K編集長のcinema days vol.4

石橋今日美

 ポーランド第四の都市、ヴロツワフ。第二次世界大戦後まで続いたドイツによる占領をはじめ、さまざまな国の支配を受けてきた古都には、ポーランド市民の独立の象徴、コシュチェンコの戦いを描いたパノラマ(映画以前に誕生したご存じのパノラマ)が、現在でも名所のひとつとなっている。オドラ川がなす中洲とレンガ造りの重厚な建築物が印象的な静かな街も、7月終わり、8月初めには映画と音楽のフェスティバルで熱く盛り上がる。

 第9回New Era Horizons国際映画祭(7月23日〜8月2日開催)は、日本ではまだ馴染みの薄いフェスティバルかもしれない。もちろんカンヌやヴェネチアに比べると「小さい」映画祭だ。しかし、インディペンデント映画の配給も手がける映画祭ディレクターRoman Gutekと、若くエネルギッシュなキュレーターたちが手がけるフェスティバルは、実に個性豊かで、魅力あふれるイべントだ。約450本の上映作品に、国内外から12万人の観客が集まり、夜は先鋭的なバンドが日替わりで演奏する野外コンサートを楽しむこともできる。監督として招待を受けた今回、日本では商業的リスクのために未公開に終わるような作品にも長蛇の列をつくる、情熱的な観客の存在は、心に触れるものがあった。Q&Aにおけるハイレベルな質問、作品を自分なりに理解しようとする熱意は、さまざまな国際映画祭において、容易に感じ取られるものではない。招待された映画作家たちは皆、真に映画好きの観客との出会いを心から楽しんでいた。

映画祭メイン会場となるシネマコンプレックス「HELIOS」
2007年夏、台北の国立王宮博物館で「Discovering the Other」と題し、複数のシネアストのインスタレーション、フィルム上映が行われた。
http://www.npm.gov.tw/events/96events/installations/home/eng/home_e.html
 ツァイ・ミンリャンは「Erotic Space」というタイトルで、「ゲイのサウナ」を模した複数の小部屋に、リー・カーションとの各国への旅行、台湾の街の風景など、まさにホームビデオが流れるTVを設置。TVの脇に置かれたトイレットペーパーはインスタレーションの一部。ツァイは初めてキャメラを手にした子供のようにズームやアップで遊び、自作ではズームなどほとんど使わないのに、とコメントする様子も微笑ましい。

サウナの内部。黒いマットレスに座ってヴィデオを鑑賞
 今秋にパリのポンピドゥー・センターで特集が組まれるカナダの奇才Guy Maddin、16mmで独自の世界を築きあげるJY在住のJennifer Todd Reevesらのレトロスペクティブ(彼女の滞在記はこちら)、アートについてのドキュメンタリーを集めた特集上映など、上映作品の充実ぶり(本数とクオリティー)、映画に対するアプローチの柔軟さには目を見張るものがある。映画祭のメインは、14本の長編作品が選出されたインターナショナル・コンペティション部門。本欄でも以前取り上げたパルム・ドール受賞作で、予想に難くなくグランプリを受賞した『Hunger』(スティーヴ・マックイーン監督、2008年)、今年カンヌの監督週間で上映された、シンガーとしてのジャンヌ・バリバールを追ったペドロ・コスタの『Ne change rien』(2009)、レトロスペクティブも開催されたツァイ・ミンリャンの新作『Face』(2009)といったビッグネームが並んだ(今年のフィルメックスのオープニング作品として、『ヴィザージュ』のタイトルで上映予定)。その一方で、ある傾向として見られたのが、映画のイメージ自体を改めて問いかける新人・若手監督の作品も意欲的に盛り込まれていたことだ。例えば『息もできない』(Exhausted 、Kim Gok監督、韓国、2008)は「あなたなしでは生きられない、あなたとはいきられない」というカップルのあり方を極限まで推し進めて描ききった力作。全編、傷んだ8mmによる撮影の映像のきめの粗さ、際立ったイメージの物質性は、愛をささやくのではなく、叫び、体中の穴と血、肉で交わり、傷つけあう男女の世界に独特の力強さを与えていた。表現手法と作品世界が見事に融合したフィルムだ。フランスの「アヴァンギャルド・エロティック」とも評されるフィリップ・グランドリューは、見る者の気力・体力の準備が望ましい作品が多かったが、新作『Un lac』(2008)は新たな境地を示していたように思う(予告編はこちら)。雪深い森の中、隔絶した生活を送る一家に、不意に若い青年が加わることで起こるドラマなのだが、薄暗い森や山小屋の中で、ライトは使用されない。キャメラが捉えた映像は、時に輪郭もさだかではなく、ある意味「脆弱」であるのだか、逆説的にそれが観客を、木が切り倒される音や降り積もった雪を踏みしめる足音、薄闇に光る登場人物の瞳、素肌のふれあいに一層敏感に、ある種プリミティブに作品世界を「嗅ぎ回る」ような生々しさをもたらしてくれる。それは、どこか現代世界から遠く離れた毎日を送る、血の濃い家族の生と見事に調和している。



 小規模な映画祭の利点は、他の映画作家たちと密なコミュニケーションをとることができる点だ。さまざまな会話の中で改めて実感したのは、世界中の映画祭で紹介されるようなフィルムでも、香港やシンガポールどまりで、日本まで到達しない、ということ。不毛な状況論を展開しても仕方がないが、優れた作品が国境を越えてやってくるのを待っているだけでは、現代映画の鼓動に合わせて前進してゆくことは難しいのではないかと痛感した。



30 Sep 2009

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