フランソワ・ミュジー インタビューvol.2

インタビュー

4.映画音楽について
……企画の段階から決まっていることはほとんどありません……
5.フレーム外の音
……ゴダールは現場でおきている全ての音に興味がある……
6.音のリアリティー
……ストローブ=ユイレのシンクロの考えには理解できないのです……



4. 映画音楽について
……企画の段階から決まっていることはほとんどありません……

──例えばゴダールの使う音楽について、ミュジーさんのほうから何か提案したりということはありますか。

FM もし気に入った曲があれば、それを彼に聞かせることはあります。ただ「この曲をここに使いましょう」というのはないですね。音楽に関しては、企画の最初の段階からはっきり決まっていることはほとんどないのです。確かに『パッション』の場合は、音楽は最初から決まっていたのでその限りではありません。既成の音楽でしたので、その場合は単純です。大概の曲は(撮影中に)プレイバックで流すので、どの曲がどこで使われるかは一目瞭然なんです。ただ他の作品での音楽は、どちらかというと曲を見つけてきては聴くといったほうが多かったですね。そうはいっても最終的な決定は常に監督のものです。確かに人によっては作曲家に作らせる人もいますから、その場合はこういった問題は起こりませんが、その一方で、「この曲を使うと(自分の考えていることに)近づく」とか、「これだとうまくいくだろう」といった決め方をする人もいます。どちらにせよ、音楽に関しては技師に決断が委ねられることはないですね。音楽に関しては(録音の仕事とは)分けて考えるべきです。

──ただ、例えば、ゴダール自身、『軽蔑』で(ジョルジュ・)ドルリューと組んだりもしていますが、80年代以降は作曲家との仕事はしていません。昔のほうが、音楽に関して、例えば曲の選択などについてもっとはっきりとしていたということでしょうか。

FM むしろそういったことから解放されたかったのではないかとわたしは思います。確かに現在は、マンフレート・アイヒャー、つまりECM[7]というレーベルとの友好的、知的な交流があり、その恩恵を受けているという事情もあります。自分が興味のあるいろいろな音楽家、作曲家の既成の作品から、創作に使えそうなものをECMの録音から自由に選んで使うことができますからね。

──ECMとの関係はどのように始まったのですか。マンフレート・アイヒャーのほうからコンタクトしてきたのでしょうか。

FM そうではありません。最初、わたしがジャン=リュックにマンフレート・アイヒャーがプロデュースしたアルヴォ・ペルトの『タブラ・ラサ』の中の1曲を聞かせたわけです。その後は、彼がマンフレートにコンタクトを取って、会うことになって、というかんじですね。

──ということは、この場合はミュジーさんがECMの音を持ち込んだということですね。

FM わたしが、ということではないですね。わたしは技師としてそこにいて、たまたまCDを持っていたから彼に聞かせただけで……。ただ、ゴダールとの仕事の面白いところは、それが長期的なものであるという点です。お互いの信頼関係の上でいろんな試行錯誤をし、音楽を試聴したりしながら少しずつ作り上げていく。映画のサウンドトラックを作り上げるのは、監督であって技師ではありません。もし技師が映画のサウンドを作ると思っているとしたら、それは実に傲慢なことです。
 技師が唯一できることは監督の持つ世界に近づくことです。監督が思い描いている世界に近づくために可能な限りのパズルを組み合わせてみることですよ。特に近年の作品を見れば分かると思いますが……。彼の作品では、常軌を逸したサウンドトラックが、主題やそこで語ろうとしていることと完全に分離しているわけです。音は映像の外にある。でもときには映像もまた完全に作品の外にあることもあって、そうするとすべてうまくいくわけです。
 おそらく(ゴダールとの作業で)興味深いのは、真の意味での交換であるところです。ゴダールが映画界にもたらしたこと、わたしたちが彼に恩義を負っていることは、「わたしはこういうことができる、あなたはこういうことを提供できる」というような、「交換する」という考え方です。録音技師として、わたしはこれまでの経験から監督がある方向へと向かおうとする手助けができる、ただそれだけですよ。わたしたちの仕事というのは非常に技術的なことに限られたものなんです。確かに今日、映画における音は技術的に非常に高度化していて、1本の映画の中でそれをコントロールしていくのはなかなか難しくなっています。(技術的に)許されないことがどんどん増えてきて、どうとでもできるということではない。ただ一度、規則を理解した上でそれをうまくコントロールすることさえできれば、その向こうには完全な自由が広がっています。でも規則を無視はできない。とはいえ、自分の好きなように規則を作ることも可能ではありますが。まったく音の聞こえないような作品を作ることもできるし、音が飽和した作品というのもできる。問題はその耳に入ってくるすべての音のなかで「どの音を聴かせようとするか」であり、「何を言おうとするか」ということです。
 確かに美術学校にいた頃にも実験映画というものはありましたが、わたしは評価していませんでした。ただ、映画の音の善し悪しというものはものすごく主観的なものですから、なかなか判断が難しい。1時間半のあいだパチパチ音のするレコードを鳴らし続けて、退屈で死にそうになっても、それをうまく理論的に正当化することだってできなくはないわけですから。
 どういった選択基準に立って芸術的プロセスを前へと進めていくか、最も面白いといえる部分はそこですよ。少なくとも自分の興味のある部分、制作の中で一番面白いと言えるのは。当初から技術的選択をしていく上で気にかけていたのは、すべての段階において音質の低下を防ぎ、元々の音を大切に扱うことです。録音を始めた頃から現在に至るまで常に気にかけているのはそのことに尽きます。現実的ですらない要素から、あらゆる音質低下をもたらす媒介をなるべく排し、原音へと近づいていくことです。現実というものはウソであって、存在していない。映画で目にする完全なる現実とはすべて再構成されたものなわけですから。ただ、現場で録ったオリジナル・テープにある音はある意味で現実に一番近いものですから、それを変形することなく最後まで残していくこと、このことに一番興味があるわけです。



