどうでしょうか。というのは、塵はあまりにもろいため、介入しようがないと思われるからです。おそらくそれがこの映画を特別にしていると思います。つまり、観察者とその対象の関係のことですが、ここでは観察者は対象を変化させることができません。
<br>
　ドキュメンタリー・フィルムの場合、題材もまた作品を導くということがしばしば起こる。塵の場合は特にそうだ。私たちは広大な石炭採掘坑で撮影したが、最初に行った時はずっと雨が降っていて撮れなかった。塵が全くないというのは、実に素晴らしいことだよ（笑）。被写体は採掘坑、巨大な穴だ。撮影できるかどうかは、天候次第だ。適切な天候条件を得るために三回出なおした。最近は、法律で禁じられているために、施設からあんまり塵が排出されなくなった。水が塵に散布されるからで、だから水は見えるけれど、塵は水で固められて見えなくなる。
</p><p>
──『塵』を撮ることは、新たな挑戦だと言われましたが、あなたのフィルモグラフィーのなかに連続性を見て取ることができます。あなたのこれまでの作品には、主題に対して同じように唯物論的な関心があります。
</p><p>
　確かに。私もそう考えている。この種の唯物論的なアプローチというものが、ドキュメンタリーにはほとんど生得的に備わっている。なぜなら、ドキュメンタリーが扱うのは、見えるもの、可視化しえるもの、見せることができるものだからだ。それらはそこに存在する。当然、それは唯物論的であって、抽象的なアプローチではない。
</p><p>
──しかし近年、ほとんどのドキュメンタリー・フィルムは唯物論的でなくなっていると思います。
</p><p>
　その通り。それらは象徴的な言説の一部だ。それはどこか別のところから来たみたいだ。映像フレームの中身に含まれるデジタルのピクセルやドットは、それと知られずに、ほかのピクセルで置き換えられうる。しかし、フィルムや写真では、どんな映像の修正も見てとることができる。<br>
　そのうち、私たちがフィルムを使わなくなる時代が来るだろう。実際、そのことが、とくにドキュメンタリーの領域で、新しいいくつもの問いをもたらすだろう。いまはまだ、私はそっちの方面へ向かおうとは考えていない。コダックがフィルムの生産を完全に中止する前にあと二本は撮りたいね（笑）。ついさっき見た映画、『私と運転手の男たち』（スーザン・モーグル、2008）では多くがHDキャメラで撮られていたと思う。デジタル撮影技術はかなりの地歩を占めているが、今後、さらに勢いを伸ばすだろう。私が現在、関心があるのは、そうした事態に対処する方法を見つけ出すことだ。<br><br>
</p><p>
<strong>
ドキュメンタリーと共在性</strong>
</p><p>
　 私は、キャメラと、その前にある被写体との間の機械的な関係、そしてフィルムの粒子に対象を記録し、登録するというやり方を信頼できると考えていた。それは技術的で、また、ほとんど機械的あるいは物理的なことだ。ところがそれが変わりつつある。この種の確実性、イメージの真実性を信頼することがもはやできなくなるんだ。「それは真実である。なぜなら私が撮影したときに、そこに存在したからだ。私が撮ったものは真実である、なぜならそれはフィルムの上にあるからだ」。<br>
　私はこれを「共在性（co-substantiality）」と呼んでいる。キャメラの前見えるすべてのものは、スクリーンのうえでも見ることができる。キャメラと被写体が、目に見えるという性質を分有しているからだ。もちろんそれらは完全に同一であるわけではなく、わずかな違いがある。<br>
　アンドレ・バザンがかつて言ったように、それは存在論的な問題だ。彼は、映像と、映像が保存する対象とがほとんど同一（identical）であると言った。だが、そこには隔たりもある。ショット内で対象をフレーミングすることで隔たりが生まれるんだ。<br><br>
</p><p>
<strong>
正確さ、被写体への負債</strong>
</p><p>
──あなたの映画で素晴らしいと思うのは、その正確さです。ドキュメンタリー制作において、正確さは何を意味するのでしょう。あるいは、厳密さとは？　このようにお聞きするのは、多くの若い監督が、編集による露骨な作り変え、過度なドラマ化をしているように思えるからです。
</p><p>
　映画作りは、たしかに、キャメラの前の現実に介入することを意味する。ドアをあけて、キャメラをもって中に入れば、もう状況は同じではなくなる。自分たちが現れる以前の状態を復元することは不可能だ。そこで問題は次のようになる、「ある状況に介入する時、それはより真実なのか、その逆なのか」。つまり、キャメラによって介入することは媒介手段でもあるということだ。キャメラがなかったら表さなかったものを、人々はキャメラの前で表に出す。これはジャン・ルーシュがかつて語ったことだ。ルーシュは非介入の方法から出発した。あるいは、そう彼は考えていたんだが、最終的には、反対に「踊るキャメラ」という考えに辿り着いた。被写体が踊っているとき、彼も一緒にキャメラを持って踊るんだ。それは状況の一部になるということだ。<br>
　正確さは、ほとんど悪魔的な要求だ。ある程度は関心を持たなければならないが、完全に正確であることはできない。むしろ、態度の問題だと思う。他の人々を搾取し、支配しようとする人々の側にいるのか、そうじゃないのか。いつも言っていることだが、誰かを撮影をすると、その人に借りができる。彼らが贈り物を与えてくれたからだ。つまり彼らの生のちょっとした瞬間、ちょっとした眺めという贈り物を。
</p><p>
──たとえそれが塵であっても、ということですね。
</p><p>
 もちろん塵であってもだ。だから、人々を嘲笑しながら撮影することなど決してできないし、またすべきでもない。私はこうした態度からは距離を置こうと努めてきた。この映画のなかで、掃除マニアのような女性が出てくるけれども、彼女を決して笑いものにはすまいとした。同じ目線でいるように努めた。私の考えでは、ドキュメンタリー映画作家であるとはそういうことだ。問題は、どうやってそれをするかだ。<br>
　君は、さきほど見た『アラン』（ロバート・フラハティ、1934）について、これが今回の映画祭で最良のフィルムだと語ってくれた。この中に、少年が崖のうえから釣り糸をたらす場面がある。とても美しい瞬間だ。これをワンショットで撮ることもできただろう。しかしフラハティーは何ショットも重ねて少年を描写する。つまり、彼はその労を惜しまない。少年が魚を釣り上げたとき、その魚は実際には死んでいる（笑）。だが少年はまるで魚が生きているように動かしてみせる。ともかく、こういうタイプの釣りの喜びについてフラハティーは教えてくれる。彼は少年や、島の住民たちに対して誠実だ。労を惜しまないことによって、ひとつのショットに収めるのではなく、ある小さな瞬間が含み持つすべての面を明るみに出そうとすることによって誠実であるということだ。それぞれの短いショットは前のショットを反復し、韻を踏んでいることがわかる。そこには美学的な関係のようなものがある。<br>
　映画作家の仕事の内で、人々や被写体の唯物論的な存在によって、そう、ある意味で良いショットによって、贈り物を与えてくれた人々を讃えるんだ。映画制作という領域のなかで、被写体がしているのと同じことを、アーティストとしてすることを求められている。そこにはつり合いがなければならない。それが私の映画作りの哲学みたいなものだ。そして、もしそれがうまくいくならば、正確だということだ。比喩的になってしまったがね。 <br><br>
</p><p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/dust003.jpg"></div>
</p>
<p>
<strong>はかなさ</strong>
</p><p>
──クリーンルームに人がいる『塵』のラストシーンはヒッチコックの『サイコ』（1960）を思い起こさせます。ここにおいて、ヴォイス・オーバーによる語りは反対方向に向きを変えます。
</p><p>
　そう。この映画の本質とはいわないけれど、たしかに、言いたかったのは、塵の源泉は私たちだということだ。塵の存在を否定しようとすることは、結局、自分たち自身を否定することになる。もしあまりにも塵を取り除こうとするならば、私たち自身を取り除かなければいけなくなる。私たちが塵の源泉、源流は私たちなのだから。
</p><p>
──ファウンド・フッテージ（既存の映像）を使われていますが、どのように選択されたのですか。
</p><p>
　ひとつは『幌馬車』（ジョン・フォード、1950）で、これは大好きな映画だ。そしてまた象徴的でもある。このシークエンスは、ただ、それ自体で大好きだ。だからいつか使おうと思っていた。それで、『塵』を作ったとき、そのことを思い出した。使いたかったからね。この件でスタッフと話したら、録音マンが「サイレント映画の『風』を覚えていませんか」と言った。ヴィクトル・シェストレムの『風』（1928）のことだった。VHSテープを持っているというから、彼の家へタクシーで乗り付けた。そして映画のためにそれを撮影したんだ。
 </p><p>
──モニターを撮ったのですか。
</p><p>
　そうだ。あえてそうした。もっと粗悪な粒子感を出したかった。キャメラ位置を固定せず、再フレーミングし、再撮影した。大きなテレビモニターがあったので、キャメラマンにどのようにキャメラを移動し、パンやティルトをするか伝えた。ここでも、偶然や不確かさや運に訴えた。それで、当初とは違う面白い画面になった。私はアーカイヴにあるファウンド・フッテージを様々な機会に使って仕事をしてきた。 私が興味を引かれるのは、自分が撮影したのではない素材を使って、どれだけ自分は作家でありえるかという問題だ。<br>
　編集のとき、ジョン・フォードの映像をどこに入れるべきだろうかと考えた。そのとき、こう思った。フォードの映画のなかで、彼らは自分が来たところを気に入らず、土地から土地へと、楽園に近いかもしれない場所へと旅をする──だがそれは流浪の旅なんだ。もしかしたらそこに辿り着けるかもしれない。だがそれはわからない。しかし、こうして砂埃の舞う砂漠を歩き、 幾多の苦難と住むに適しない土地を経て、いつ終わるともなく移動し続けること、それはほとんど私たちの人生そのものだ。それは私たちの自画像であり、私たちの人生のある一断片だ。私たちはこの世界に生まれ落ち、希望、不安、可能性や妄念を携え、どこへ向かうかも知らずにそこを通過する。悲しい話だね。
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>ブレット・ゲイラー インタビュー──『RiP! リミックス宣言』</title>
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   <published>2010-02-27T13:10:15Z</published>
   <updated>2010-03-03T03:56:18Z</updated>
   
   <summary>［interview］コピー＆ペーストを駆使して作られた著作権フリーのドキュメンタリー</summary>
   <author>
      <name>インタビュー</name>
      
