映画の泥棒をめぐるブックガイド

編集部

『映画愛 アンリ・ラングロワとシネマテーク・フランセーズ』
リチャード・ラウド著、村川 英訳、リブロポート、1985年

 映画を蒐集・保存することには、ときに、違法すれすれのいかがわしさが付き纏う。非合法な取引やコピー(いまならダウンロード)に手を出す蒐集家はいつの時代にもいるものだ。フィルム・アーカイヴの運動もまた、その草創期においてはとりわけ、「盗むこと」という問題系とは無縁ではないだろう。ラングロワ自身は「映画の著作権の持ち主にたいしてはつねに敬意を払っていた」ものの、アーカイヴのなかには非合法なコピーや蒐集をおこなうものもあったのである。本書は、アーカイヴ運動のパイオニアであるアンリ・ラングロワの「エキセントリック」な生涯を通じてフィルム・アーカイヴの歴史を垣間見させてくれる貴重な一冊だ。シネマテークの運動は、トーキー映画の台頭のなかで消滅の危機に直面するサイレント映画のフィルムを救うために始まった。シネマテークというアイデアは決してラングロワ独自のものではない。けれども、映画を最初にスクリーンに上映したリュミエール兄弟にこそ映画の発明者の称号が冠せられるように、映画を蒐集・保存するだけでなく、上映することにこそ重点を置いたシネマテーク・フランセーズこそが「最初のフィルム・アーカイヴ」なのだ(さらにラングロワはシュトロハイムの『結婚行進曲』[1928]など復元の活動もおこなった)。そもそも、ラングロワにとって保存と上映は結び付いていて、「真珠は身に着けていないと光沢を失うように」映画もまた上映されることで状態が保たれるという理論を持っていたのである。シネマテーク・フランセーズは単なる蒐集家のデータベースなどではない。それは映画を見せる場でもあったのだ。一見無造作にみえてしかしラングロワ一流の歴史感覚と美学とに貫かれたプログラムの上映あってこそ、「シネマテークの子供たち」が育っていったのだから。かくして、ヌーヴェル・ヴァーグやそれに続く映画作家たちは、自分たちが見た映画を引用し、「盗む」ことになる。だが、ラングロワにおいてもその「子供たち」においても、「盗む」ことは作り手への敬意なしにはありえないだろう。(角井 誠)



『ゴダール全評論・全発言 I 1950-1967』
ジャン=リュック・ゴダール著、奥村昭夫訳、筑摩書房、1998年

 『勝手にしやがれ』(1960)の冒頭部分に「B級映画制作会社モノゴラムに捧げる」という献辞の言葉が付されていたことをあらためて思い出すまでもなく、ゴダールのフィルモグラフィーのはじまりをかたちづくっているのは「映画的記憶」の数々だ。『女は女である』(1961)の男女の三角関係にはルビッチが、『女と男のいる舗道』(1962)の映画館にはドライヤーが、『小さな兵隊』(1963)の主人公にはマルローの記憶がほの見えている。批評家としてキャリアをスタートさせてから映画作家になるまで一気に駆け抜けてきたゴダールはあるインタビューでこう語っている。「われわれの初期の映画は、まさに映画狂の映画だった。前に映画で見たものをそのままつかい、それによってわざと自分の拠りどころ(レフェランス)を示すということをしたことさえある。とりわけぼくの場合がそうだった。ぼくはもっぱら映画的な姿勢でものごとを考えていたわけだ」。ゴダールは批評家時代にサミュエル・フラーの『四十挺の拳銃』(1957)を称賛し、その批評文でもっとも美しい場面として指摘したシークエンスを、『勝手にしやがれ』ではベルモンドとセバーグのキスシーンでそのままなぞり直していたりする。「『勝手にしやがれ』は、どんなことをしても許されるといったたぐいの映画だった。本質的にそうした映画だった。人物たちがどんなことをしようと、すべてを映画に組み込むことができたんだ。ぼくはまさにそうしたところから出発した」。
 影響を受けた過去の傑作を引用すること、またそうすることによって自分自身の身分/存在証明を行うことこそが、しかしながら、ゴダールが映画を撮るにあたっての十分条件であったわけではもちろんない。映画にはリュミエール以来の豊かな歴史があることをどこまでも強調しつつ、「ぼくがしようとしたのは、ある月並な物語から出発して、すでにつくられている映画の全体を作り直すということ、といっても、違ったやり方で作り直すということだったんだ。ぼくはまた、映画のいくつかの手法に、それらは今はじめて見つけ出されたところだといった印象、あるいは今はじめて感知されたというところだという印象を与えようとした」。作品中における引用行為も従来の映画を作り直すために選ばれた「違ったやり方」のひとつであったとみることができるだろう。それがありふれた物語に異化効果をおよぼし、映画にみずみずしい新しいフォルムを与えることになったのだから。『ゴダール全評論・全発言』の第II巻に含まれる1960年代後半になるとゴダール作品にはそれ以前のような引用は少なくなっていくのだが、「すでにつくられた映画の全体」と向かい合うゴダールの姿勢は、後に『映画史』(1988-98)をもたらすことになるだろう。そのためには、もうひとつの「違ったやり方」、つまり70年代以降におけるビデオの登場を待たねばならない。(衣笠真二郎)



