第11回釜山国際映画祭レポート

衣笠真二郎

海雲臺(ヘウンデ)
 第11回釜山国際映画祭が、10月12日から20日までの期間で開催された。海岸リゾート地の海雲臺(ヘウンデ)をメイン会場にして上映された作品は、”New Currents”と称されるコンペティション、最新の韓国映画をパノラマする”Korean Cinema Today”、欧米映画部門の”World Cinema”、短編やドキュメンタリーを集めた”Wide Angle”などに区分され、そのほか”Korean Cinema Retrospective”や”Critic’s Choice”などの特集企画や、海外監督を迎えてのワークショップやトークセッションといったイヴェントがいくつも組まれた。そうした慌ただしい9日間の期間中に上映された映画はあわせて245本。そのうちの64本がワールド・プレミア上映作品にあたり、これは過去最多の本数であったという。
 「アジアでもっとも重要な国際映画祭のひとつ」と自負するこの釜山国際映画祭に参加し、私が見ることのできた映画の数は決して多くはない。映画祭全体をくまなく展望しようとすることなど規模の上でとうてい無理だったのだが、いつでもほぼ席が埋まっている上映会場で、映画にとてもヴィヴィッドに反応する釜山の観客たちとともに経験したことを以下少しばかり書き記してみる。


オープニング

 毎年オープニングの上映は野外上映会場で行われる。ヨットの船着き場にある大きな広場に巨大なスクリーンとステージが設置されている。一面に並べられたイスの数から見積もるとその収容人数は2000人は優にこえていそうだ。セレモニーが始まると、会場中央にしかれたレッドカーペットの上をゲストスターたちが次々に登場する。でも、そのほとんどが韓流スターなのでこちらはイ・ビョンボンぐらいしか識別できない……。あと、初監督作品を携えてやってきた桃井かおりも登場した。

『Traces of Love』
 オープニング作品は『Traces of Love』。『バンジージャンプする』(2001)が日本でも公開されているキム・デスン監督の新作。デパートの建物が突然崩壊してしまうという事故によって、婚約者を亡くしてしまった男が、ふたりで行くはずだった新婚旅行の道筋をひとりで辿っていく。各地の観光名所をひとつずつ訪れるたびに、不思議と必ず顔を合わせるひとりの女性がいることに男は気づく。この偶然の出会いが、必然の出会いにほかならないことをいかにして演出するかがこの種のメロドラマにおける試金石だろう。観光地の風光明媚な風景を切り取ることがここでの鍵になるのだろうが、映画中それがしばしば過剰になり、後景にあるべきものが前景化してしまっているきらいがあった。場景が単なるスペクタクルに傾いてしまうのだ。冒頭でデパートが崩壊する場面もそうだったが、環境をドラマから逸脱させないようにする控えめさがあればもっとよかったのではと思った。


New Currentsを見る

 本年はコンペティション部門に10本のアジア映画がノミネートされた。まだ名前の知られていない作家たちによるインディペンデント作品がほとんどである。グランプリ作品の決定にはイシュトヴァン・サボーが審査委員長をつとめた。