   </author>
         <category term="interview" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
         <category term="特集記事" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="343" label="B・ゲイラー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/remix001.jpg"><div class="captionlong">Photo by Kat Baulu © 2008 National Film Board of Canada</div></div>
</p>
<p>
<strong>
Introduction
</strong>
</p>
<p>
　著作権に縛られた映像を解放せよ。『RiP! リミックス宣言』はその明快なメッセージを、既存の映像をめまぐるしく 「リミックス」する手法で身をもって示す映像作品だ 。ローレンス・レッシグを引きつつ、ヴィデオ文化と音楽文化で生まれているのと同様の、新しい「クリエーション」の姿を鮮烈に示した本作は、また、そのあまりに大胆な盗作ぶりによって賛否両論を引き起こしたことでも記憶に新しい。カナダ出身の監督ブレッド・ゲイラーに、作品について、その主題である著作権について、また、わたしたちを取り巻く文化状況について語ってもらった。<br>
（インタビュー：三浦哲哉、アレックス・ツァールテン／構成：三浦哲哉）<br><br>
</p><p>
<strong>
映像と音のミキシング</strong>
</p><p>
──『リミックス』は、著作権と盗作という主題の面白さもさることながら、その主題をめぐってどのようにイメージを組み立てるかという点でもとても興味深い映画でした。形式的な側面について、まずお話を伺いたいと思います。
</p><p>
<div class="right-withtxt"></div>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/remix002.jpg"></div>
　うん。聞かれるのはいつも主題のことばっかりだったから、自分の映画の形式について話せるのはありがたい。そうだね、まずこれまでのキャリアについて話そうか。学生時代には短編の実験映画を作っていた。それから、映画の編集者として、イメージの配置についていろいろな実験をしたりした。同時に、音楽についてもたとえばネガティブランド<a name="0001"></a>［*<a href="#001">1</a>］のように音響のコラージュを試していた。そこではコラージュという形式が、同時に語られる主題そのものでもあるわけだ。ネガティブランドは同時に活動家でもあって、法律的に使用するのを禁じられていた音源を積極的に使っていた。そういう活動を通して、古い素材のコラージュが、新しいものを生み出すという考えを身をもって示したんだ。僕も、映像を使って同じことをしたいと思った。
</p><p>
──音響設計や作曲もされるんですか。
</p><p>
　いや、僕はしていない。
</p><p>
──でも音楽から着想を得られるのですね。
</p><p>
　うん。DJカルチャーは大きな発想源だね。そこでは、芸術的なクリエーションがどこにあるのか言うことは容易じゃない。それが作曲者にあるのか、楽曲を組み合わせるDJにあるのか、それとも頭のなかで音を連合させるリスナーにあるのか。僕の映画で取り上げたアーティスト、ガールトークの場合、クリエーションは聴衆の頭で起きているんだ。なぜなら、ガールトークは楽曲を通して聴衆の記憶を演奏しているから。たとえばエルトン・ジョンの一節とビッギー・スモールズの一節を掛け合わせたとする。すると、その曲が喚起する記憶、その曲と結びついている文化的だったり社会的だったりする様々な背景、それらも掛け合わされるんだ。エルトン・ジョンは、白人で、アッパークラスで、ゲイでっていう文脈がある。それが他のものと掛け合わされることで、なにか別の意味が生じるんだ。それは、映画の最初のパイオニアたちがすでに考えていたことと同じだと思う。クレショフ効果がまさにそうで、同じ素材から別の新しい意味をクリエーションするという試みが、早くから試されていたんだ。
</p><p>
──クレショフの時代はフィルムによるアナログ編集だったわけですが、現在はデジタル編集です。両者の間に違いがあると思いますか。
</p><p>
　僕が学校で最初に編集を学んだのは、16ミリだった。あとビデオ編集では、リニアー編集もやった。一から順につなぐことしかできないから、一箇所間違えたら全部やり直すしかないんだ。そのあとでパソコンのノンリニアー編集ができるようになった。当然、あらゆることが速く、しかも試行錯誤しながらできるようになる。つまり僕はそのすべてを経験しているんだけど、その間に本質的な違いがあるとは思わない。たとえばジガ・ヴェルトフからなにかが本当に変わっているとは思えない。ただ、編集手段が普及して民主化したということは言えると思う。リミックスということは、新しいことじゃないけれど、技術の民主化によってその重要さが増したということだ。決定的な変化だと思う。でも形式に関してはなにか本質的な変更があったとは思えないね。
</p><p>
──デジタル編集の可能性について、あなたの作品で刺激的だったのは、音と映像の組み合わせでした。
</p><p>
　確かにそれはデジタル・ノンリニア編集の強みだね。映像を作ってから音をつけるのではなくて、その両方を同時に模索しながら作っていくことができる。<br><br>
</p><p>
<strong>
参加型の映画</strong>
</p><p>
──この映画がどう配給されどう見られるかについては、制作の当初、どのように考えていたのですか。あなたの映画は、デジタル技術の新たな使用法や、参加型カルチャーを扱ったものですが、今回の山形国際ドキュメンタリー映画祭では、従来型の映画館の大スクリーンで大勢の観客を集めて上映されましたが。
</p><p>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/remix003"><div class="captionshort">Photo by Andrew Strasser © 2008 EyeSteelFilm </div></div>
　最初にあったのは、オープンソース映画というアイディアだった。参加型の、皆でどんどん膨らませていけるようなフィルムを構想していた。だけど、資金面や企画の進め方に関しては、従来型の映画と同じ面もあった。海外の映画祭で見てもらえるというのは基本的にいいチャンスではあるね。これまではクラブやバーでも上映してきた。上映が終わったらイスをどかしてそこがまたダンスフロアーになるんだ。映像を楽しんだ後で、そこでディスカッションもする。<br>
　この映画を作るとき一番、気をつかったのは、エモーショナルな側面において成功させることだった。つまり、観客が笑ってくれて、楽しんでくれて、刺激を受けるということだ。著作権という主題にはじめから興味を持っている観客ばかりじゃないからね。エモーショナルな面から入っていって、それで議論が生まれればいい。そういう意味では、今回の山形もとてもいい機会だと思っている。
</p><p>
──上映前に、あなたは自分の映画を「シンプルな善と悪の闘い」の物語だと語っていましたが、たしかに題材の新しさに対して、語り口はむしろ見事に保守的だったとも言えます。実際、今日の観客たちも映画にのめり込み、おおいに楽しんでいたように見受けられました。
</p><p>
　そう、その通り。かなりわかりやすい方法で、現在ぼくらの周りで何が起きているかを伝えるのが目的だから。問題は、それを見て観客がどうリアクションするかなんだ。
</p><p>
──古典的な物語を語る側面と、パブリック・ドメインであることを最大に利用しようという側面とが混ざり合っているわけですが、そこに困難はありませんでしたか。
</p><p>
　常にあったよ。編集は僕ともうひとりがやるんだけど、僕はデジタル映像を最大限に駆使した実験的なことをやろうとするんだけど、もうひとりのほうは常にストーリーテリングを気にかけている。その両方が分裂したまま、編集はすごく長期間に及んだ。最初にも言ったけど、リミックスが具体的になにをできるかを自らの形式において示すことが重要だったし、でも同時に、メッセージを伝えることも重要だったからね。形式的な実験、保守的なストーリーテリング、それから大勢の人間が参加できること、収益をあげること、議論として真実であること、観客を笑わせること。それら全部を考える必要があった。
</p><p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/remix004.jpg"><div class="captionlong">Photo by Bridget Maniaci © EyeSteelFilm</div></div>
</p><p>
<strong>
クリエイティヴィティーについて</strong>
</p><p>
──クリエイティヴィティーについてお聞きします。あなたの議論の中心にこの言葉があって、たしかにこれは素晴らしい言葉ですが、しかし過度に用いられているようにも思います。産業におけるコントロールの問題や、権力構造の問題、それから芸術的な新しさの問題など、複数の意味が重ねられていると思うのですが。
</p><p>
　ここでクリエイティヴィティーといっているのは、まずもって、創作の主体のことだ。かつて、一握りのクリエーターに対して一方的な作品の消費者がいるという構図あったけど、それが変わり、いまや皆が作る側に回ったことを、クリエイティヴィティーが増えたと表現したんだよ。ここ5年ほどで状況は本当に変わったと思う。とくに20世紀型のテレビ文化と比べたら、みながアマチュア・クリエーターになったと言えると思う。アマチュアというのは悪い意味でそういうんじゃなくて、本来の愛好家という意味だ。
</p><p>
──あなたの映画の議論は、アメリカの著作権法についてのもので、アメリカを特権視しています。あなたの作品とアメリカ文化との関係はいかなるものでしょうか。
</p><p>
　そこは、僕がカナダ人だということと切り離せないと思う。カナダ人は、アメリカに反対することに文字通り取り憑かれてるから（笑）。アメリカは世界最大の文化輸出国だ。著作権は、だから彼らの利益になるように作られているのであって、輸入する側の利益のためではないということがある。
</p><p>
──著作権と同時に、著作権を批判する議論まで輸出していますね。
</p><p>
　たしかにその通り。
</p><p>
──あなたの映画は、観客を楽しませる点ではとても成功していると思いますし、意識的な選択だと思うのですが、しかしそのことでこの映画がとてもベタなプロパガンダになっているとも思います。あなたの立場が、完全に肯定的に語られていますが、問題があるとは思われませんか。
</p><p>
　その話をすると一晩かかるね。この主題は、モラルの問題として、とても込み入っているし、様々な立場がありうることはわかってる。でももちろん基本的には、自分の立場、いま変わろうとしているものをポジティブに提示したいと考えている。それでたくさんのいいことが起きると信じているよ。ただ一点、自分の映画が完全に、参加型のコラボレーティブなフィルムだといったら言い過ぎになるとは思っている。たしかにいろいろな協力関係があったし、オープンソースを使っているし、あらゆる側面が公開されている。でも脚本と監督は僕の名前がクレジットされているし、それが必要とされているんだ。もちろんこれを素材にしてほかのクリエーターが別のものを作るのは大歓迎だけど、これが僕のヴァージョンだということもはっきりしてる。
</p><p>
──クリエイティヴ・コモンズという考えに従うと、映画制作が金にならないという事態にはなりませんか？　映画制作の目的意識はどうなってしまうのでしょう。
</p><p>
　クリエイティブ・コモンズのやり方で、きちんといい生活を送っているアーティストの例はたくさんある。作品がダウンロードされれば収入になる。音楽産業ではすでに大きな変革があった。かつての伝統的なモデルでは、ごくごくわずかなミュージシャンが億万長者になってその他大勢は生活もままならないということだったわけだけど、インターネットはそういう状況を変えたんだ。つまりここでも民主化がなされつつあって、クリエーターはもう億万長者になることはないけれど、まともな生活を送ることができる可能性が増えたんだ。映画の場合でも、これは起こりうると思う。映画制作の目的意識は、僕の場合、金銭面では、まともな生活が送れればそれでいい。ドキュメンタリー映画作家としては、もちろん世界を変えることだね（笑）。多くのひとが、世界を違うしかたで見るようになることが目的だ。
</p><p>
──ところで、日本はリージョン2なので、アメリカのDVDは再生できないんですよ。基本的に日本版を買わないといけない。
</p><p>
　え!? そうなのか。シット! いい加減にしろと思う。少なくとも僕の映画に関しては、アメリカ版がよその国で見れないことは、なんの得にもならないな。<br><br>

</p><p>
<hr>
<strong>［脚注］</strong><br>
<a name="001"></a><a href="#0001">1</a>.ネガティブランド<br>
1970年代後半に結成された実験音楽グループ。
</p>
]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>特集上映「未来の巨匠たち」</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.flowerwild.net/2009/12/2009-12-29_183434.php" />
   <id>tag:www.flowerwild.net,2009://1.162</id>
   
   <published>2009-12-29T09:34:34Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［news］2010年1月23日～29日@横浜</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
   </author>
         <category term="news" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="341" label="三宅唱" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="340" label="佐藤央" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="338" label="加藤直輝" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="339" label="小出豊" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="304" label="濱口竜介" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="337" label="瀬田なつき" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
2010年1月23日～29日、横浜黄金町「シネマ・ジャック＆ベティ」にて、期待の若手監督の作品を集めた特集上映「未来の巨匠たち」を開催します。
</p><p>
特集する監督は、瀬田なつき、加藤直輝、小出豊、佐藤央、三宅唱、濱口竜介のほか、女性たちの上映団体〈桃まつり〉から片桐絵梨子と矢部真弓。そして関西からは、つ
いに関東初上映となる桝井孝則と唐津正樹。これまでなかなか見られなかった過去の作品や、初上映最新作など、絶対見逃せない作品ばかりです。
</p><p>
また各監督たちには“この1本”を選んだいただき、映画史上に残る傑作も同時上映します。成瀬巳喜男のサイレント映画からストローブ＝ユイレまで、ハリウッドの古
典映画から日活ロマンポルノまで、こちらも多彩な作品が揃っています。
</p><p>
連日、監督とゲストを招いてのトークショーを開催します。みなさまお誘い合わせのうえ、ぜひご来場下さい。
</p><p>
◎チケット料金<br>
1回・当日券　800円／1日券　1500円／3日券　3000円／フリーパス　6000円<br>
※トークショーには同日の入場券または半券でご参加いただけます<br>
※1日券、3日券、フリーパスは前売り券をお求めいただけます<br>
◎会期：2010年1月23日（土）～29日（金）<br>
◎会場：シネマ・ジャック＆ベティ（横浜黄金町）<br>

</p><p>

<b>【上映スケジュール】</b>
<p>
1月23日（土）瀬田なつき<br>
14h00　『彼方からの手紙』<br>
15h50　『とどまるか なくなるか』『港の話』『むすめごころ』『あとのまつり』<br>
17h50　トーク　瀬田なつき×井口奈己（映画監督）｜司会：梅本洋一<br>
19h10　この1本！『ネネットとボニ』（クレール・ドゥニ）<br>
</p><p>
1月24日（日）加藤直輝<br>
14h00　『a perfect pain』『FRAGMENTS Tokyo murder case』<br>
15h50　『Nice View』『りんごの皮がむけるまで』<br>
17h40　『A Bao A Qu』<br>
19h20　トーク　加藤直輝×藤井仁子（映画研究者）<br>
</p><p>
1月25日（月）桝井孝則＆唐津正樹<br>
14h00　『罠を跳び越える女』『夜光』（以上、桝井孝則）<br>
15h40　『座子寝』『団地』『赤い束縛』『喧騒のあと』『太陽と風に叛いて』（以上、唐津正樹）<br>
17h50　この1本！『放蕩息子の帰還／辱められた人々』（ストローブ＝ユイレ）＋シークレット作品<br>
20h40　トーク　桝井孝則×唐津正樹｜司会：佐藤央<br>
</p><p>
1月26日（火）桃まつり〈黄金町の宴〉<br>
14h00　『daughters』『収穫』<br>
15h10　『granit氏iグラニテ）』『みかこのブルース』『それを何と呼ぶ？』<br>
16h30　『きつね大回転』『月夜のバニー』<br>
17h40　この1本！『赤線玉の井 ぬけられます』（神代辰巳）＋『夜ごとの夢』（成瀬巳喜男）<br>
20h30　トーク　片桐絵梨子（『きつね大回転』）×矢部真弓（『月夜のバニー』）｜司会：千浦僚
</p><p>
1月27日（水）小出豊<br>
14h00　『綱渡り』『お城が見える』『月曜日』<br>
15h30　『こんなに暗い夜』<br>
17h30　この1本！『条理ある疑いの彼方に』（フリッツ・ラング）<br>
19h10　トーク　小出豊×万田邦敏（映画監督）｜司会：松井宏
</p><p>
1月28日（木）佐藤央＆三宅唱<br>
14h00　『4』『マイムレッスン』『スパイの舌』（以上、三宅唱）<br>
15h00　『女たち』『不安』『結婚学入門（恋愛篇）』（以上、佐藤央）<br>
16h40　『シャーリーの好色人生』『結婚学入門（新婚篇）』（以上、佐藤央）<br>
18h10　トーク　佐藤央×大谷能生（音楽家、批評家）<br>
19h30　この1本！『ヒズ・ガール・フライデー』（ハワード・ホークス）
</p><p>
1月29日（金）濱口竜介<br>
14h00　『PASSION』<br>
16h20　『何食わぬ顔』『はじまり』『Friend of the Night』<br>
18h20　『記憶の香り』『永遠に君を愛す』<br>
20h00　トーク　濱口竜介×梅本洋一（映画批評家）
</p><p>
◎主催：北仲スクール（横浜文化創造都市スクール）<br>
◎共催：シネマ・ジャック＆ベティ<br>
◎協力：アダンソニア、アテネ・フランセ文化センター、映画美学校、カルチュア・パブリッシャーズ、ジェネオン・エンタテインメント、塩原史子、シネマヴェーラ渋
谷、新日本映像株式会社、松竹、東京藝術大学大学院映像研究科、日活、桃まつり、ロサ映画社、PLANET Studyo Plus One、SPOTTED PRODUCTIONS<br>
◎問い合わせ先：北仲スクール事務局<br>
231-0003 横浜市中区北仲通5丁目57-2 北仲ブリック<br>
TEL 045-263-9075  FAX 045-263-9076<br>
MAIL mirai-kyosho@kitanaka-school.net<br>
HP <a href="http://www.mirai-kyosho.kitanaka-school.net/" target="_blank">http://www.mirai-kyosho.kitanaka-school.net/</a>
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>『台北24時』、リー・カンション監督　インタビュー </title>
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   <published>2009-12-21T13:42:15Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［interview］野球とダンスとコーヒーと</summary>
   <author>
      <name>インタビュー</name>
      