『シミュラークルとシミュレーション』
ジャン・ボードリヤール著、竹原あき子訳、法政大学出版局、1984年

 今年3月に亡くなった社会学者ジャン・ボードリヤールが、1976年から1979年の間に書いた論文と講演を収録しているのが本書だ。冷戦、ベトナム戦争、ディズニーランド、ポンピドゥーセンター、映画、SF小説、クローン技術といった、同時代的なあるいは1970年代的な社会的事件や文化現象をつぎつぎと語りあげていくボードリヤールが、そこで導入している概念こそが本書のタイトルともなっている「シミュラークル」と「シミュレーション」である。『マトリックス』(1999)の公開以後さらにいっそう人に知られることになったこれらの概念には、冒頭の第1章「シミュラークルの先行」において理論的な解説が与えられている。「シミュラークル」と「シミュレーション」といういささか外国語に翻訳しにくい言葉に、明快な比喩や比較が用いられている。たとえば縮尺1/1の実物大のおおきさに書かれた地図こそがシミュラークルなのだという。一度書かれてしまえば地図こそが領土に先行し、地図そのものが領土を生み出し、実在(réel)の世界を砂漠化していくことになるのだ。また、シミュレーションとは表象と対立するものだとボードリヤールは述べている。「表象とは記号と実在が等価であることに由来する。シミュレーションは逆に、等価原則のユートピアに由来する、価値としての記号をラジカルに否定することに由来し、あらゆる照合の逆転と死を宣告するものとしての記号に由来するのだ」。表象は実在との間に照合関係をつくりだすのにたいし、シミュレーションではそうした実在との関係は廃棄され、意味を欠いた記号だけが増殖・氾濫していくことになる。
 ここで、ヴィム・ヴェンダースがたしか1980年代に述べた言葉を思い出すことができよう。「ビデオはガン細胞のようなものだ」。それは増殖を食い止めることのできない映像の氾濫のことであり、「映画の死」を刻一刻と進行させる、映画にとてもよく似た何かのことだ。デジタルビデオが登場し撮影もデジタルカメラでなされるようになった1990年代後半以降、おそらく映画はよりいっそうシミュラークルの時代を生き始めているのだ。
 ボードリヤールは先見的だった。シミュラークルとシミュレーションの存在を次々にえぐりだし、人びとが現実の背後にあると信じていた「深み」や「厚み」の物語を徹底的な不安の中に陥れようとしたのだ。人びとの現実認識をゆるがせにしようとするこの仕事は、その挑発的な文体もあいまって、たしかにあまりに過激な・過剰なやり方がとられたといえなくもない。終盤の章では「私はニヒリストだ」と高らかに宣言してさえいる。しかし本書はひとつのメディア論として書かれていることに配慮しておこう。「メディアはメッセージである」というマクルーハンの有名な言葉も本書では何度も引用されていたし、ベンヤミンの複製芸術論をカヴァーすることもボードリヤールの視野にある。礼拝価値(アウラ)を失った複製芸術時代においては、「複製品は、必然的に政治的形態をとる運命にある」。1968年5月革命を重視するボードリヤールが、同時代の中から見つけ出した政治的形態の記述が本書であったともいえるだろう。(衣笠真二郎)



『ディジタル著作権 二重標準の時代へ』
名和小太郎著、みすず書房、2004年

『CODE and other laws of cyberspace インターネットの合法・違法・プライバシー』 ローレンス・レッシグ著、山形浩生・柏木亮二訳、翔泳社、2001年

