私は1本も『カビリア』を見ていない──ジョヴァンニ・パストローネ監督作品『カビリア』の2006年復元版に関するメモ

柴田幹太

1.はじめに

 2007年のイタリア映画祭(会場:有楽町朝日ホール)を特色づけたものとして、古典作品の上映という、同映画祭にはなかった新たな試みを挙げることができる。日本国内での鑑賞機会が限られたイタリア映画の新作を、そのプログラムの主な対象とするイタリア映画祭は変わらず興味深いが、さらにそこに、古典の上映というある種の新鮮さが加えられたことは大いに評価したい。単なる古典の回顧上映にとどまらず、「新しい古典」、すなわち、書き換えられた過去とでも言うべき更新された古典に新しい光を当てたという点で、現代イタリア映画を紹介するという映画祭の本来的な趣旨に反するものではなく、むしろ、特別上映という位置づけではあるにせよ、当然の作品選択であったと言うことさえできるのではないだろうか。
 上映作品は、イタリア映画史上もっとも有名な無声映画であり、グリフィス以前史では他の追随を許さない超大作『カビリア』(Cabiria, Giovanni Pastrone監督, 1914年)。ジョヴァンニ・パストローネが無記名で監督し、作家ガブリエーレ・ダンヌンツィオ(Gabriele D'Annunzio)が字幕の制作に関わり、1914年に公開された同作品[*1]は、世界各地の複数のアーカイヴの協力により復元され、昨年2006年の第59回カンヌ国際映画祭で最新の復元版プリントとして公開された。現在、世界で最も新しい『カビリア』である。
 かく言う私は、同最新復元プリントを有楽町では見ていない。2006年11月30日、イタリアのボローニャ市立シネマテーク、通称チネテカ・ボローニャで鑑賞した。それをさかのぼる2006年10月7日、同イタリアのポルデノーネ県サチーレ市での上映でもまた見ている。ポルデノーネ無声映画祭の名で知られる、サイレント映画の祭典においてである。さらにいえばその映画祭では、実は『カビリア』を6日後の10月13日にも見ている。衝撃的なサウンド・ヴァージョン! もちろん、日本国内で鑑賞可能なVHSも見ているし、手元にはアメリカで販売されているDVDソフトもある。驚くのは、それぞれすべてが異なる『カビリア』だということだ。