   </author>
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   <category term="336" label="リー・カンション" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
　香港国際映画祭会期中の見本市FILMARTで見たオムニバス作品『台北24時』が、東京国際映画祭でお披露目となった。上映にあわせて、8つのエピソードの中で秀逸の仕上がりだった短編 “Remembrance”の監督リー・カンションが来日。ツァイ・ミンリャン監督が俳優として登場する点でも見逃せない本作の撮影、監督・共演者と実際にオープンした喫茶店について語ってもらった。（インタビュー・構成：石橋今日美）

</p><p>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/lee1.jpg"></div>
──『ヘルプ・ミー・エロス』(2007)で来日された時、次回作はダンスか野球をテーマにしたい、とうかがいましたが、見事ひとりのダンサーへのオマージュを捧げる短編 “Remembrance”を撮られたのですね。ダンスへのこだわりとオムニバス映画『台北24時』に参加された経緯を聞かせてください。
</p><p>
「公共電影」というTV局から偶然この企画の話があったのですが、最初はあまり乗り気ではありませんでした。というのも、これまでずっと長編を撮ってきましたし、バジェットの制約もありました[日本円で約600万円]。でもプロデューサーの熱心な依頼を受けて、最終的に撮ることにしました。ダンスを選んだのは、ずっとルオ・マンフェイのドキュメンタリーを撮影したいと思っていたのですが、彼女が亡くなってしまったので、彼女に捧げる気持ちを込めてこの短編を作りました。
</p><p>

──閉店する直前の喫茶店とその女性オーナーという設定はどこから？
</p><p>

まずルオ・マンフェイを記念する作品にしたいという思いがありました。彼女にはたくさんの教え子がいて、数々の傑作を残し、一生を踊りに捧げた舞踏家でした。またルー・イーチンという女性店主とルオ・マンフェイは、二人とも非常に年齢が近いのですが、オーナーは20年以上経営してきた喫茶店を閉める決意をし、これまで自分を縛ってきたものを断ち切って、新しい人生を歩み出します 。この二人の女性に関連性があると思ったので、こういう形にしました。
</p><p>

──最後の夜を迎えた喫茶店の唯一の客に、ツァイ・ミンリャン監督を起用したのは？
</p><p>

ツァイ・ミンリャンの『Hole～洞』(1998)のミュージカルの振り付けをルオ・マンフェイが手がけて依頼、彼らはよき友人になりました。今回はダンスと映画ということでキャスティングをしてきたのですが、彼女に関係の深い人物ということで、やはりツァイ監督が最適だと思ったのです。
</p><p>

──オーナー役のルー・イーチンは、ツァイ監督作品の常連でもあるので、一緒にやりやすかったのではないでしょうか？
</p><p>

そうですね。もう7、8年ツァイ監督と組んでますし、私の最初の監督作『迷子』(2003)にも主演してもらいました。彼女はツァイ監督に見いだされ、女優業が忙しくなったために、20年あまり経営していた喫茶店を手放しました。その当時、ツァイ監督はその店で脚本を書いていて、彼女と知り合ったんです。
</p><p>

──本作では、ルオ・マンフェイがダンスに使用した音楽が最初、ラジオから流れ、クライマックスに向けて、キャメラが喫茶店の外に出ると作品空間全体に響き渡って、客と店主が踊り出し、ラストの彼女のモノクロ映像につながっていく、という忘れがたい音の演出がなされています。これまでの長編作と比較して、音の設計へのこだわりは？
</p><p>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/lee2.jpg"></div>
今回は音楽がとりわけ重要だと考えていました。また例えばコーヒーをいれる音や水の音も、かなりクリアに録っています。やはり短編は長編より撮るのが難しく、細部に非常に神経を使う必要があります。しかも、短い時間の中で高まりを出していかなければいけないので、かなり厳格に音にもキャメラにも要求しています。
</p><p>


──確かにコーヒー豆や挽きたての粉にお湯が注がれるアップなど、ディテールにこだわった映像が印象的です。同時にダイアローグをほとんど排して、音楽と沈黙、物音で構成されていますね。
</p><p>


なんといっても雰囲気が大切です。20年間経営していたコーヒー店を閉めるという気持ちに観客を向かわせなければいけないので。なので、その場の雰囲気が効果的に醸し出されるように、観客がラジオの音に耳を澄ませ、静かに作品に入っていけるようにしました。
</p><p>

──その静けさの中で、エモーショナルな高まりとして、ツァイ・ミンリャン監督の目から涙がこぼれ落ちるわけですが、どのように演技指導をされたのですか？
</p><p>

もともとツァイ監督は感情豊かな人ですが、今回の泣くシーンは2つのカットから成り立っています。最初のカットを撮る時は、すぐに涙が出てきましたが、二番目ではなかなか泣くことができませんでした。彼は亡くなったお父さんやお母さん、ダンサーのルオ・マンフェイのことなどをひたすら考えて、泣ける気持ちに持っていこうとしましたが、それでもうまくいきませんでした。そこでこの作品の監督である私が彼と向き合って話をして、お互いに目を見ているうちに、涙腺がゆるんでいくのが分かり、ようやく撮影することができました。
</p><p>

──オムニバスの他の作品が、クラブミュージックやラップ、携帯電話などのコミュニケーション・ツールを援用して、「今日の」台北を表現していたのに対し、本作は外国人の眼からみると、10年前の台北でもあり得るし、3年後の台北でもあり得ると感じました。ツァイ監督演じるお客の携帯電話は映っていますが、ストーリーに貢献することはありません。ことさらに「今」を強調していないわけですが、作品の持つ時代性について考えられましたか？
</p><p>

特にそれを意識したわけではないのですが、過去への思い、過去の人物、昔のコーヒーの味を懐かしむ、といったことがテーマになっているので、そうなったのかもしれません。今回の8つのストーリーはそれぞれが異なる切り口で台北を描いているので、私はなかなか面白いなと思いました。お互いに重複する部分がほとんどない上、男性と女性の監督では異なっていて、男性の監督が親子の情愛を取り上げているのに対して、女性の監督が幻想的な物事を描いているのが興味深かったです。
</p><p>

──今後も監督業を意欲的に続けてゆきたい？
</p><p>

監督も俳優も、コーヒー店の経営も全部やりたいですね。
</p><p>

──コーヒー店？！
</p><p>

ええ、この短編を撮ってからツァイ・ミンリャン監督がルー・イーチンを誘って3人でコーヒー店を開いたんです。というのも彼女が店じまいをしてから、おいしいコーヒーが飲めなくなってしまったので。
[台北にある3人の喫茶店「<a href="#http://www.tsaileelu.com.tw/" target="_blank">蔡李陸珈琲商號」</a>]
</p><p>

──監督としての経験のフィードバックが、演じる側に回ったときにありますか？『Face』のように、言葉が通じない共演者との大作に出演される場合など、監督業で得たものが生かされるのでしょうか？
</p><p>

<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/lee3.jpg"></div>
そうですね、それはありますね。やはり俳優の状態というものを深く知ることができるし、俳優と監督のコミュニケーションについてもさらに知ることができるので。監督と役者というのは、監督が主導的で、俳優が受動的、という形でドラマを表現していくわけですから、役者というのは自分の経験も含めてすべてをさらけ出して、それを捧げないとできないんです。特にツァイ・ミンリャン監督の作品は、全裸になる場面などもあり、それは監督との信頼関係があって、そういうことをしてもいいと思えなければできないので。
</p><p>

──今後のプロジェクトについて教えてください。
</p><p>

やっぱり野球とダンスとコーヒーと･･･（笑）
</p><p>

──個人的に好きなものばかり？
</p><p>

やっぱり自分が興味を持つものでないと撮れないので、今はこういうものであれば撮りたいと思っています。最近はダイビングにも凝っていて、今年の夏はずっと海辺で過ごしたので、ダイビングの映画も将来撮るかもしれません(笑)
</p><p>

2009年10月、東京国際映画祭にて
</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>第10回東京フィルメックス　レポート　vol. 3 </title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.flowerwild.net/2009/12/2009-12-08_205752.php" />
   <id>tag:www.flowerwild.net,2009://1.160</id>
   
   <published>2009-12-08T11:57:52Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［journal］パク・チャヌク『渇き』</summary>
   <author>
      <name>石橋今日美</name>
      
   </author>
         <category term="journal" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="335" label="パク・チャヌク" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/jury001.jpg"><div class="captionlong">審査員。左から
ジャン＝フランソワ・ロジェ（シネマテーク・フランセーズ・プログラム・ディレクター）、ジョヴァンナ・フルヴィ（トロント国際映画祭アジア映画プログラマー）、崔 洋一（映画監督／第10回東京フィルメックス審査委員長）、チェン・シャンチー（俳優）、ロウ・イエ（映画監督）</div></div>
</p><p>
　なかなか平日フィルメックスに通うことができず、欲求不満のまま最終日がきてしまった。クロージング作品上映の前に、授賞セレモニーが行われた。結果については今さら詳述するまでもないが、「審査員特別賞　コダックVISIONアワード」には『ペルシャ猫を誰も知らない』(バフマン・ゴバディ監督)、「最優秀作品賞」および「観客賞」には『息もできない』(ヤン・イクチュン監督)が選ばれた。特別賞受賞作は残念ながら見ることができなかったが、『息もできない』のW受賞は驚きではない。セレモニーにはいずれの作品の監督も参加できなかったが、そのおかげでヤン・イクチュン監督がおちゃめな「変態ダンス」(「ヘンタイ」は「カワイイ」と並んで広く海外で使用されているが、原語のどぎついニュアンスは輸出されなかった模様)で喜びを体現する爆笑ヴィデオ・メッセージを見ることができた。後日、聞いたところによると、監督はなかなかファニーで気さくな青年らしい。まあ、『息もできない』の作品世界そのままの人物だったら本人が窒息してしまうだろう。ちなみに審査員特別賞の副賞は、コダック株式会社より贈呈される8,000米ドル相当の生フィルム。一体どれだけの長さになるのか、ぱっと思い描けないが、DVやHDカメラの使用が珍しくないアジアの若手インディペンデント作家なら、フィルムですべてを仕上げるのは逆にお金がかかってしまうのでは、などとお節介にも考えてしまう(国際映画祭によっては現在でも、フィルム作品のみ受け入れ、デジタル不可のフェスティバルがある。あと何年そのような方針を維持できるのか、いささかアナクロニズムの感をぬぐえない。それぞれのメディアによってしかできない作品があるのだから）。
</p><p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/kawaki001.jpg"></div>
</p>
<p>
　クロージング作品は、『オールド・ボーイ』などで知られるパク・チャヌク監督の新作、09年カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作『渇き』。カンヌ期間中に目にしたPR用ビジュアル−ワクチン開発実験に参加したことが原因で、ヴァンパイアに変貌した神父サンヒョン役のソン・ガンホと、彼と禁断の恋に落ちる若き人妻テジュ役のキム・オクビンが大胆に上下に配されたもの—が妙に気になった作品だった（日本公開は2月、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー）。冒頭、白壁に木陰が浮かび上がり、主人公のサンヒョンが扉を開けて登場する一瞬のうちに、フィルムの貫禄 (バジェット的なものと、作品世界のスケール)がただよってくる。主人公が聖職者の道を踏み外し、鮮血とエロスの世界に堕ちてゆく脚本は、エミール・ゾラの「テレーズ・ラカン」にインスパイアされたものだという。確かに『殺人の追憶』でもお馴染みのソン・ガンホが、ぐっと体重を絞り込んで演じる苦悩の神父も見所だが、新進女優キム・オクビンが魅せるファムファタルぶりは決してひけをとらない。線が細く、顔色の悪い、幸の薄そうな人妻が、男の血をすすりながら、妖艶に化けてゆく様は見事。すべての主要キャストに共通しているのだが、美化するための化粧とは異なる、肌の質感の演出、視触覚に訴えかける身体のあり方が、快と不快の両面で際だっていた。
</p><p>
　現代の「エンターテインメント」作品とは、まさにこのようなフィルムのことを指すのかもしれない。ヴァンパイアや蘇る死体など恐怖映画の古典的形象に、伝染病・感染症という後発のスリラー、ホラー映画の要素を加え、なおかつ宿命の女がそそのかす殺人というフィルム・ノワールのテイストもブレンドされ、それぞれの素材が相殺しあうことなく、見る者の想像力を大胆に挑発するフィクションの力を発揮している。ダークなシンフォニーが効果的に響き合うのも、舞台挨拶に立った監督自身が述べていたように、血と暴力だけではなく、多分に笑いが取り入れられているからだろう。実際、上映中これほど声を出して笑う場面が多いとは。一例にすぎないが、主人公サンヒョンが超人的な能力を見せながら、ビルの谷間を重力に逆らって移動する場面は、唐突に「スパイダーマン」を思わせ、主要登場人物が麻雀のテーブルを囲み、テジュの義理の母がまばたきで意思表現をするシーンでは、リアリズムを思いっきり無視した効果音つきのまなざし（！）が見る者の笑いを誘う。何より、こちらの勝手な想像にすぎないが、作り手自身がとことん映画作りを楽しんでいるエネルギー、誰がなんと言おうと自分の撮りたいものと撮るのだといった気迫がダイレクトに、爽快に伝わってきた。
</p>
<p>
<div class="info">
渇き  Thirst <br><br>