 「窃盗」というからには、先だって「所有」があるわけだが、そもそもが「複製」技術として誕生した映画メディアにおける「所有」、あるいは「オリジナリティー」の問題は、極めて錯綜しているといわなければならない。絵画であれば、そうやすやすと複製することはできないし、オリジナルの所在が確定していれば、どれが模造品かは容易く特定できる。ところが、映像作品は簡単に複写可能である。もちろんアーカイヴ化するような際は、ヴァージョンを巡る文献学的な調査もなされるが、ただ個人的な観賞のためならば、誰もコピーかオリジナルかなどと区別はしない。より画像が鮮明なほうが望ましいというような、程度の違いしかないだろう。以上はコピーライトの問題であるが、「知的所有権」についても、複製技術たる映画芸術については、従来と同様に論じることが難しい部分がある。絵画であればその価値は画家が修得した技術、さらには創意に基づくと見なしうるが、カメラを回せば撮れてしまう映画において、果たして同じことがいえるだろうか。

 創作物としての映画のオリジナリティーの問題、そしてコピーライトの問題は、このようにして錯綜するのであるが、これを解きほぐしていくための手掛かりとして、次の2冊を紹介する。ひとつは、『ディジタル著作権』。ディジタル時代の到来とともに旧来の著作権制度がどのような変更を余儀なくされているのかを、概論的に述べた書物である。そもそものところ、昔はどのような正当性によって所有権が確保され、制度化されてきたのかが、ここでは平易にまとめられている。例えば著者は、フィヒテが海賊出版を論じるエッセイをとりあげながら、ここで「著作者人格権」という概念のプロトタイプが現れた事実を紹介し、これがロマン主義的な「独創性」と「オリジナリティー」の観点とともに19世紀までの著作権制度のひとつの裏付けとなっていたと説く。そのうえで、複製技術時代の到来とともに、こうした基盤自体が揺るがされたことの歴史的必然性を跡づけるのである。特におさえておきたいのは、「複製技術のパーソナル化」の論点である(86頁)。かつては印刷業者などが排他的に独占していた複製技術が、現在では小型化低価格化し、事業者/消費者の区別なく拡散化した。これを「俗人のプロシューマ化」というが、ここではたとえば映像を受け取る(ダウンロード)能力は、受け渡す能力(アップロード、さらにはカットアップ等の加工を経由した二次的創作行為)と同じである。その帰結として、著作物の拡散は累乗的に加速し、同時に、創作行為を「個人の創意」に還元する旧来の理念も瓦解することを余儀なくされる。
 かつては経済的必然によって、ある程度は自然に統制されていた(例えば輪転機は個人で所有できない、など)著作物管理が、テクノロジーの爆発的な増大とともになしくずしになったのが現状だとするならば、今後の展望はどうか。無際限のコピーフリーな状況を謳歌しうると考えてよいのだろうか。それとも新たな管理体制がしかれるのだろうか。この問いへの回答の一事例として、ローレンス・レッシグの『CODE』を挙げておこう。レッシグは上記の問いに関して、悲観的な見解をとる。彼は一貫して、近い将来起こりうる「IPマッカーシズム」についての警鐘をならしてきた。「IPマッカーシズム」とはなにか。それは「CODE」による管理である。「CODE」とは、コンテンツ(=ディジタルプログラム)自体に書き込まれうる制御能力のことであるが、「法規制」とは別の次元で、SFじみた徹底的なユーザー管理の時代が到来する可能性があるというのだ。たとえば、巨大資本がすべてのディジタルコンテンツにプロダクトナンバーを割り当て、その使用者と使用回数を制限すること。その時、従来のある面ではおおらかだった著作管理体制のもとで育まれていた末端ユーザーたちのクリエーティヴィティーが窒息することもありえるだろう。また、こうした遍在的コンテンツ統制が、警察権力と結びつく可能性は否定しようがない。とはいえ、レッシグがそれに対し、著作物をただ無制限で共有すればよい、というような理想論を掲げるわけではない。当然のことだが、著作権が保護されることでのみ、創作行為のイニシアティヴも守られるからである。したがって、管理か共有か、合法か非合法かという極端な二項対立的思考には意味がないし、むしろこうした単純な発想そのものが「IPマッカーシズム」を招くのだともいえる。ともかくも、いまや19世紀・20世紀的な「オリジナリティー」をめぐる理念、あるいは国家による「法規制」を支えにできる時代が終わったことは明らかである。要求されているのは、「CODE」の振る舞いを見極め、ゆるやかな「共有」を可能にすべき柔軟なヴィジョンを模索することにある。知られるように、レッシグ自身は「クリエーティヴ・コモンズ」運動を進めており、その動向が注目される(http://creativecommons.org/)。(三浦哲哉)

10 Apr 2007
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