2.無声映画のヴァージョン違い──『カビリア』の場合

 伴奏付きの無声映画を鑑賞する時、自己主張の強い演奏が映像を無視して、独り歩きしてしまっている印象を持つことがある。時として、好きだった作品に対する思いが変わってしまうほどに。その曲が作品専用に書かれた楽曲があったとしても、演奏者が違えば鑑賞作品の印象は同じではないということもよくある。曲自体が演奏家の作曲であることもしばしばで、そうなるともはやこれは、たとえ同じタイトル、同じフィルムであっても、同じ映画体験をしているとはいえない。さらに上映フィルムに関しても、経年劣化はフィルムの誕生から始まるものだし、フィルムを映写機にかける度に、映写傷やパーフォレーションの傷みなど、どこかしら損傷を被るものだ。つまり、同じフィルムでの作品鑑賞も、物質としてのフィルムの見地からは、毎度、劣化や損傷がどこかに必ずあり、また無自覚とはいえ、スクリーン上の映像自体についても厳密には違うものを見ているということができる。ところが、私がここで言う異なる『カビリア』とは、文字通り異なる『カビリア』、音声は言うまでもなく、上映時間も映写速度も、色もモンタージュもインター・タイトルも異なる複数の『カビリア』なのである。
 F・W・ムルナウの『ファウスト』(1926)やフリッツ・ラングの『メトロポリス』(1927)、アベル・ガンスの『ナポレオン』(1927)などの例を挙げるまでもなく、映画史においてはそれぞれの作品に数多のヴァージョン違いが存在する。作家の公認・非公認に関わらず、映画が複製を基礎とする点で、その無限の増殖はまったく宿命的で不可避的なものであるとしか言いようがなく、さらに、世界市場を獲得した作品においては、各国の上映形態、検閲基準、また1910年代においては依然長編に不慣れだった観客といった様々な要因から、その宿命は加速度的でもある。そうしたヴァージョン違いを複数持つ作品群に、ジョヴァンニ・パストローネの『カビリア』もその名を連ねているのである。
 私が体験したそれぞれのヴァージョンを振り返ってみると、まず、日本国内で鑑賞可能なVHSソフトがある。NECアベニューから発売されたもので、上映時間は87分、映像は白黒である。インター・タイトルはひとつのフレームの上下に英語とイタリア語が並べられており、イタリア語に関しては商品の解説よればダンヌンツィオのそれであるらしい(手元の資料との相違はあるがここでは問わない)。不鮮明な画像で、登場人物を混同したことを覚えている。同様に家庭用ソフトで見ることができるアメリカのDVDは、キノ・オン・ヴィデオ(KINO ON VIDEO)から販売されているソフトで、「高品質の35mmプリントを適正な映写速度[*2]」でデジタル化したものだ。123分の白黒作品で、インター・タイトルは英語である(部分的にイタリア語も含まれる)が、日本で発売されているVHSのそれとは異なる。昨年10月7日、ポルデノーネ無声映画祭で見た最新復元版の無声プリントは、染色と調色によるカラー・フィルムで、上映時間180分(16コマ/秒、3,308m)、インター・タイトルは英語。その6日後に見た『カビリア』がサウンド版の復元プリントで、これも染色と調色によるカラー・フィルム、上映時間は136分(20コマ/秒、3,132m)だった。英語によるインター・タイトルが付き、音楽や効果音のみならず、叫び声や祈祷といった人間の声も収録されている。『カビリア』のヴァージョン違いを決定的にしたともいえるこのサウンド版は、1914年のサイレント版を基にパストローネ自身によって追加撮影、再編集され、1931年に公開されたもので、色やモンタージュ、さらに含まれるショットに1914年版との相違がある。最近ボローニャで鑑賞したフィルムは、2006年版復元のサイレント・プリントだが、ポルデノーネで見た『カビリア』との違いは、そのインター・タイトルがイタリア語であったことだ。
 記録として確認されている、1914年4月18日にトリノとミラノで初めて公開された際のサイレント版『カビリア』は、長さ3,364mの染色・調色のカラー・プリントであり、インター・タイトルは当然、すでに多方面での活躍が目覚ましかったダンヌンツィオによるイタリア語である。現在のところ、このプリントの完全版は世界中を探しても見つかっていない。私がここで、異なる『カビリア』と呆けたように殊更に繰り返すのは、現時点で、いわゆるオリジナルの『カビリア』のプリントを見ていないからであり、これまで見てきたものはその別ヴァージョン、言い換えれば、切り刻まれたオリジナルの断片でしかなかったからである。現代における映画の復元は、こうしたヴァージョン違いの宿命に抗う仕事、あるいはそうした複数のヴァージョン違いを逆手に取ることによって、失われた「オリジナル」の再構築を目指すという側面を持つ。『カビリア』の復元作業はその好例のひとつと言えるだろう。