監督・脚本：パク・チャヌク<br>
原作：エミール・ゾラ<br>
撮影：チョン・ジョンフン<br>
出演：ソン・ガンホ、キム・オクビン、シン・ハギュン、キム・ヘスク、オ・ダルス<br><br>

2009年／韓国／133分

配給：ファントム・フィルム<br><br>

HP:<a href="http://www.kawaki-movie.com" target="_blank">http://www.kawaki-movie.com</a><br>
2月、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

</div>
<div class="copyright">
© 2009 CJ ENTERTAINMENT INC., FOCUS FEATURES INTERNATIONAL & MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED
</div>
</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>ヨコハマ国際映像祭フォーラム・レポート vol.2</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.flowerwild.net/2009/11/2009-11-27_234921.php" />
   <id>tag:www.flowerwild.net,2009://1.159</id>
   
   <published>2009-11-27T14:49:21Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［journal］ベルール、武田潔、ルンデモのセッション</summary>
   <author>
      <name>三浦哲哉</name>
      
   </author>
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   <category term="333" label="R・ベルール" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="334" label="武田潔" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/cream003.jpg"></div>
</p><p>
<strong>【セッション1】装置間の争い ── 映像メディアの混淆とその体験</strong>
</p><p>
　基調講演に続く「セッション１」では、堀潤之の司会のもと、コメンテーターの武田潔とトロン・ルンデモによって、ベルールが提起した問題への応答と展開がなされた。<br>
　武田潔は、かつてクリスチャン・メッツのもとで学び、フランスを中心とした映像理論を日本に紹介する画期的な訳業でも知られるこの分野の第一人者である。映画における自己反省作用を研究の主題としており、近著には『ルネ・クレールの謎』がある。<br>
　トロン・ルンデモは、映画およびメディアの研究者であるが、テクノロジーの問題を専門としており、とりわけ最近はアーカイブについての研究を進めている。
</p><p>
　武田のコメントは、「古典的な映画の観客寄りで」という堀の要望通り、映画からメディア・アートへ分析の対象を移したベルールに対してある意味で「待った」をかける、「映画の見出せなさ」再考というべきものになった。その内容は、次の三点に分けられる。
</p><p>
 　1.映画の参照可能性について。ことフィルムに関していえば、やはり映画には根本的な「見出せなさ」があり、それはベルールの発言から35年経ってもまったく変わっていないと武田は指摘する。それは法定納入（legal deposit）の制度を考えてみればはっきりする。日本であれば1948年に施行された国会図書館法により、国内で刊行されたあらゆる書籍は国会図書館に収蔵されることになっている。ところが映画のフィルムはその対象として定められつつも、「当面の間、この実施は保留する」という補足がつけられ、要する制度の対象から外されたままである。ちなみにフランスでは1963年からフィルムも法定納入の対象になっている。したがって、少なくとも日本のフィルム、また1963年以前のフランスのフィルムに関しては、参照と引用の行為は最終的に誰によっても保証されていないことになる。制度の不在によって、いまも「見出せない」フィルムが数限りなくあるのは事実であり、DVD等の普及という大状況によって映画が参照可能な「見出せる」ものになったと一般化することは到底できず、留保が必要であるというのが武田の考えである。
</p><p>
　2.映画体験の質的変化について。DVD等の普及は「残念な」変化をも、もたらしたのではないかと武田は問う。映画がフィルム上映だけを意味していた時代、それは他者と上映体験を共有することを意味し、映画と自分が想像的な関係を生きる前に、多くの物理的な手間と言語的手続き、そして他者たちとの関係──精神分析の用語でいえば「象徴界」──を経由する必要があった。ところで、DVD観賞の場合、あたかも映画のほうが思い通りに、自分を楽しませてくれるかのようである。映画体験は100％想像的快楽に転化してしまったかのようでさえある。以上を踏まえて武田が示唆するのは、ベルールが映画からメディア・アートへというとき、そこでは「思い通りにいかないもの」の移動が問題だったのではないかということである。メディア・アートは多くの場合、否応なしにその「思い通りにいかないもの」を観客に突きつけるからである。
</p><p>
　3.映像体験におけるコミットメントについて。メディア・アートは、ベルールのいうとおり、その一回的な状況と、観客の能動的参加とに結びついた特異な経験を与える。そうした観客のコミットメントに関して、映画のなかにもすでに同質の試みはなされていたのではないか。その例としてマイケル・スノウの『中央地帯』に武田は言及する。3時間もの間、カメラでひたすら風景を記述するこのフィルムには、とりもなおさず観客のコミットメントを促すものがあったはずである。実験映画と呼ばれる一群のフィルムにおけるコミットメントの経験と、メディア・アートのそれを分けるとすれば、それはどのようにしてか。
</p><p>
　以上3つの論点に加えて、補足の問いが掲げられたが、それは上記のどれにも劣らず重要だと思われた。それは記憶についての問いである。かつて、映画が通ってきた道のりを辿ることによってはじめて映画について語ることができるという常識があったと武田は述べる。ところがそのような「映画的記憶」なしで映画を受容する世代が出てきている。ひるがえって、メディア・アートの場合はどうか。ベルールが例示したメディア・アートの作品は、それ自体が引用を拒むものであるから、当然ながら集団的記憶は形成され難い。メディア・アートにおいて記憶の蓄積、そして共有はどのようにして可能か。「映画的自己形成（formation cinématographique）」の代替物は、メディア・アートにあるのだろうか。
</p><p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/cream004.jpg"></div>
　次になされたルンデモの発言は、「映画の抵抗」を主題としている。彼はまず、70年代の映画の記号論の諸問題が、昨今の映像をめぐる言説において繰り返されている事実を指摘する。映像を記号へ還元しようする欲望は、現在、デジタル・テクノロジーによって実現されたかのように見える。すべては「0」と「1」のデジタル・コードへ還元・通約され、自在なサーチ・コピー・ペーストを許すという楽観論がある。ベルールが一貫してそのような幻想をテクストの「見出せなさ」において批判してきた点をルンデモは確認したうえで、その「見出せなさ」を、間メディア的環境における「映画の抵抗」として分析することを提案する。そのことで、「映画と映像」「アナログとデジタル」等という従来の二分法に囚われない、様々な力のせめぎ合いが理解されるだろうというのだ。
</p><p>
　映画には、第一に、「固定化への抵抗」がある。映画は時間的持続を持った表現形式であり、美術館におけるタブローを前にした観客のように、それを好きなように観想し、言語化し、自由連想を働かせようとする営みに抵抗する。ルンデモは1920年代のロシアの映画作家、ジガ・ヴェルトフがいかにして映画の動きを再現しようとしたかを例として取り上げる。ヴェルトフは、ある種のチャートとテーブルを用いて、動きの記譜を作る試みをしていた。それはある種、デジタル的な映像把握の先駆的例でもある。ただしヴェルトフがそこで意識していたのは、撮影と編集の相互依存性であり、分析的思考と総合的思考、フォトグラムとフィルム・ストリップがいわば弁証法的に出会う可能性が模索されていたという。つまり映像の固定化に対する極めて意識的な戦略がヴェルトフによってとられていたということだ。
</p><p>
　第二に、「ナヴィガビリティー（操作可能性）」の問題が語られる。美術館では、映画館におけるフィルムの受容とは異なり、観客の自由なコミットメントが許され、したがって、映像作品はディレクターズ・カットならぬ「スペクテイターズ・カット」になる、と語られることがあるが、ルンデモはそのような言説に留保をつける。美術館にもまた、観賞の経験をプログラムする力の構造がある。社会、民族、ジェンダー的なヒエラルキーがいまだに存在し、観賞の全面的な自由があるわけではない。また、映画においてある種の「ナヴィガビリティー」を問題にした例として、ルンデモはアンドレ・バザンの議論を参照する。バザンは、古典映画においてはモンタージュの操作性のために観客は受け身に観賞する傾向があったが、ディープ・フォーカスを用いた新たな「曖昧さ」の映画、あるいは「リアリズム」の映画においては、観客が画面の細部を能動的に見る自由を獲得するのだと語った。つまり、「ナヴィガビリティー」の問題は、必ずしも「美術館と映画館」という二分法に自動的に画されるわけではない。
</p><p>
　第三に、ギャラリーにおける映画の抵抗についてルンデモは語る。現在、美術館では時間的持続に規定される映像作品が増加する傾向にあるが、そこでは、観客が自由に移動し観照するという従来の観賞経験と、映像の持続に制約される観賞経験との葛藤が起きている。それはつまり、美術館の制度に対する「映画の抵抗」であり、そこではじめてあきらかになる映画の時間性がある。このように、「メディア間の葛藤」の場においてはじめて、他と通約されない「映画」の姿が再考されうる点をルンデモは強調する。
</p><p>
　以上のコメントに対し、再度、ベルールが発言する時間が設けられた。武田の発言のなかでベルールがとくに注目したのは、映画の象徴的次元の問題であり、すなわち他者との共有によってはじめて映画が映画になるという事実である。武田の言うように、受容環境の変化とともに、映画体験の質は変わってきた。ところが、驚くべきことに、それでも50年前の自分たちと同じように、映画を受容する若者がいるとベルールは述べる。また、これだけメディア環境が変わっているにもかかわらず、映画はあいかわらず映画として存続している。これは逆に驚愕すべきひとつの謎ではないかとベルールは言う。複数の美学的混淆が進むなかで、改めて、映画を映画たらしめる力が理解され始めているのであり、それが今後、検討すべき課題になるだろうとベルールは示唆するのである。
</p><p>
　次にルンデモのコメントについて、ヴェルトフが「プレ・デジタル」の思考を展開したという視点は非常に興味深いと述べつつも、70年代の「映画の分析」とそれを同じ水準で語ることはできないのではないか、とベルールは述べる。20年代のロシアの映画作家にとっては、映画の動きをいかに構成し生成させるかが問題だったのに対し、70年代の分析家は、フォトグラムと運動状態のイメージをつき合わせることで、むしろ映画的表象の限界を問題にしていたからである。ただし、「映画の抵抗」というルンデモの論点には全面的に賛同し、そのように、性急な一般化にいかに抵抗するかが探られなければならないと述べた。
</p><p>
　その後、議論が会場へ開かれると、会場にいたレフ・マノヴィッチが口火を切った。単純化するならば、彼はニュー・メディアにおける諸メディアの「包括」を語ることで、壇上でその「争い」を語った論者たちと真っ向から対立する立場にいるともいえる。そのマノヴィッチ曰く、真に問題なのは引用の不可能性ではなく、とりもなおさず引用されてしまったもの（YouTube、Amazonでの映像消費）がいかに経験されているかではないか。また、オリジナルな経験への到達可能性（attainability）ではなく、超・到達可能性（meta-attainability）こそがいまや問われるべきではないか。マノヴィッチはそのように問いを返す。革新派の面目躍如というべきか、ニュー・メディアは、議論が拠って立つところのカテゴリーさえ書き換えたと主張するのだ。それに対する再・応答は、すでにこれまでの要約のなかに書き込まれているともいえる。いずれにせよ、このような再・包括は、ただちに再・抵抗を呼ぶだろうし、その「間」が絶えず生産されることで、映像論はその言説の場を開いていくだろう。いかなる結論もまだ必要とされてはいないということだ。
</p>
</p><p>
<div class="info">
<a href="http://ifamy.jp/" target="_blank">CREAM ヨコハマ国際映像祭2009</a>
</div>
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>ヨコハマ国際映像祭フォーラム・レポート vol.1</title>
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   <published>2009-11-27T14:38:42Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［journal］レイモン・べルール基調講演報告</summary>
   <author>
      <name>三浦哲哉</name>
      
   </author>
         <category term="journal" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="333" label="R・ベルール" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/cream001.jpg"></div>