『Love Conquers All』
『Just like Before』

 残念ながらそれほど多くのコンペ作品を見ることができなかったのだが、どの作品からもしっかりとした力量が感じられた。たとえば『Distance』におけるフレーミングの的確さ。職を探して港湾都市を歩き回る若者の姿とともに、がさつに放り出されている街の表層を空間的に捉えることで、映画は宙づりの時間を物語にしてみせる。または『Love Conquers All』における女性たちのまなざし。直にまなざしを注いだものを愛し、また目に見えないものにたいしては一切軽薄になってしまう女性たちを無造作に演出しているところが爽快だ。コンペティション部門で少し変わり種だったのだが『Just like Before』。フィリピンに実在するロックバンドが自演したアイドル映画といえるのだけれども、当のロッカーたちはみんな年増のおっさん。つまり彼らは過去のスターであり、その再帰に向けてのドラマがおっさんたちの貫禄ある身体からたちあがってくるのがなにより感動的だった。
 偶然だったのかもしれないが、私が見たノミネート作品には「青春」を語ろうとする映画が多かったように思う(『Eternal Summer』がその典型だ)。それぞれまったく異なった作家たちによる映画であるのだけれども、限られた時間を生きるメランコリーが作品をおおっている点でどうも「青春」映画のようなのだ。そうした物語を食い破るドキュメンタリー作品などが1本ぐらい混ざっていてもよかったのではないかとも思うが、ともあれノミネートされた作家たちには「青春」後の成長を期待させるのが多いことは確かだ。映画祭のマーケット部門が橋渡しとなって映画が再生産されていくためにも、そのような若手作家たちがここでは必要とされているのかもしれない。
 最終的な審査を経てグランプリを受賞したのは、『Love Conquers All』と『Betelnut』。本年は2本が同時受賞するという結果に終わった。後者の受賞作品を見ることはできなかったが、ジャーナリストのあいだではなかなかの評判になっていた。


カウリスマキ、モレッティ

 世界的に評価の高い作家たちの映画がアジア・プレミアというかたちで一挙に上映されるのも釜山国際映画祭の見どころのひとつだ。モレッティ、カウリスマキ、ラース・フォン・トリアー、アピチャッポンといった作家の上映に、平日の昼間であるにもかかわらず多くの人々が座席を埋めている。「外国」の映画が見られることを毎年心待ちにしていることがその雰囲気からよくわかる。このように観客が映画祭に動員されることなんて、東京ではもうありえないだろう。

 釜山にも相当の固定ファンがいるように感じられたのがアキ・カウリスマキだ。『Lights in the Dusk』の上映ではカウリスマキ流画面のここぞというところで必ず爆笑がわき起こった。このフィルムは主人公の職業によって要約できるように思う。それはガードマンだ。声をひそめいつでも周囲に視線を走らせて、決して持ち場を離れてはならない仕事。つまりここでは、セリフをおさえて画面で説話を運んでいくこと、よそには背を向けてそうした映画をつくっていくことの孤独が、ガードマンというキャラクター設定に暗示されているようにみえるのだ。またそこには、近視眼化しつつある自作へのアイロニーもこめられているのかもしれない。

『The Caiman』
 ナンニ・モレッティの待望の新作『The Caiman』は映画制作そのものについてのフィルムだが、その主人公もまた何かを見つめつづける存在だといえる。映画プロデューサーとして新人監督の制作状況を見つめ、離婚をした元妻の姿を見つめ、小さな息子たちがサッカーをするピッチを見つめ、ベルルスコーニが演説するTVを見つめ……。映画制作の困難さと家族生活の危機が重ね合わさるときにそれにもめげない主人公のまなざしのやさしさ。とりわけ、元妻の運転する車に伴走しながら車窓越しに視線を交換するシーンがすばらしい。もちろん、この映画のまなざしは、サッカー、TV、政治界の権力者ベルルスコーニへの批判ぬきにはありえない。これについては劇中劇の部分で真っ正面から戦いを挑んでくれている。


レトロスペクティヴの困難

 映画祭スタッフと話しながらいろいろと情報収集をしていると、たびたび韓国の映画批評誌の名があがる。気になって「なかでもおもしろい批評を掲載しているのはどれ?」と聞いてみると、『Cine 21』『Film 2.0』の週刊誌、ウェブでは『ticketlink』のレヴューがなかなか読ませるとのこと。いずれもハングル表記なので批評の内容を確かめるのは難しいのだけれど、『Cine 21』は映画祭会期中に特別日刊紙「PIFF daily」を発行しており、いくつかのページは英訳も併載していた。
 10月18日付の「PIFF daily」には「日本植民地時代映画の再発見」を本年のテーマにした”Korean Cinema Retrospective”についての記事が掲載されている。それによると、Korean Film Archiveは1990年以来フィルムの修復にあたっており、現在までに最古のものでは1936年制作のフィルムを復元することに成功している。だが植民地時代の多くのフィルムが欠落したままであり、KFAは鑑定困難なフィルムを何百本も所蔵しているが、30〜40年代に撮られたフィルムの大半は「日本映画」と「韓国映画」のどちらに属するか識別することができない。