3.映画にとってのオリジナルの復元──『カビリア』の最新修復プロジェクト概要

 映画にとってオリジナルとは何か? また、映画の復元は何を目指すべきなのか? 復元に際して、その基準とされるものがいくつかある。まず第一に、「作家の意図」を挙げることができる。作家による緻密なデクパージュや制作当時の資料などが残っている場合には、これに従って監督が望んだ通りの作品の復元を目指す。いわゆるニュー・プリントのディレクターズ・カット版などはこれに含めることができる。次いで、「初公開のプリント」をオリジナルとする場合があり、検閲などの資料、公開時の宣伝、批評などが重要となる。イタリアにおいては、パストローネとルイージ・ロマーノ・ボルニェット共同監督作品『トロイ陥落』(La caduta di Troia, Giovanni Pastorone/Luigi Romano Borgnetto監督, 1911年)が、1911年のイタリア初公開版を目指して、世界各地のアーカイヴに散在する10本ものプリントから復元された例である。複数のプリントを比較検討し、また公開当時の映画雑誌の批評を参照しながら、初公開版というオリジナルの再構築が行なわれた[*3]。これに対して、現存するプリントが1本しか存在しない場合などには、そのフィルムにプリントされた映像をより良い状態にするための処置が施されることになる。長年に渡り失われていたとされる作品やその断片が発見された場合がこれに該当し、場合によってはデジタルによる復元とリマスタリングなどが行なわれる。真のオリジナルが再構築されるまでは、このプリントが暫定的なマスター・プリントとしての役割を果たす。さらに、「最良のヴァージョン」を目指す場合がある。極力完全版を目指すのか、あるいは鑑賞時のスムーズな物語展開を優先するのか、何をもって「最良」とするかについての復元の道徳は、各自の復元プログラムによって異なる。欠損シーンを文字情報やスチル写真(フォトグラム)で補完し、可能な限りの情報を盛り込んだ『メトロポリス』の復元プリントは有名だが、その一方で、フォトグラム単位でシーンの存在が確認可能であるにもかかかわず、鑑賞時の違和感を避けるためにそれらを用いなかった『ナポレオン』の復元プリントなどが、「何が最良か」という、それぞれの復元の目指す地点の違いを示す好例である。4点挙げた各々の基準はまったく決定的なものではなく、各プロジェクトの趣旨や使用可能な素材、さらに解決すべき問題点によって、採られる手段も最終的な結果も異なる。
 過去の『カビリア』の復元は、イタリア国内では1977年と1995年のプロジェクトが知られ、国立映画博物館が主導したそのいずれの場合も、1931年のサウンド版を基にした復元である。このサウンド版プリントは、パストローネの死後、博物館に寄贈された可燃性ナイトレート・プリントで、良い保存状態にあるとされている。1959年には、可燃性オリジナル・ネガがパストローネによって同博物館に寄贈されている。カメラ・ネガという意味でのオリジナルであるならば白黒であることが推測できるこのネガから、1966年に不燃化されたポジ・プリントが作られており、このポジは現在も国立映画博物館に保存されている。ただし、当時の技術的な問題から、色の再現は叶わずプリントは白黒のままである。
 「1914年のイタリア公開版」を目指すべき完成形として開始された2006年の『カビリア』復元プロジェクトは、77年と95年の復元と同様に、1931年のサウンド版をその出発点としての基礎にしている。保存状態の良さが決め手となっていることが考えられるが、その過程で、当のサウンド版もサウンド・トラックの同期などによって完全版として復元されている。1914年公開のサイレント版と1931年公開のサウンド版の復元、このふたつが今回のプロジェクト大きな狙いとなった。