</p><p>
<strong>ヨコハマ国際映像祭2009 CREAMフォーラム <br>
基調講演 「35年後──「見出せないテクスト」再考」 </strong>
</p><p>
「今、わたしたちは映像の海を前にして毎日生活をしています」と、この映像祭のパンフレットには書かれている。従来型の「映画祭」ではなく「映像祭」を開催することの意義がここに集約されている。事実、「映像」はあまりに急速に日常生活を浸食し、改めて距離をとって観賞する──たとえばスクリーンの上でじっくり眺める対象であるだけはもはやなく、すでにわたしたちを波のようにさらってゆきかねない「環境」になろうとしている。わたしたちの日常そのものが、いまや一種のインスタレーション・アートになりつつあるといえるのかもしれない。数十年前ならば美術館やギャラリーのなかでしかありえなかった映像のかたちが、いまや日常に溢れかえっている。ヨコハマ国際映像祭は、そのような今日的な様相における「映像」に広く焦点をあてるべく企画・開催されたといえるだろう。
</p><p>
　おそらく、ここでは相反するふたつの姿勢が求められている。ひとつは、さらに深く、この「映像の海」のなかに潜ること。映像祭のキーコンセプト「ディープ・ダイブ」である。毎日の生活を取り巻く映像もすでに充分すぎるほど刺激的であるが、それを上回る徹底的な映像の奔流に身を投じ、アーティストたちが作り出した加速装置のなかで、その最先端を体験すること。そのことで、いまだ萌芽的にしか現れていない映像社会の未来像を透視することができるかもしれない。もうひとつは、映像の流れから一旦、身を引き剥がし、いわば波止場から、醒めた反省の眼差しを様々な海流に向けてみること。未来へむけてわたしたちをせき立てる奔流に乗る前に、あらためて、過去から現在へ至る大状況を俯瞰することもまた、必要とされているだろう。<br>
　その意味で、映像祭の初日、新港ピアにおいてなされたレイモン・ベルールの基調講演は、今日的な映像の様々な奔流を見極めるための揺るぎない視座を確保するための、絶好の波止場になった。
</p><p>
　ベルールは映画研究の大御所として、とりわけ記号論の流行とともに最も原理的に過激化した70年代フランスの映画研究の立役者のひとりとして知られるが、70年代後半からは映画だけでなく、ビデオ・アートをはじめとする多種多様な表現に対して極めて旺盛な批評活動を展開している。ベルールの講演は「35年後──『見出せないテクスト』再考」と題された。彼が語るのは、その氾濫と普及ぶりばかりが喧伝される映像の姿とは対極にある、「見出せないテクスト」──語っても語っても逃れてしまう、本質的にはかない映像の姿だった。加速化し、ますます増殖する一方の21世紀の映像の状況においても、真に問題なのは、そのような「見出せなさ」であると語ることで、ベルールは映像祭全体に力強い楔を打ち込むかのようだ。
</p><p>
　「見出せないテクスト」とはなにか。ベルールの講演はその説明に尽きているといってもいい。これはそもそも彼が映画の分析にいそしんでいた時代、1975年に用いた言葉である。映画は、見出せないテクストであるとベルールは言った。どういうことか。まず第一に、映画はその物質的な意味で、見いだしがたい。現在のようにDVDも衛星放送もVHSもなかった時代、綿密な分析をしようという場合、それはフィルムそのものへアクセスし、編集機にかけて検分することを意味した。当然、それは非常な困難を伴ったし、また、とうてい万人に開かれているわけでもなかった。第二に、より本質的な理由であるが、映画は引用することができない。というよりも、引用したとたんにその元の性質を変えてしまう。文学におけるテクスト研究ならば、基本的には作品の言葉を、そのまま本質的な変更なしに引用することができるし、また言葉はそれ自体、有限の文字と単語の組み合わせである以上、それを記号の束に分解することにはなにがしかの根拠があるようにも思われた。ところが映画の分析の場合は事情が異なる。少なくとも書物における映画の分析の場合、元の映画は、言葉と、そして印刷される有限数のフォトグラム（コマ写真）によってそのごく限られた要素によって記述されるしかない。映画は、それ自体が記録であるにもかかわらず（シネマト-グラフ）、引用されることができない。唯一残された手段は、フィルムをフィルムで引用することだろうが、それはもはや記述や分析を超えた創作の領分──ゴダールがしたのはそれである──に属するだろう。この二つの理由によって、映画は、見出せないテクストである。映画それ自体はたえず逃れ去り、したがって映画の分析は、ある意味で不可能を運命づけられた営みなのである。
</p><p>
　だが、なぜそれをあえて言う必要があったのか。映画が「見出せないテクスト」なのは当たり前のことのようにも思える。映画は──とくに35ミリフィルムは、いまだに一般に普及しているほとんどのデジタル・メディアが及ばない圧倒的な情報量を持つ。それが一秒間に24コマの速度で変わり続けるのであるから、人間の情報処理能力が追い付くわけはない。運動するイメージを言葉に翻訳することという本質的な困難があるのだ。文学研究をモデルとして、映画を記号の束に還元することなど初めから無理な相談である。
</p><p>
　ベルールは、なにもただこのような当たり前の事実の確認をしているわけではない。ベルールにとって問題だったのは、映画のテクストを見いだすことにあったのではない。それがほとんど不可能であるからこそ分析の言葉が鍛え上げられる、そのような逆説のなかに彼の掛け金はあったのだと思う。映画そのものを記述することには原理的な困難が伴う。したがって分析者は、分析概念そのものを柔軟に組み替える必要に絶えず迫られる。つまり、映画との不可能な出会いにおいて思考と言葉が賦活されることが、映画のテクスト分析の意義だった。実際に、当時のベルールのテクストを手にとってみたとき、なにより印象的なのはその長大さである。逃れ去る映画それ自体に対するベルールのある敬虔さが、おそらくこのあまりに執拗な思考の冒険を要請していたのだ。また、この逆説は、ベルールの時代の同伴者だったロラン・バルトの転回──システマティックな記号学から、読者ひとりひとりが読む行為によってはじめてテクストを生成する新たな「テクスト分析」への転回とも通じるところがあるだろう。ある種の正解としてのテクストを想定せず、また、そのようなテクストを割り出すための普遍的な解釈格子などありえないと断じることによって、生成的なテクストの分析が開始される。ベルールが構想したのも、そのような意味における「映画の分析」にほかならない。
</p><p>
　ところが、ベルールは「映画の分析」がある時点から困難になると考えはじめる。分析の営みに変更を迫る出来事が1970年代に進行するからである。それはビデオの普及であり、ビデオを駆使した映画研究の新しいアプローチの台頭だった。ベルールは講演のなかで、はじめてその姿を目の当たりにしたときのことについて語っている。フランスのテレビ番組「現代のシネアスト」シリーズにおいて、マックス・オフュルスの『たそがれの女心』が、解説者によって、クリップ映像を用いて分析されたのだ。いまではありふれたことになってしまったが、当時としてはまさに画期的なことだったという。そこでは、引用できないはずのものが、引用されてしまったからである。それ以後の展開については、おおく説明を要さないだろう。VHSはやがてDVDにとってかわり、さらにブルーレイが登場し、衛星放送とインターネットによって映像コンテンツは一挙に普及する。現代のシネフィルたちはそれをせっせと自分のハードディスクに貯め込んでいる。かつて映画がフィルムでしか見られなかった時代は昔日のものとなった。ベルールはその結果、映画があたかも「見出せるテクスト」であるかのように考えられるようになったと診断する。無論のこと、いまでも映画館でのフィルム体験とDVD観賞の間には本質的な違いがある。しかし問題は、映画と言葉の関係にある。かつて「見出せないテクスト」に向かって、ひとは記述の言葉を鍛える必要性に迫られたのであるが、いまやひとは、映画を記述する労をとるまもなく、デジタル化して操作可能になった映像素材を直に編集して引用すれば済んでしまう。少なくともそのような錯覚が蔓延している。だからこそ、ベルールは「映画の分析」の時代は終わったと語らざるをえなかった。彼にとって、映画とそれを記述しようとする言葉の緊張関係は失われてしまったのである。
</p><p>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/cream002.jpg"></div>
　その後のベルールの、ビデオ・アート、インスタレーションへの転回は、必然的なものだった。少なくとも分析の営みにとって、言葉がその追い付けなさを突きつけられるのは、それらにおいてであるとベルールは考えたのだと思われる。つまり、映画が「見出せるテクスト」になったかのように見える現在、インスタレーションの領域においてこそ、「見出せないテクスト」の資格にふさわしい実践がなされる。講演の後半は、この新たな「見出せないテクスト」がいかなるものであるかが語られた。2002年にベルリンのグッゲンハイム美術館で発表されたビル・ヴィオラの『Going Forth by Day』。2005年にマルティーヌ・アブカヤ・ギャラリーで展示されたアニエス・ヴァルダの『Les Veuves de Noirmoutier』。アンヌ＝マリー・ドゥゲが監修したビデオ・アーティストたちの画期的なDVDコレクション「anarchive」について。ダニエル・ヴァレ・クライナーのふたつのフィルム、『Escape from New York』（1997-2001）と『Le Jardin qui n’existe pas』（2001-2005）。ジェイムズ・コールマンの『Charon』（1989）。そして一度上映した作品をいかなる手段によっても複製ないし翻訳することを禁じたコールマンのポリシーについて。
</p><p>
　これらに共通するのは、戦略は当然それぞれ異なるが、一度限りの上映の状況と作品の経験が不可分であるということである。したがって、これらの作品は引用することができない、優れて「見出せないテクスト」なのだ。『Going Forth by Day』は、複数のスクリーンを配置することによって観客の能動的な参加を引き出し、ひとりひとりに特異な経験を与えている。クライナーの『Escape from New York』は、ふたつのスクリーンを用い、両者がおなじシークエンスを、それぞれ逆向きに進行するように上映する。ここではクロノロジックな継起という枠組みさえ解体されることで、観客の記憶回路への侵犯がなされているのだとベルールは解説する。このような経験が引用できないのはあきらかである──にもかかわらず、それを語ろうとすることに意味があるのであり、ベルールのこの講演はその実演だったといえる。また、そうしたインスタレーションを、DVD化するとしたとき、特定の環境と本来切り離すことのできない、或る一度限りの上映体験を、平板なスクリーンにどのように移し換えるか、そのときどのように繊細な配慮と戦略が必要になるかが「anarchive」シリーズでは示されている。ベルールにも大きな影響を与えたというティエリー・クンツェルの作品を集めた『Title TK』（2006）は、実に648頁という厚さのブックレットが付属して、その映像を補っている。逃れ去る対象そのものへの敬意がもたらすこの長大さと執拗さは、まさにベルールの流儀に通じている。
</p><p>
　映画からビデオ・インスタレーション・アートへ。ベルールの35年に連続性があるのは疑いようがない。彼は、記述者にとっての言葉が決して追い付くことのない対象を追い求めてきたのだ。あらゆる映像が、コンピューターのうえで通約可能な「コンテンツ」として一様に流通し普及するという楽天論があまりに屈託なく主張される現在の状況を鑑みれば、ベルールのこのほとんど反動的とさえいいたくなる姿勢こそが貴重であることは明らかである。グローバルな記号や言葉へ翻訳されてしまうことを頑なに拒む映像の実践、つまり「見出せないテクスト」は、現在こそ必要とされている。
</p>
</p><p>
<div class="info">
<a href="http://ifamy.jp/" target="_blank">CREAM ヨコハマ国際映像祭2009</a>
</div>
</p>
]]>
      
   </content>
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   <title>恥ずかしさの戦略──万田邦敏『再履修 とっても恥ずかしゼミナール』</title>
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   <published>2009-11-25T14:44:25Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［書評］万田の初批評集レビュー</summary>
   <author>
      <name>三浦哲哉</name>
      