『Spring of Korean Peninsula』
 私がこのレトロスペクティヴで見ることができたのは『Military Train』(1938)、『Angels of the Streets』(1941)、『Spring of Korean Peninsula』(1941)。それぞれには「原題」があり『軍用列車』、『家なき天使』、『朝鮮海峡』というタイトル文字が冒頭にあらわれる。発声される言葉は日本語が主であり、朝鮮語が発されるときには必ず日本語の字幕が付く。まぎれもなく、植民地の歴史が生み出した映画である。

「日本映画史」の側からみると、戦前に量産された国策映画やメロドラマといったジャンルにそれらを分類することはたやすい。だがこのレトロスペクティヴで考察すべきなのは植民地側の失われた映画史だろう。たとえば、上映作品で多用されていた屋外撮影や同時録音は、朝鮮戦争後どのようなかたちで「韓国映画史」にあらわれてくるのだろうか。60〜70年代には韓国・香港共同制作の映画が多くつくられたというが、それらと植民地時代の映画との両方に関与した撮影技師はいるのだろうか。政治体制による区分を横断する映画史が気になるところなのだ。KFAのフィルム収集活動、今後のレトロスペクティヴの展開に期待したい。


映画祭プログラマーに聞く

 会期中、プログラム責任者のジェイ・ジェオン氏がいそがしい時間を割いてくださることになり、話をする機会を得ることができた。短い時間の中あまりつっこんだ話は聞けなかったが、こちらの質問に対してゆっくりとかつ簡潔に答えるジェイ氏からはとてもゆとりある印象を得た。映画祭については「まだまだこれからが正念場です」と口にした。
 まず上映作品の選定方針については、「〈多様であること〉を第一としておりますから、出品作品数と参加国数が増加していることには満足しております。コマーシャル、インディーズのいかんを問わず、なによりも新しい才能を探しているのです。”Wide Angle”部門にはドキュメンタリーが多いですが、その出品数ももっと増えた方がよい。DVの出現によって人々は映画にアクセスしやすくなりましたし、釜山国際映画祭もできるかぎりそれを受け入れていきたいです」。
 また映画の上映だけでなく、しっかりとしたマーケット部門が機能していることも釜山の強みだとジェイ氏は語る。「日本にもいくつかの重要な国際映画祭がありますが、PPP(Pusan Promotion Plan)のようなシステムを持つものはないでしょう。準備段階中の企画への出資、作品の売買を支援する場が映画製作のために有効に利用されております。釜山国際映画祭は監督が次の映画を完成させるためのチャンスの場となっているのです。釜山に参加した監督がPPPで出資者をみつけ、その数年後に完成作品を携えて再びこの映画祭を訪れることもあります。今回の上映作品では『4:30』(シンガポールの新鋭ロイストン・タンによる作品。出資者にはNHK、エリック・クーらが名を連ねている)などがそのひとつです」。
 国際映画祭にとって新作の上映だけでなく、レトロスペクティヴを開催することも大きな役割のひとつだが、韓国映画の古典を上映することにはある難しさがともなうようだ。「まずプリント散逸の問題があります。国内外のアーカイヴから取り寄せてなんとかレトロスペクティヴを開催するのですが、次になかなか観客がついてこない。韓国の人々は自国の過去の映画にほとんど関心がないのです。日本の黒澤や小津のように巨匠として扱われるような映画監督が私たちにはないのです。あるいはそうした映画監督の発掘が未着手の状態なのです。これはこれからの課題ですね」。
 アジアにおける他の国際映画祭について意見を聞いてみると「東京国際映画祭については少し心配しております」と意外な返事が返ってきた。「というのも、お互いに不利益になるようなことは避けたいからです。今年の釜山国際映画祭の日程はローマ国際映画祭とまったく重複してしまいました。来年はそれを避けるべく会期を調整することをローマへは公式に打診しております。すると、それを受けたローマと東京とのあいだでの日程が重なってくることにもなりかねない。現在の映画祭の難しいところです」。
 釜山国際映画祭の今後の大きな計画としては、現在、海雲臺(ヘウンデ)と南浦洞(ナンポドン)の2カ所に分かれている開催場所を数年後には海雲臺の1カ所に統一するという事業があり、そして街全体にも大きな再開発が行われる予定があるという。「国際映画祭としてのインフラの整備とともに、それを有効に利用できる作家たちの発見と育成も怠りません」とジェイ氏は最後に述べて話をしめくくった。