5. フレーム外の音
……ゴダールは現場で起きているすべての音に興味がある……

──ただ、例えば『パッション』ですが、ゴダールが編集をしてあがってきたものを初めて聴いたとき、自分の録音の使われ方について、少なからず驚きもあったのでは?

FM そうはいっても、25歳のときに、ゴダールの編集を初めて見て驚くかどうか……。驚かないですよ……。確かに自分が失敗したと思う部分が使われていて気に入らないというのはありましたが。

──いや、驚くというのはそういった意味ではありません。例えば、冒頭でイザベル・ユペールがイエジー・ラジヴィオヴィッチの運転する車の横を歩くシーンで、イザベル・ユペールの声がまったくシンクロしていない、シンクロの音を使っていないといったことについてなのですが。

FM いや、驚きませんね。もしそれがシルヴィオ・ソルディーニの映画であるとすれば驚きます。でも、それがゴダールの意図する「ずれ」というコンセプト上での構成として起こっているわけですから。だいいち、イザベル・ユペールに吃らせているんだし……。シナリオには「ここではこうなって」とあるわけで、既に書いてあることに驚くことはありませんね。最初に驚いたのは、それよりも、音のカットの仕方の荒々しさです。そのことで現場での録音の仕方についてはいろいろと考えさせられましたけど、それ以外については特になかったです。監督が明確な意図をもって仕上げた作品を前にして、しかも自分の考えもはっきりしていないのに、驚くことはないですよ。ある意味、絵画を前にした時のようなものです。

──ということは、台詞は既にシナリオに書かれていたわけですか。それとも撮影時に受け取っていたのですか。録音技師としては、台詞は撮影の始まる前に読んでおきたいものではありませんか。

FM それはそうです。でも、今やっている(ソルディーニの)撮影にしても台詞は朝に渡されるし、それにジャン=リュックは一般に思われているのとは逆に、即興をするようなタイプの作家ではまったくない。確かに何かのきっかけで考えが変わって夜中に台詞を書き直すことはあっても、それは誰もがすることだし、ハリウッドでもずっと昔からやっていたことです。どうして皆ジャン=リュックのことをそう言うのか知らないけれども……。どちらかというと批判の意味をこめて、「ゴダールの映画はだいいちシナリオすらなくて、ロケ地にいっても何をするのかもわからず」といったことが言われていますが、まったくの嘘ですよ。彼の作品は非常によく構築されています。変更することを恐れないだけで。

──どのように音を使うかなどもきちんと書かれている?

FM そう。

──オフであるかどうかもすべて?