   </author>
         <category term="書評" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="276" label="万田邦敏" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<p>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/manda001.jpg"><div class="captionshort">万田邦敏著『再履修 とっても恥ずかしゼミナール』（港の人刊）</div></div>
　万田邦敏の批評集は「恥ずかしさ」を主題に書かれた点で、本当に希有で啓発的な書物だと思う。万田のいう「恥ずかしさ」とは、1970年代に「新人類」と呼ばれた同世代のパロディ感覚やシラケの感覚とは、無関係ではないけれども、しかし似て非なるもののことである。では、それはなにか。簡単には説明できないが、本書の頁をめくってみれば、それが或る映画の歴史と結びついた感覚であることが、まず了解されるだろう。ホークスからもヒッチコックからも、さらにはゴダールからもトリュフォーからも、はたまた政治の季節からも遅れて映画を撮り始めた世代の作り手が、もはやうかつには「新しさ」を云々できず、それどころか、なにをやっても膨大に蓄積された映画的実践の模倣にしか見えないという不自由を抱え込んでしまったということ。その歴史感覚が「恥ずかしさ」の源泉にはある。
</p><p>
　万田の傍らにいた作り手たちも皆、この歴史感覚を問題にし、それぞれ独自のスタンスの発明を強いられてきた。たとえば、高橋洋であればこの不自由を「呪い」と呼びかえることで自らの関与の手掛かりを掴んできたといえるかもしれない（『映画の魔』）。黒沢清は「陰謀」としてそれをエンターテイメント化し（『映像のカリスマ』）、ひとまわり世代の違う青山真治は「ユリイカ」と独白し自らの方法序説を打ち立て（『われ映画を発見せり』）、また塩田明彦は「自主」という言葉に求心力を求めてきたといえるかもしれない。彼らはみなこの歴史的な不自由をめぐる「闘争／逃走」のプロセスそのものをそれぞれまず個性的に言説化する必要に迫られ（でないと映画が作れない）、その結果、映画作家にだけではなく、優れた批評家になった。かれらがとってきたこれら戦略の多様性が、現在の映画をどれだけ質的に豊かにしているかは、近年ますますはっきりしてきているし、その結果、この運動はいま正当にも「立教ヌーヴェル・ヴァーグ」と呼ばれるに至っている。
</p><p>
　『UNloved』（2001）『ありがとう』（2006）『接吻』（2006）によって、いまやこの運動におけるもっとも有力な一翼でありつづけたことが誰の目にもあきらかになった万田もまた、他の誰とも違う独自のスタンスを発明した。それが「恥ずかしさ」の戦略である。いまこの書籍『とっても恥ずかしゼミナール』に万田が散発的に書いてきた批評テキストが集成されたことで、この戦略の全容があきらかになったといえる。<br>
　ではそれは一体いかなるものか、というのが本題なのだが、最初にまず、それを本当に理解するためには、本書を通読しなければならないことを断っておかなければならない。なにか定式や要約としてその答え──「恥ずかしさ」とは何か──を示すことはできないからだ。最初のテキスト、そのものずばり「わたしはいかにして恥ずかしさを克服したか」と題された文章にもそのことははっきりしている。<br>
　この文章が語るのは、一見して徹底的な無駄話である。冗長で無意味な、ただ面白いだけのテキストがここにある。ここで万田がしようとしているのは、なにか含蓄のある結論を出したり、問題を整理・分析したり、その背景を洗い出したりということではなく、ただひたすら「恥ずかしさ」の例を語ること──恥ずかしさとはなにかを具体的に言葉で演出することだけだ。たとえば、「心中天網島」をいきなりそしらぬ顔で「シンジューテンモウトウ」と言う男の逸話。ああ、恥ずかしい。あるいは、池袋で「プラウダ、プラウダ！」と叫びながらカメラの前で売り子の役を演じる女。恥ずかしい。いままさに灰になろうとして舞い落ちるアンナ・カリーナが映ったフィルム・ストリップを掌で受け止めた洞口依子。これもできすぎていて恥ずかしい。だがこの３つのエピソードの結論として、「いかにして恥ずかしさを克服したか」がまとめられることはない。
</p><p>
　その後、「蓮實重彦現象 ハスミ光線の彼方に」など、当時の記録として極めて興味深い話題が続き、議論は核心に接近するような瞬間もあることはあるが、結局のところ「恥ずかしさ」とはなにか、その正体と克服の方法がこれだと語られることは回避される。それでも読者は、話術の巧みさに引き込まれ頁をめくってゆくしかなく、やがてその渦中でふと、「恥ずかしさを克服すること」とは要するに万田の文体のタッチそのもののことであり、結論を述べたりまとめたりという恥ずかしい所作を回避することによって、それが成り立っているのだということが了解されてくる。<br>
　万田は語る。「構図と意味が一致したように見える画面は恥ずかしくみにくい」。たとえば「精神錯乱者が斜めの構図で撮られていたりする」とき。「そこに映画の恥があり、そしてそこに映画の罠がある。だからその罠をきわどく避けることが映画のモラルだ」［133頁］。万田はこの微妙な「きわどさ」を問題にして、自らの語りでも延々と構図と意味の不一致を生産する。たとえば、黒沢清の自作についてのインタビューの体裁をとったテキストを読んでいると、（はじめからどこかおかしいわけだが）「ところで最後に一言断っておかなければならない。私は黒沢清ではない」というオチがつく。くだらなさとすれすれの、「きわどい」回避の身振りが一貫して演じられているということだ。これはもちろん万田の8ミリ映画『四つ数えろ』（1978）以来のフィルムと同質の文体であるといえる。<br>
　またそこで重要なのは、万田が恥ずかしさとは無縁の場所に脱出しうるとは決して考えていないということだ。「シンジューテンモウトウ」の例にあるように、恥ずかしさは無意識の足下からやってくる。自分は恥ずかしくないと思うことこそ、もっとも恥ずかしいという逆説がある。だから「恥ずかしさ」の戦略とは、いまの自分がいかに恥ずかしいかに絶えず感覚を研ぎ澄ませながら、その「きわどい」ところで、のらりくらりと逃れようとし続ける、終わりのない営みのことを指すのだろう。そしておそらくこの点において、蓮實重彦がとりわけその野球論などでおおらかに開陳した無駄話の極意と、万田の文体は深く通じ合っているようにも思う。万田にとって「恥ずかしさ」の感覚は、自身の語り以外に支えのない語りという軽業を可能にする羅針盤のようなものとして機能したのではないだろうか。
</p><p>
　ただし、着地点や結論、世間的常識などから逃れて、つまり「恥ずかしさ」からきわどく避け続けようとする言説が、いま一冊の書物として実現されるにあたり、他者の介入が不可欠だった点は特筆しておくべきかもしれない。「あとがき」にあるとおり、この本の企画は最初から万田の意図としてあったわけではない。編集者の熱意に負けて、「みっともない」と思いつつ、過去に「立ち読みがベスト」と思って書かれた文章が単著としてまとめられたというのが実際だという。おそらく、これはそのような迂路を経由してでなければ、完成しなかった書物なのではないかとも思う。集中的な思索は恥ずかしさの自閉性を肥大させる結果しかおそらく生まない。しかしこの書物は1979年から現在まで、実に30年間にわたる息の長い思索の記録である。万田の軽快な無駄話が、絶え間ない「自覚」と「勇気」を必要とする創作行為の重労働によって支えられていたことは想像にかたくない。
</p><p>
　そしてもうひとつ、「恥ずかしさ」を回避する希有な書物が実現されてしまった理由として、万田がいまや巨匠になりつつあるからという事実も当然ながら考えられる。商業映画監督としての、あるいは教師としてのエスタブリッシュメントがあったからこそ、過去の「きわどい」テキストが書籍になりえた。そのことを真っ先に指摘するのは、誰よりも「恥ずかしさ」に自覚的な万田そのひとである。「ここ4、５年の私は、引き裂かれることによって生じたほころびを必死に取り繕うことばかりに汲々としているようだ」。そして万田は、この『とっても恥ずかしゼミナール』を恥を忍んで発表することによって、再び自身に引き裂きがもたらされることを願うと述べる。この貴重な誠実さがこそが、つまり「恥ずかしさ」の戦略の効果なのだろう。</p><p>
　しかし、近年の万田のフィルムを見るにつけ、監督自身が「ほころびを取り繕うことばかりに汲々としている」と言うのは、わたしなどには想像もつかないような水準の「闘争／逃走」が問題なのだろうが、それにしてもあまりに自分に厳しいのではないかと思ってしまう。万田の映画におけるある種の無駄話は、「引き裂かれ」というよりも、いまや小津映画の挨拶のような無償の自動性を獲得しつつあるように感じられるからだ。あるいは2007年大分における「聖なる映画祭」で『UNloved』と共に上映されたブレッソン、ドライヤーの域──至高のオートマティスムへ万田は接近しているといったら言い過ぎだろうか。『Unloved』『ありがとう』『接吻』の中で最も際立った無駄話の場面、たとえば森口瑤子の終盤の長台詞、ゴルフ・トーナメントにおける赤井英和の勝利にいたるプロセスの過不足なさ、そして小池栄子の終盤の長台詞。なぜそれが可能なのか本当に不思議だが、ここでは一切のエクスキューズを必要としない──自身にしか支えられていない、ある無償の自動運動が実現されているように思う。
</p><p>
　だが最後に付け加えておかなければならない。純粋な無駄話にかけては、万田邦敏よりも万田珠実の方が上であるという驚愕のどんでん返しの可能性が、本書の後半では示唆されている……。
</p>
]]>
      
   </content>
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   <title>第10回東京フィルメックス　レポート　vol. 2 </title>
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   <published>2009-11-24T15:22:33Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［journal］ヤン・イクチュン『息もできない』</summary>
   <author>
      <name>石橋今日美</name>
      
   </author>
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   <category term="318" label="ヤン・イクチュン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<p>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/breathless001.jpg"></div>

　今年のロッテルダム国際映画祭タイガー・アワード（新人監督に与えられるグランプリ）に輝いた3作品のうちの１本『息もできない』（英題『Breathless』。来春シネマライズにてロードショー公開予定）を見る。監督ヤン・イクチュンは、短編『Always Behind You』（2005）で監督デビューする前に、俳優としてのキャリアを積んでおり、今回は製作・脚本・編集の他に主演もこなしている。
</p><p>
　自分の作品のためなら、アクションのために、どんな肉体的リスクも負える、と監督が覚悟したのかどうか定かではないが、とりあえず冒頭から主人公サンフンの容赦ない借金取りの暴力シーンが展開する。短めのショットを畳みかけるように編集してあるが、ヴァイオレンスを披瀝するためのヴァイオレンスではなく（スタイリッシュであること、様式美とも無縁）、他にどうしようもない、行き場のない暴力、その過剰さが貧困、孤独、憎悪に蝕まれたサンフンという男の人物造型に効果をあげている。観客が容易には好ましく思えないようなキャラクターだが、暴力的な面と同時に借金取りの男たち同士のやりとりに、思わずクスリと笑ってしまう場面が何度もあり、脚本の完成度が高い。
</p><p>
　フィルムはサンフンと女子高生ヨニの出会い、彼らの距離が次第に縮まっていく過程を、それぞれが抱える家族との激しい確執、忌むべき過去を明らかにしながら描いてゆく。映像のレトリックよりも、腹の底からはき出されたエモーションそのものを思わせる生々しい台詞と俳優の身体のあり方の探求によって、力強く骨太な演出がなされている。映画という表現形式そのものと真っ向から格闘している印象を受けた。
</p>]]>
      
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   <title>第10回東京フィルメックス　レポート　vol. 1 </title>
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   <published>2009-11-23T03:35:50Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［journal］ツァイ・ミンリャン『Visage』</summary>
   <author>
      <name>石橋今日美</name>
      
   </author>
         <category term="journal" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="256" label="ツァイ・ミンリャン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/tsai001.jpg"></div>
</p><p>
　今年で10回目を迎えた東京フィルメックスのオープニングを飾ったのは、今年のカンヌ国際映画祭コンペティションをはじめ、各国のフェスティバルで上映されたツァイ・ミンリャン監督の10作目、『Visage』（英題『Face』）。以前本サイトでも触れたが、オルセー美術館×ホウ・シャオシェン（『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』［2007］）の好敵手ともいえる、ルーヴル美術館がツァイ監督に制作を依頼したフィルムだ。上映後のＱ＆Ａで監督が語ったところによると、美術館側から作品の内容などに関する制約はなかったという。カンヌ映画祭期間中にたまたまフランスのラジオ局による、本作のメイキング・オフ的なドキュメンタリーを聞いていた。その中で仏側のスタッフが、現場でのツァイは不安になるくらい予測不可能であっても、いつも想像をはるかに超えたものができあがってくる、と語っていたのが印象的だった。ストーリーボードのようなものを描いて見せて終わり、というやり方とは対極の、どこかマジカルな現場を思わせた。そして完成した作品は、まさに魔術的な魅力をたたえたものだった。
</p><p>
　『Visage』はvisageについてのフィルム、といっても過言ではないだろう。「サロメ」を主題にした作品をルーヴル美術館とその付近で撮影する台湾の映画監督カン（リー・カーション）の顔。彼が氷を押しつけてまで、「透明感を出したい」とこだわるヒロイン（ルテシア・カスタ）の顔。アップで挿入される、フランソワ・トリュフォーのポートレートを見つめる映画プロデューサー（ファニー・アルダン）や、鏡に「やはりあなたを愛せない」とルージュで書いて現場から姿を消す俳優アントワーヌ（ジャン=ピエール・レオ）の顔。ジャンヌ・モロー、ナタリー・バイが顔を見せることからも、ツァイのフランソワ・トリュフォーへの敬愛の念は明白だが、単なる一方通行のオマージュではなく、トリュフォーを通して、リー・カーションとジャン=ピエール・レオの顔の邂逅を描く作品だ（ふたりがモニターの前で、「オーソン・ウェルズ」「パゾリーニ、フェリーニ、アントニオーニ」……「ミゾグチ」「ミゾグチ？」と映画作家の名をしりとりのように挙げる場面は微笑ましい傑作）。
</p><p>
　いかに人物の顔をフレームの中におさめることができるのか、あるいはフレームで切り取ってしまうことができるのか。まなざしにプライオリティーをおいた顔へのアプローチではない。終盤、ヒロインが監督に、なぜ自分を正視してくれなかったのか、と問いかけるように、視線の交錯によってエモーショナルな高まりが生まれる瞬間は稀有であり、キャメラはすべてのパーツを無差別に扱う。例えば冒頭、カフェのガラスに映し出されるパリの街並みと等価のごとく重なり合うリー・カーションの顔は、撮影中、雪と寒さにさらされ、長細い鏡が立ち並ぶ木立の中で、迷子の子供のように増殖する。窓ガラスに黒いテープを貼り続けるルテシア・カスタの横顔は、いったん暗闇に呑み込まれ（闇そのものを映し出すという美しいアイディア）、スナックを口にする物音とともに、ライターの明かりの中に浮かび上がる。黙々と供え物のリンゴをかじるファニー・アルダンとカンの母の遺影（『ふたつの時、ふたりの時間』［2001］『迷子』［2003］などでおなじみのルー・イーチン）が並ぶ画面は、遺影になっているはずの母親が、巨大な白い魚の水槽に映る、部屋全体のロング・ショットに切り替わる。さまざまな顔の様態を見せると同時に、事物を隠すものとしてのフレームの機能がシンプルかつ大胆に発揮され、被写体との距離が開くショットへの切り替わりが、次にどんなシチュエーションが展開するのか予見できないサスペンスを用意する。俯瞰、ローアングルと高さのバリエーションと、奥行きを生かした室内の構図も秀逸だ。
</p><p>
　アパルトマンを水浸しにしてしまう水道、パリの地下水道の場面（半身水に浸かって前進するリー・カーションに、トンネルの壁に大きく投影される映画のキャメラの影が迫るショットは忘れがたい）、お馴染みの白い魚の水槽といった水の存在、ベッドに横たわる人物、病、プレイバックでルテシア・カスタが歌う歌謡曲など、これまでのツァイ作品を彩ってきたモチーフを引き継ぎながらも、ストーリーテリングの映画からは最も遠ざかった作品となっている（キャストが演じているのが何の役なのか、全員すぐには分からない）。そして、思わずくすくすと笑ってしまう奔放なユーモアも兼ね備えている。逆にストーリーの展開が必要と思われないほど、ワンカット、ワンカットの密度が高い。断片をとっても、見る者に悦びを与えてくれる。これほどまでに新作に熱狂できる映画作家が、他にどれほどいるだろう。
</p>]]>
      