すべての映画を肯定できるか

 膨大な上映作品で埋められたプログラムを凝視しながらさてどれを見ようかと頭をひねり、踏ん切りをつけてなんとかチケットを手に入れ劇場に駆けつけてみると……。たとえば、今年のベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したという『Grbavica』には、見終わった後に怒りすら覚えてしまった。こんなにも軽率にサラエヴォの記憶を言葉にすることは慎まねばならないし、もし記憶を語ることが困難ならばそのこと自体を映画にするべきなのだ……。作品の不出来に腹を立てることなどどの映画祭でだって経験することだろうし、観客として参加する方もそれを覚悟の上ではある。だから上映作品に対しては、できるかぎり不平を言わず、報酬を求めず、目を背けることのみを唯一の否認表明とすべし、だ。
 しかし会期中この国際映画祭で映画を見れば見るほど、そこに欠けているものが少しずつわかってくる。なんということはない、ハリウッド映画がそれである。ただ単純に、この映画祭ではハリウッド映画は上映しない方針をとっているので、プログラムから外されているにすぎない。だが、これほどの韓国映画が釜山で上映され、マーケットが機能し、観客がきちんと動員されているという映画祭自体の機能ぶりを見るにつけ、それらはハリウッド映画との対峙を回避することによって保たれているかのようにみえてくるのだ。ここにおいてハリウッド映画は外部の存在なのだろうか。映画祭の上映会場のひとつにもなっていた「Megabox」というシネマコンプレックスのチケットカウンターをのぞくと、平常のプログラムでは『ワールド・トレード・センター』(2006)をのぞいたすべてが韓国映画だったのは確かだ。

『Crazy Stone』
 釜山には会期終了まで滞在することはできなかったが、クロージング作品は一足先にプレス試写で見ることができた。アンディー・ラウ製作による『Crazy Stone』。宝石を監視する警備員とそれをねらう窃盗グループとが宝石を奪いあってだましあう。犯罪アクション映画のパロディーとしてそれをやろうとしているのだが、この映画の問題は、見ている観客をちっともだまされた気にさせてくれない点である。ひとつひとつの画面を少しでも充実したものにしようとしているのはわかるが、そこでまきおこるアクションが次なるアクションへと連鎖していくことなく直ちに果ててしまうし、複雑な構成をとる画面つなぎも語りを断ち切るように働くことが多いからだ。おそらくタランティーノやポール・トーマス・アンダーソンらの作品を参照してディテールを構築していったようだが、そうして完成された作品からは、ある種の不気味さが感じられてならない。それはDV制作が可能になった世代によるミニマリズムと呼ぶことができるのかもしれない。そんな映画は至る所にあるはずだ。こうした作品で映画祭をしめくくるのはなんとも後味が悪い。がそれもしかたがない。

08 Nov 2006
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