 1966年にサイレント版オリジナル・ネガから不燃化処理されたポジ(白黒)と、1931年のサウンド版オリジナル・ポジ(カラー)を比較した際に、サイレント版の尺がサウンド版に比して長かったことにより、1914年のオリジナル・ネガに世代的により近い1966年のポジも、比較対照の第一素材として用いられている[*4]。さらに、このふたつの国立映画博物館所蔵プリントに加え、国外からのプリントも参照している。『カビリア』は、イタリアでの上映から程なくしてアメリカで公開されているが、5年後には世界各地に少なくとも4つのヴァージョンが存在したことがわかっている。アメリカ公開版のプリントは、ニューヨーク近代美術館で再プリントを繰り返しながら保存されている。アメリカ版の他に現存するのは、ロシア版(ゴスフィルモフォンド所蔵)とスペイン版(フィルモテーカ・エスパニョーラ所蔵)のプリントである。
 1995年の復元時にすでに言及されているように[*5]、『カビリア』の復元の難しさは、その色彩の再現の難しさにある。有楽町での上映で、その色彩と色使いに驚いた人も多いはずだ。『カビリア』に関する素材として、染色されたフォトグラムを用いて作ったカラー・サンプル表が発見されているが、2006年のプロジェクトにおける調査の結果、フォトグラムのエッジ情報から、そのサンプルが少なくとも1919年以降に作られたものであることが判明し、「1914年の公開版」を目指す今回のプロジェクトにあっては、ひとつの基準にはなり得ても、確証に欠けるものとなった。他方、このカラー・サンプル表を1931年のサウンド版と比較すると、明らかな相違が見え、これは30年代においてはポジ・プリント制作の時点で既に染色されたフィルムが用いられたためで、パストローネはその意図に反して、1914年の制作時には存在した色に関する選択の余地を、再編集の際に制限されていたことになる。すでに触れたように、1966年にオリジナル・ネガから得られたインター・ポジが当時の技術の限界から、色調の再現の上で問題があるとされ、二次参照素材の3つの国外版プリントが同様に白黒だったことも反映して、今回の復元では1919年のカラー・サンプル表に従って色彩は復元された。
 2006年の復元時に、1995年復元版に比して新たに付け加えられたフィルムは、スペイン版からのわずか100mほどである。このスペイン版も含め、イタリア国外の3つのヴァージョンは、パストローネによって寄贈された、オリジナルにかなり近いプリントと比較した場合、その映像は不鮮明でコントラストが過剰であるとされている。これは、各国版がプリントを繰り返したフィルムであること、さらに、フィルムについた傷を再プリントの際に消すために用いられた当時の技術が未熟であったことに起因する。そのため、2006年の復元版を見ると、本来ワン・ショットで撮られたはずのひとつのシーン内で、画質が明らかに変わるのを確認できる。何らかの原因で欠落したフォトグラムを、他の現存プリントによって補完したことがよくわかる。追加された100mの断片に対し、逆に、基礎となる1931年のプリントから取り除かれたシーンが150mほどある。前記のように、1995年の復元プリントは1931年のサウンド版を基礎としているが、このサウンド版には、1914年のイタリア初公開より後に撮影されたショットが含まれていることが、2006年の復元における素材の調査によって明らかになっている。具体的には、冒頭の字幕の一部分(パストローネの偽名ピエロ・フォスコのクレジットは、1931年サウンド版にのみ挿入された)、エトナ山噴火のシーンの月のショット、モロク神殿内での儀式のシーンでの開かれる手のショットと歌う祭司のショットが、1926年以降に撮影された映像である。これらのショットには、アグフア社(AGFA)製のフィルムが用いられ、エッジ部分に記された文字情報が、この事実を明らかにしたと言われる。当然、「1914年の初公開版」を目指した今回のプロジェクトでは、この追加部分が除去されることになり、結果、最終的な尺は前回の復元プロジェクトである1995年版より50mほど短縮した。パオロ・ケルキ・ウザイ(Paolo Cherchi Usai)はこの点に関して、先行する復元プロジェクトと比較して、結果として得られたプリントが短縮された初めての例として紹介している。彼が学生の頃に、ローマの国立シネマテークで参照したナイトレートの『カビリア』を取り上げ、その時に確認した、モロク神殿のシーンに用いられているパンクロマティック・フィルムの存在の異常が、ようやく今回解消されたことを評価する[*6]。