   </content>
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   <title>暗号と時間──リチャード・カーティス『パイレーツ・ロック』 </title>
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   <published>2009-11-20T13:29:25Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［film］暗号が意味するもの</summary>
   <author>
      <name>工藤 鑑</name>
      <uri>0000</uri>
   </author>
         <category term="film" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="331" label="R・カーティス" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
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      <![CDATA[<p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/piratesrock001.jpg"></div>

</p><p>
　作品はいつの間にか始まっている。この作品の制作会社などのロゴが表示され、しばしの黒画面が映し出されている時点で、ラジオのチャンネルが何度か切り替えられる音が聞こえてくる。この音は、すでに映画の中の音であり、それを観客は映画の中へと入り込むちょっと前から聞かされることになる。<br>
　黒画面からイギリスの街並みへと移り、ある家の中ではひとりの少年が、両親に「お休み」を言って自分の寝室に入る。ベッドに横たわって電気を消し、手の届くところにある引きだしからラジオを取り出す。早く寝るように、とうるさい両親にばれないように、枕の下に挟んで、スイッチを入れる。ラジオからは海賊たちの声が聞こえてくる──。ブリティッシュ・ロック全盛期、1960年代後半に実在した海賊ラジオ番組「RADIO ROCK」を舞台に、その海賊＝DJたちの叫びとささやきを目一杯盛り込んだ映画『パイレーツ・ロック』の冒頭である。
</p><p>
　ラジオの音に導かれていつの間にか始まるこの映画ではまた、物語もいつの間にか幕を開け、いつの間にか進んでいる。冒頭の少年による導入が終わると、RADIO ROCKを収録する船内のスタジオでDJをしている伯爵（フィリップ・シーモア・ホフマン）が、曲に合わせて激しくギターを掻き鳴らす真似をしている様子と、それを聞くイギリス各所のリスナーたちの映像の素早いモンタージュが続く。その中に、ひとりタクシーに乗り込んだ青年（トム・スターリッジ）が、陰気そうな面持ちをして座っているショットが紛れ込む。モンタージュの最後にタイトルが表示され、場面は、嵐の中、先ほどタクシーに乗っていた青年が、RADIO ROCK号を小型船で目指しているシーンへと移る。青年が、本当にこの方角であっているのかと不安そうに船員に問うや否や、RADIO ROCK号が姿を現す。しかし、その船を見て青年がどのようなリアクションを取り、またどのように船員たちに迎え入れられ、船に乗り込んだかは、ショットとして提示されることはない。小型船の側からRADIO ROCK号を捉えたショットの後には、青年はいつの間にかRADIO ROCK号の客室内にたどりついており、この青年の名付け親でもある船長のクエンティン（ビル・ナイ）に迎えられている。いつの間にか、青年は──そして彼に導かれて私たち観客も──物語の中へと踏み込んでいる。
</p><p>
　このシーンで青年を迎えたクエンティンは、青年の母（エマ・トンプソン）が若い頃、彼や彼の仲間内でセックス・シンボルのような存在であった、と口にする。この台詞は確かに、後に青年が自分の本当の父親探しをする際に物語と関わりを持つ要素として配置されてはいるだろう。意味のない台詞ではない。しかし、では、母親がなぜ彼らとともにいたのか、何をしていたのか、ということには、映画が進んでも一切触れられない。そして、どうしてこういう展開になり、この台詞が口にされたのか、この物語が始まる以前に各登場人物同士がどのような関係を持っていたのか、どうしてそれぞれRADIO ROCK号に乗り込むことになったのかは、私たちにはっきりと明かされないのだ。この例が最も端的に現れるのは、青年が船内での生活に慣れてきたころ、食卓に、どの船員も見たことのないひげ面の男・ボブ（ラルフ・ブラウン）が、自分がここにいるのはあたかも当然である、といった風情で紛れ込んでいたことだろう。とにかく、映画を見ている者たちにとって、各登場人物の行動には常に把握しきれない部分が存在している。彼らがこの船に乗るに至った経緯は知らされることがない。彼らはみな、いつの間にか船の上にいる。そして、RADIO ROCK号は、そうした無断乗船を拒みはしない。いつの間にか、船の上で自分の番組を持ち、仲間として馴染んでいるのだ。
</p><p>
　ただ、私たちは、海賊たちが破天荒ではあるものの緩やかな時間を送る生活の合間にときおり交わしあう言動から、彼らが船の外でどのような生活を送っているか／いたかを断片的に推測することはできる。夜のデッキで行われる「告白ゲーム」で、恰幅の良い眼鏡のDJ（ニック・フロスト）が「ビチグソ」の話を告白しているときに、ふと彼が妻帯者である（あった？）らしいことを計り知り、どちらがより高くマストを登れるか競争する、伝説のDJことギャヴィン・カヴァナ（リス・エヴァンス）と伯爵のやり取りから、ふたりの長年のライバル関係を読み取ることは、何ら不可能ではない。むしろ、そうして私たちの憶測を招こうとしているかのようにさえ思える。したがって、彼らが乗船したいきさつも、物語上存在しないことになっているのではなく、ちょっとしたきっかけによって、いつの間にか物語の後ろに息を潜めていることが明らかになる。
</p><p>
　むろん、〈いつの間にか〉の演出が見られるのは、それだけではない。RADIO ROCKのリスナーを船に招待するイヴェントに、海賊局を潰そうとする政府のスパイが紛れ込んでおり、クエンティンにばれて殴られるのだが、その後このスパイがどのように船から降ろされたかは示されず、いつの間にか物語の関心は、船上からいつの間にか消えた多くの女性リスナーたちを探す伯爵たちの側に移っている。あるいは、タバコとドラッグで停学処分をくらって船に送り込まれたはずの青年はいつの間にか船室でタバコをふかしているし、いつの間にか船員たちや船の様子を撮った写真を大量に撮り貯めている、という例を思い出すこともできる。つまり、この映画における登場人物たちの行動や物語の展開の多くが、〈いつの間にか〉のリズムに則って行われているのである。一体何故だろうか。
</p><p>
　別の角度から踏み込んでみよう。この映画の中盤以降、物語の起動装置のひとつとなる青年の父親探しと、青年による父親の救出、というモティーフについて考えたい。この映画の物語は、『ライトシップ』（イエジー・スコリモフスキー監督、1985）のように、息子が父の死を見届ける物語でもなければ、『ライフ・アクアティック』（ウェス・アンダーソン監督、2003）のように、父が息子の死を見届ける物語でもない。また、『ライフ・アクアティック』では、ビル・マーレイ演じる船長と、乗組員としてやってくるオーウェン・ウィルソンが本当に親子であるかは分からないものの、子が父を「パパ・スティーヴ」と呼ぶことに同意し、また父が子を息子であるとはっきり認め、握手する、という契機が存在していた。
</p><p>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/piratesrock002.jpg"></div>

　しかし、『パイレーツ・ロック』においては、そのような契機は存在しない。それに最も近い箇所があるとすれば、それは、青年の母がクリスマスを祝いに船にやってくる場面の最後の部分だろう。青年は母に、「マディ・ウォーターズはロックしている」という、意味も分からないままボブから唐突に託された母宛の伝言を告げる。すると母親は、「ボブはそんなことまであなたに喋ったのか」と青年に向かって驚いた反応を示す。「そんなこと」が何を意味するか、それは私たちにも、青年にも分からない。さらなる説明を求めようとしても、母親はさっさと船を去っていってしまう。去り際に、母親の口から、ボブとセックスをした時期から考えれば、この青年がボブとの間に生まれた子供であるとしてもおかしくはない、といったことが聞かされはする。だが、先ほど確認したように、かつて彼女がセックス・シンボルであったとまで言われていたことを思えば、この発言の真偽は定かではない。青年がルームメイトに唆されて最初に疑ったように、クエンティンが父親であるかも知れないし、舳先でクエンティンを父親であると仮定して見つめる青年の様子を眺め、後ろの方でパイプをくゆらして座っている伯爵が父親かも知れない。それは明らかではない。かつて彼ら／彼女らがどのような関係を持っていたか、私たちは憶測することしかできないのだから。第一、青年自身が、本当の父親が誰であるのかを積極的に明らかにしようともしない。ルームメイトなり、母親なりによって暗示された仮の父親を、素直に信じてしまう。
</p><p>
　したがって青年が、そのように曖昧な何人かの父親候補のうちで、他でもなくボブを父親であると信じることになるのは、ほとんど偶然に近いとも考えられる。しかし青年は、母親とのやり取りの後、自分の番組を収録中のボブを訪ね、母親がボブを自分の父親であるというようなことを言っていた、とボブに伝える（ボブは、「そうか、良かった」と答える以上の行動は起こさないのだが）。そして、政府の攻撃によって沈没しかけた船にひとり取り残されたボブを救うために、水中へと潜る。ここで彼は、ボブが父親であることをいつの間にか信じているのだ。そしてそれは、「マディ・ウォーターズはロックしている」という、それ自体では意味を持たない曖昧な伝言が、ボブから母親へと通じたのを目の当たりにしたからではないか。つまり、青年はその言葉と、それに対する母親のリアクションの間に読み取れる飛躍から、母親とボブが過ごした時間の密度を逆算し得たと言えるのではないか。ここには一種の暗号が交わされており、青年はそれを解読できたということなのではないか。ではここで、暗号とは何を指すのだろうか。
</p><p>
　リチャード・カーティス監督の前作『ラヴ・アクチュアリー』（2003）において、‘Love’は言葉を通じたコミュニケーションの問題として描かれていた。親友の妻に恋する男。イギリスの首相と秘書。妻を失った男と息子。上司と部下。落ちぶれたロック歌手とマネージャー。少年と、間もなく転校してしまう少女。作家と、言葉が通じないスペイン人の家政婦。このいずれの関係においても、誰かに対してあるメッセージを伝えたいが、いざ伝えようとするとそれができない（理由は何でも良い——照れでも、その時々の状況によるタイミングの逸失でも、言葉が通じないからでも）者が、そのメッセージを自分と相手との関係においてのみ通用する、固有の言動へと翻訳＝暗号化するプロセスが問題となっていた。では、ここで交わされる暗号と、現実の恋愛関係でしばしば交わされるかも知れない、恋人同士の秘密のやり取りのようなものとは、どのように異なっているのだろうか？
</p><p>
　ここでさらに、リチャード･カーティスが脚本家として関わった作品に目を移してみたい。『フォー・ウェディング』（マイク・ニューウェル監督、1994）では、男から女への告白はデヴィッド・キャシディーの歌詞の引用に託されていた。あるいは、『ノッティングヒルの恋人』（ロジャー・ミッシェル監督、1999）では、記者になりきった男から女への記者会見での質問が、プロポーズになっていた。歌詞の引用も、記者の質問も、通常の（現実的な）使用方法から考えるならば愛の告白に使うのは難しい一方で、『ローマの休日』（ウィリアム・ワイラー監督、1953）に代表されるように、映画の演出としては、お約束と言ってしまえるほどに使い古されている種類の言葉である。しかし、この2本の映画では、それぞれのカップルにとって最も信じられるような、鮮烈な言葉として発せられていた。それが可能なのは、ここでは歌詞の引用なり、記者の質問なりが、ふたりの間でのみ共有された文脈で発せられる最も親密な言語、いわば暗号として機能していながら、それが、ポピュラー･ミュージックの歌詞であったり、記者会見場での質問のやり取りであったりという、ある公的──ここでは、大多数の他人にとっても理解されうる、という意味だが──な言語に託されているからである。『フォー・ウェディング』しかり、『ノッティングヒルの恋人』しかり、ラスト近くでふたりが告白を交わし合った後には、ふたりの友人たちの間にもまた、カップルが成立する、というショットが挟まれていたことを思い出そう。『フォー・ウェディング』では友人たちの結婚式の写真が次々と映し出されるし、『ノッティングヒルの恋人』では、それまで最悪にもてない人生を送ってきた友人が、たまたま隣にいた女性記者と見つめ合う。あるふたりの間で暗号の交換が成立した後には、そのふたりの周囲にいる友人らもまた、結ばれる。つまり、これが可能なのは、暗号が密かに、いつの間にか、暗号を開発した当事者以外の間でも、公的な言葉に紛れて取り交わし合われているからだ。そのやり取りを複数の関係に拡張したのが『ラヴ・アクチュアリー』であり、さらに、電波に乗せて無数の（映画内の表現で言えば「ものすげえ数の」）関係へと拡張したのが『パイレーツ・ロック』であると言える。
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/piratesrock003.jpg"></div>
　暗号を交わし合う者同士の間で、暗号がある意味を伴ったメッセージとして流通するのは、暗号が形成される以前にお互いの間で築かれた時間が存在するからだ。暗号のやり取り、例えば問いA→応答Xというやり取りによって成り立つ暗号の間には、A＝B→B＝C→C＝D･･････＝Xという一連のやり取りが圧縮され、〈A＝X〉になるまでの無数の言い換えによって紡がれてきた時間がある。『パイレーツ・ロック』で、とりわけ先ほどの例における青年の母親とボブの間で交わされるのも、こうした意味での暗号に他ならない。しかし、暗号は、映画とそれが持つ物語の内部で取り交わされるに留まらず、この映画の時間の流れにも隠されていて、それが、私たちに〈いつの間にか〉の感覚をもたらす。観客も、〈いつの間にか〉という感覚を手がかりにして、『パイレーツ・ロック』というひとつの暗号の解読に参加している。この映画で繰り返される〈いつの間にか〉の演出は、私たち観客に、その〈いつの間にか〉の間にあったはずのいくつかのやり取りを補わせようとし、あるいは補うことなど到底できないにしてもそこに存在したはずの時間を想像させようとする、一種の暗号としての作用を持っている。そう、暗号は周囲に波及する──海の底へと沈むRADIO ROCK号が、大量のレコードと青年が撮り貯めた写真を海面へと向かって浮上させていたように。
</p><p>
　ここで、観客の立ち位置がはっきりする。すなわち、〈いつの間にか〉の横溢を目にすることで、この映画の観客は、そこから抜け落ちた時間を自分の頭で補うことができる、ということだ。観客は自らの想像によって、この映画の物語だけでは語りきることのできない多くの時間や、海賊たちが騒ぎ回ったであろういくつもの出来事の存在を回復することができる（こう考えると、この作品が冗長であると批判が出るのももっともだ。何しろこの映画に溢れる暗号は、物語の時間をコンパクトにまとめることを拒んでいるのだから）。ここに現れてくるのは、過去の一時期に熱狂を持って迎えられ、特定の文脈を背負った文化を、現代に生きる私たちがいかにしてノスタルジーとは無縁に受容できるか、という問題であるとも言えるだろう。『パイレーツ・ロック』を見ることは、海賊ラジオという、過去の一時期におけるロックのマイナーな受容のあり方や、そこに携わった人々が、単なる回顧とともに過去形で再現されるのを見ることではない。私たちは〈いつの間にか〉のリズムによって仄めかされる、暗号が形成されるまでに取り交わされたやり取りの積み重ねの時間を想像することができる。それによって、この映画を現在見ている者もまた、海賊たちから送られてくる電波を、今、受信することができるのだ。<br>
　『パイレーツ・ロック』の冒頭、両親の言うことを聞いたふりをして枕の下にラジオを隠し、RADIO ROCKに耳を澄ませる少年は、すでに海賊の一員であると言える。海賊ラジオを聞き、そこから流れてくるロックに喜びをもって反応することで、ラジオを通じた海賊たちの暗号のやり取りにいつの間にか身を浸すことができているからだ。海賊たちは、「ロックしているか？」という暗号を媒介にして、声を交わし合っている。そこにはこの少年ばかりでなく、映画を見ている私たちもまた、参加している。
</p><p>
　もう一度思い出そう。冒頭、映画がまだ黒画面のまま、色付き、動き出し始めるのを待っている間に、すでにラジオの音が聞こえていたことを。あるいは、エンド・ロールが終わって席を立ちかけた観客に、“What's next?”という問いが不意に投げかけられたことを。暗号に変換された叫びとささやきは、この映画を見ているひとりひとりの海賊たちの鼓膜の先へも、いつの間にか届いているのだ。<br><br>
</p><p>