4.私は1本も『カビリア』を見ていないのか?──現在進行中の『カビリア』の復元に残された問題

 これまでにはなかった映像を追加し、一方でこれまであった映像を取り除いた結果、十数年前の最新復元プリントよりも短縮された異なる『カビリア』ができあがったという事実は、映画の復元の象徴的な出来事として記憶するに値すると思う。すでにその存在を知るショットが削除されていたり、他の部分と比べて明らかに画質の劣る短いショットがしばしば現れたりと、場合によっては2006年最新版の鑑賞には、いくらかの違和感が残るかもしれない。未見であるため詳しくは言及できないが、前回の復元である1995年版と比べて最新版は、作品鑑賞上のスムーズさにかけては劣っている可能性がある。しかしここでは、2006年のプロジェクトにおいて何が重要とされたのかを見極める必要がある。つまり、今回の復元では、「1914年のイタリア公開版」というオリジナルの再構築を何よりも重要視し、初公開以降に付け加えられた映像は、選択の余地なく取り除かれなければならず、また多少画質が劣悪であっても、現存する1914年の映像は有無を言わさず補完されなければならなかったのだ。極論すれば、2006年のプロジェクトでは、映画の物語的な「楽しみ」以上に、文献学的な「正しさ」が優先されたということができる。1995年の復元においても、目指されたオリジナルは同様に1914年の公開版であった。しかし、2006年の『カビリア』は、新たに発見された素材とその研究調査、そしてオリジナルの復元という飽くことのない挑戦によって、先行する復元に比して、よりラディカルに更新されたということができるだろう。いうまでもなくその結果が、長さにして50mの短縮なのである。
 「今ある資料や素材から、1914年のイタリア公開版を再構築することは、今日可能なのだろうか? 端的にいえば、その答えは否定的である。少なくとも今のところは、不可能である」[*7]。今回の復元プロジェクトの技術責任者であったジョアン・ソクラテス・ド・オリヴェイラ(João Socrates de Oliveira)はこのように記している。しかし彼は、現時点では1914年のイタリア初公開版にもっとも近いプリントとしてひとまずの結果を得たことを強調する。また、同時に進められた1931年の再編集版サウンド・ヴァージョンの復元に関しては、映像と音声のシンクロの問題を解消し、今回初めて完全版の構築に成功したことにも言及している。サウンド版を鑑賞した個人的な印象としては、その同期の調整のためであろうか、短い黒画面が随所に挿入されていることが気になった。それでもやはり、見せ場のひとつとなるモロク神殿内の祈祷からマチステの奮闘までのシーンは圧巻である。サイレント版にせよサウンド版にせよ、今回得られた成果を見れば、現時点での目的の達成具合はかなり質の高いものであることは、ここで改めて触れるまでもない。
 結果的に、今回の『カビリア』の復元プリントが「1914年の公開版」にたどり着けなかったのは、色の問題に端的に現れるように、依然として参照素材が不足しているためである。ピエモンテ州が所有するカラー・サンプル表が映画博物館に貸し出されたことによって、今回の復元プリントの色彩が獲得されたことは明らかで、さらにその再現が可能になったのは、オリジナル版の色彩を再現できなかった1960年代、70年代の技術からの発展による部分が大きい。ただし、今回の復元においては、「1914年の色」は未だ再現されていない可能性が残っていることには留意すべきである。インター・タイトルに関しても同様に問題は残り、それが、スペイン版から得られた大理石模様の背景と、国立映画博物館所蔵の英語版ナイトレート・プリントの文字をデジタル合成した英語インター・タイトルとして現れている。1914年のイタリア公開版であれば英語字幕はありえない、にもかかわらずである。前出のド・オリヴェイラは、「1914年版のインター・タイトルの字体については、はっきりしたことは何もわかっていない」とし、「唯一明らかなのは、1931年版と同じではなかったということだ」と記している[*8]。
 『カビリア』の2006年の復元は、プリントの完成というひとつの結果を得ながらも、色彩やインター・タイトルの問題、さらには尺の長短に現れる断片の現存と欠損など、この後に続くであろう技術の発展と新しい資料の発見、さらにその調査研究のための余白を残したことになる。5種類の『カビリア』を見ているにもかかわらず、1本も『カビリア』を見ていないと私は言った。正確には、世界で初めてイタリアで公開された『カビリア』を一度も見ていない。少なくとも今のところは、1914年の観客が目にしたオリジナルの『カビリア』を私は見ていないのだ。私が見た異なる『カビリア』はそれぞれ、本当の意味で『カビリア』と呼ばれる作品が、かつて存在し、あるいは今もどこかに存在している可能性があることの証明である。のみならず、そこに2006年版という最新のヴァージョンが加えられたことにより、これから先の復元プロジェクトの更新のための、つまり真のオリジナルとされる1914年の『カビリア』により近づくための、映画復元の道徳に関する新しい定点が据えられたと言えよう。
 様々に異なるヴァージョンとその関連資料からオリジナルの再構築を目指す過程は、結果としてさらなるヴァージョン違いを生み出すが、あくまでそれらは、失われたオリジナルを目指す線上に位置している。「複製を基礎とする映画」のもうひとつの側面と呼ぶことができるかもしれない。しかし、同様に複製を土台としながら、オリジナルに対して遠心的なヴァージョン違いの発生と、失われたオリジナルに対して求心的な再構成は、まったく方向性を異にすることは明らかである。映画のそうした基礎と宿命に、時に立ち返り、時に逆らい、これからも『カビリア』の復元プロジェクトは続くであろう。"Work in Progress"。数多の復元プロジェクトで、しばし用いられる言葉だ。イタリア映画の長尺化の一里塚である『地獄篇』(L'inferno, Adolfo Padovan/Francesco Bertolini監督, 1911年)や、1995年に復元され、2007年にボローニャで野外上映されたチャップリンの『黄金狂時代』(1925)、さらに、近年技術革新の目覚しいデジタル復元も、古くからある復元技術も、すべて現在進行中なのである。その時々で作られる復元プリントは、更新によって時代遅れになるのではなく、比較の対象になりえる可能性がある限りは、それぞれの時代の到達点として記録され、生かされることが望ましい。オリジナルの『カビリア』の復元ための生贄として、モロク神殿の燃え盛る炎という過去に捧げられるのではなく、幼きカビリアの如く救われるべきなのだ。少しでも多くの、少女カビリアとしての「『カビリア』の断片」が救われることを願いながら、更新のための余白を残しつつこの文章も結ぶことにする。