<div class="info">
『パイレーツ・ロック』　THE BOAT THAT ROCKED<br><br>

監督・脚本・製作総指揮：リチャード・カーティス<br>
製作：ティム・ビーヴァン、エリック・フェルナー、ヒラリー・ビーヴァン・ジョーンズ<br>
撮影：ダニー・コーエン<br>
編集：エマ・E・ヒコックス<br>
配給：東宝東和
出演：フィリップ・シーモア・ホフマン、トム・スターリッジ、ビル・ナイ、ニック・フロスト、ケネス・ブラナー、ラルフ・ブラウン、リス・エヴァンス、エマ・トンプソン<br><br>
2009年／イギリス・ドイツ／135分
</div>
</p>
]]>
      
   </content>
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   <title>国際会議『SOUND CONTINUUM』</title>
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   <published>2009-11-15T03:46:30Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［news］ミシェル・シオンほか。11月21（土）22（日）</summary>
   <author>
      <name>編集部</name>
      
   </author>
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   <category term="329" label="M・シオン" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="37" label="黒沢清" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p><strong>
国際会議『SOUND CONTINUUM』<br>
21世紀の録音文化を問う国際会議<br>
</strong></p><p>

「録音」という領域が、従来の音楽史や映画史の中で、明確に意識化され語られる機会はこれまでありませんでした。それは、録音が音楽や映画に従属する技術としてのみ捉えられてきたからにほかならないのではないでしょうか？メディア技術の発達から「録音」という営為を振り返ったときに、それは単なる記録メディアとしてではなく、表現に関わる、創造的な技術として捉え直すことができるはずです。技術からの問いとして、「録音」を音楽や映画との主従関係でなく、並行するメディアのひとつとして、その創造の可能性を考えてみたいと思います。この会議では、「サウンド」をキーワードに国内外で研究活動を行っている作家や研究者を招き、彼らのプレゼンテーションレクチャーを通じて、より多くの人達に「音」のすばらしさを共有することができればと思っています。<br>
今回、フランスより『映画にとって音とは何か』『映画の音楽』の著書でありミュージックコンクレートの作曲家としても知られているミシェル・シオン氏の講演に加え、英国立図書館British Libraryの音響アーカイブ部門所長のリチャード・ランフト氏の講演、2008年のカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門審査員受賞作品『東京ソナタ』で知られる黒沢清監督の映画音響論(対談)、キュレーター畠中実氏のサウンドアートのおけるフィールドレコーディングのプレゼンテーション、そして音楽評論家の小沼純一氏［早稲田大学］が司会となり、領域分断として発展し続ける「サウンド」における表現と技術の問題を様々な観点で考えていきます。
</p><p>

<strong>◎SOUND CONTINUUM</strong><br>
日時：2009年11月21日（土）/22日（日）<br>
時間：開場12：30　開始13:00−終了18:00（両日）<br>
場所：東京芸術大学大学院映像研究科 横浜校地　馬車道校舎　1Fホール（横浜市中区本町4-44）<br>
</p><p>
入場：無料（事前登録制: www.the-concrete.org）
</p><p>
平成21年度文化庁委託事業<br>
主催: 特定非営利活動法人映像メディア創造機構<br>
協力: 東京藝術大学大学院映像研究科/ヨコハマ国際映像祭2009/CONCRETE<br>
</p><p>
参加者<br>
ミシェル・シオン ［フランス、映画音響研究者、ミュージックコンクレート作曲家/パリ第三大学教授］<br>
リチャード・ランフト［イギリス、音響アーキビスト/英国立図書館音響アーカイブ部門所長］<br>
ラリー・サイダー［イギリス、国際会議SCHOOL OF SOUND代表/ 英国立テレビ映画大学院ポストプロダクション元所長(ＮFTS)/サウンドデザイナー（ブラザーズ・クエイ作品一連）］<br>
黒沢清［日本、映画監督/東京藝術大学大学院映像研究科教授］<br>
筒井武文［日本、映画編集、映画監督/東京藝術大学大学院映像研究科教授］<br>
小沼純一［日本、音楽評論家/早稲田大学教授］<br>
畠中実［日本、ICC学芸員］<br>
オノセイゲン[日本、作曲家、録音エンジニア(サイデラパラディソ)]<br>
ホー・ツー・ニェン［シンガポール、美術家/映画監督］<br>
鳥越けい子［日本、青山学院大学教授］<br>
</p><p>
<strong>◎CONCRETE Vol. 3 （ヨコハマ国際映像祭2009 CREAM関連イベント）</strong><br>
日時：2009年11月23日（祝）<br>
時間：開場15：00　開始15:30−終了18:30<br>
場所：新港ピア（横浜市中区新港2-5-1）<br>
入場：無料（入場には、ヨコハマ国際映像祭のチケットの購入が必要です。）<br>
</p><p>
アクト：<br>
ミシェル・シオン　ミュージックコンクレートコンサート『Without project（世界初演）』 『Samba For Rainy Day』<br>
森永泰弘＋ホー・ツー・ニェン＋ステファノ・ピリア『EARTH（日本初演）』<br>
足立智美『声、エレクトロニクス、ライヴヴィデオ、未来派音響詩に基づくパフォーマンス』<br>
長嶌寛幸『Magic Memo』<br>
主催: CONCRETE実行委員会<br>
助成:横浜文化振興財団・協力: 東京藝術大学大学院映像研究科/ヨコハマ国際映像祭2009<br>
</p>]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>第22回東京国際映画祭レポート vol.3 </title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.flowerwild.net/2009/11/2009-11-05_075616.php" />
   <id>tag:www.flowerwild.net,2009://1.152</id>
   
   <published>2009-11-04T22:56:16Z</published>
   <updated>2010-03-02T14:40:33Z</updated>
   
   <summary>［journal］石井裕也新作、ヤスミン・アフマドの遺作『タレンタイム』</summary>
   <author>
      <name>石橋今日美</name>
      
   </author>
         <category term="journal" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   <category term="327" label="J・アフマド" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   <category term="290" label="石井裕也" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.flowerwild.net/">
      <![CDATA[<p>
<div class="right-withtxt"><img src="http://flowerwild.net/images/kimitoarukou001.jpg"></div>
　来年度の国際映画祭サーキットで再び話題をよびそうな石井裕也監督の新作『君と歩こう』（『川の底からこんにちは』［2009］とともに2010年劇場公開予定）。本サイトでもすでに取り上げた独自の石井ワールドが、いかなる変貌をとげているのか、海外からのゲストも興味津々。『君と歩こう』は、片田舎の女性英語教師明美（目黒真希）が、男子高校生ノリオ（森岡龍鵜）と東京に駆け落ちするところから始まる。独身34歳、いわゆる「肉食系」でファッショナブルとは決して言えない明美と「草食系」ノリオは、マンションの一室で同居開始。彼女はノリオを弁護士にすべく叱咤激励し、自分はエステ、ジム通いで女を磨くと宣言しつつも、実際にはカラオケ店で呼び込みのバイト。年下の同僚に、やる気のなさを罵倒される。それぞれの主要登場人物たちが、新たな出会いを通して他の人物たちとつながっていく群像劇の構成は、現代の世界中の若手監督たちにもよく見られる形である。作品が展開してゆくにつれて、ラストに向かって、すべての人間関係が予定調和的に収まるのではないかという、無為なアクションの徹底した追求、これまでの作品群の過剰さとはちょっと異質の不安が頭をよぎる。こんなにうまく収まってしまっては、「個性的なTVドラマ」に転じてしまうのではないだろうか……と思わせたところで、見事にそんな予感を裏切ってくれる。が、やはり「落ち着き」を獲得したのではないか、という気もする若手・多作な石井監督にとっての「進化」や「成熟」があるなら、「ウェルメイド」なフィクションの世界の構築には向かってほしくない、と勝手に妄想してしまう。
</p><p>
<div class="imagelong"><img src="http://flowerwild.net/images/talentime001.jpg"></div>
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　前日、素敵な時を過ごしたホー・ユアンとピート・テオが、今年７月に急逝したマレーシア新潮流の先輩格、ヤスミン・アフマドの追悼イベントに出席するというので、早すぎる遺作『タレンタイム』（2009）と彼女が手がけた名作CMの上映が終わったホールに急ぐ。「残されたものたちについての曲」として「Blue on Blue」をピートがギターを手にエモーショナルに歌い上げる。その後、ピート、ヤスミンの親族、彼女を新作に起用したホー・ユアンを囲んでのトークが行われるが、通訳の方まで涙を流すほど。ホーはティッシュの箱をそれぞれにまわす。ゲストまたイベントに駆けつけた熱心な観客の早すぎる死への悲しみ、ヤスミン自身、彼女のフィルムへの熱い思いが会場にあふれた。
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