(つづく)


【脚注】

2006年、1995年、1977年のそれぞれの復元については、以下の3点を参照した。
- João S. De Oliveira, "Cabiria, una nuova sfida per il restauro", Silvio Alovisio e Alberto Barbera (a cura di), Cabiria & Cabiria, Museo nazionale del cinema/Editorice Il Castoro, Torino/Milano, 2006, pp.54-61.
- Sergio Toffetti (a cura di), Il restauro di Cabiria, Museo nazionale del cinema/Lindau, Torino, 1995.
- Roberto Radicati/Ruggero Rossi (a cura di), Giovanni Pastrone: Cabiria, Museo nazionale del cinema, Torino, 1977.

*1.
複数残る公開当時のポスターには、多くの場合、「ダヌンツィオの作品」として紹介されている。

*2.
DVDのパッケージの解説、さらに本編前の字幕でも言及されている。

*3.
Alessandro Marotto/Davide Pozzi, La caduta di Troia e la sua rinascita, in Cinegrafie, n.18, 2005, Le Mani, Recco-Genova, pp.103-130を参照。

*4.
Toffetti, Il restauro di Cabiria, cit., pp.76-77.1995年の復元プロジェクトをまとめた資料では、1966年にプリントされたオリジナル・ネガからのポジは3,056m、1959年にパストローネによって寄贈された1931年のサウンド版オリジナル・ポジは3,132mとされ、長短は逆転している。

*5.
Ibid, p.33

*6.
Segnocinema, n.139, maggio 2006.
 この中でケルキ・ウザイは、アグフアのフィルムで撮影された部分は1926年以降であるとしている。

*7.
De Oliveira, op.cit., p.54.

*8.
Ibid, p.59.

18 Sep 2007
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