FM それはもう、明解ですね。オフかどうかははっきりしています。ただ同録の台詞がオフになることもあります。以前からよくやるのは、例えば今やってる撮影でも──ソルディーニの映画はもっと古典的な構図/逆構図の多いカット割りですが──オフの台詞も一貫してインと同じように録音しておきます。というのも、単に、オフの時のほうが俳優はうまく演技することがよくあるからです。

──『パッション』の場合、例えば、イザベル・ユペールの吃りだとか、ミッシェル・ピコリの咳に関しての録音というのは……。

FM それはわたしでなく、ジャン=リュックの想い描いた人物像にそった彼の選択ですから。言葉が口からあまりにも速く出てきてしまうために、文章がこんがらがってしまうといった……それこそ創作です。ただ、ひとつだけ付け加えるとすれば、イザベル・ユペールをどうやって吃らせたかですね。ジャン=リュックが「どうやって吃らせたらよいものかね」と訊くから、同録の音をずらしてモニタリングすれば[8]簡単だと言ったんです。そうすると吃るわけですね。そうやって練習してみて、結局、面倒だということでそれなしでやるようになった。当時、テープレコーダーのモニタリングを通して、再生音を聴きながらマイクに向かって話すと吃ってしまう、そのやり方を使ってみたわけです。試しにイザベルがやってみてうまくいって、あとは何も使わずにひとりで演じたと。優れた女優です。

──声そのものの真実性というのは、話す内容とは別に声の質ということで意味を持つわけですよね。例えば『愛の世紀』(2001)での女性作家の声が思い浮かびます。あの声は使いにくいものでしたか。ゴダールはそれに関してどういったことを言うのでしょう。

FM ただ、ジャン=リュック自身、興味があるのはその部分なわけですよ。現場で録音技師というのは人工的な現実を作っていく。あるセットを前にして、とにかく台詞が聴き取れて編集可能なものを要求される。でも台詞以外は何も求められないのです。けれどもジャン=リュックはそうじゃない。彼は現場で起きているすべての音に興味がある。既にその時点でまったく違うわけですよ。



6. 音のリアリティー
……ストローブ=ユイレのシンクロの考えには理解できないのです……

──整音に関しては最初から関わっていたのですか。

FM 『パッション』からです。やはり整音には一番興味があったわけです。パリで専門にやっていた技師に出会って、そこで整音の何たるかをひとつひとつ覚えていきました。ただそれ以前から、音楽のトラックダウンにしろ、興味がありましたね。

──『パッション』ではベルナール・ルルー[9]が整音では?

FM そうなんだけれども、本当はふたり。クレジット上は違ってたかもしれませんが。

──そうですよね(笑)。

FM でもふたりで一緒にしたわけです。

──『ゴダールの探偵』(1985)での整音はドルビーSR[10]ということですが……。

FM 『ゴダールの探偵』はドルビーAですよ。ドルビーではないかもしれない……。ちょっと記憶がはっきりしませんが……。『探偵』というとジャン=リュックが初めて……。

──クレジットはドルビー・ステレオとなっているのですが。

FM 確かにドルビー・ステレオですが、当時はドルビーAだったはずです。ノイズ・リダクションはまだ当時なかったんですよ。記憶に間違いがなければ(SRは)1985年からです。

──このステレオの選択というのはプロダクションからの要請ですか。

FM そうではなく、これは当時いろいろと自分で研究していたことでして……。ドルビー・ステレオというのはアメリカのメジャーのためにできたもので、最初ドルビーがシステムの提示をする、それからメジャーだから予算をかなりかけ、長い時間をかけて整音をする、そして配給するときに小難しい説明を付けて売る。その後で、ステレオのここがいいといって興味を持つ人が出てくるわけですが、わたしの関心はそういったことよりも、単純に技術的な観点からのものです。というのもモノラルの場合、上映プリントから再生される音というのは(元の録音と比べると)ものすごく多くのものが失われてしまっている。例えるとすれば漏斗のようなもので、(劇場の)スピーカーから鳴る音というのは6ミリのテープの音とはまったく似ても似つかないものなのです。それこそむちゃくちゃな技術ですよ。それに対してドルビーを使えば、整音のときのマスターの音に近づくことができる。まず再現できる周波数帯域が広がっているし[11]、ダイナミック・レンジが向上している[12]、音にきらびやかさがある。ただそれと同時に最初はいろいろと問題もありました。劇場の音響がなっていない、デコーダーがうまく動かない、むちゃくちゃなラボの現像……。最初は試行錯誤の連続でしたよ。ジャン=リュックと一緒にイギリスまで行ったし、アメリカでネガのテストをやってみたりもしました。
 確かに『007』の映画のように、音の強弱がはっきりした映画に使うのは簡単なわけです。でも、これを同録の映画、それも原音をなるべく加工しないままいかした作品に適用するために、確かにものすごい時間をかけていろいろと試しましたね。この作品でジャン=リュックはずいぶんといろいろな人の考えを変えることになったと思います。別にステレオというのは予算をかけた特別な映画のためだけではない、効果音だけのものでもない、ステレオとは自分のやろうとする意図を伝達するための技術なんだということをね。ドルビー・ステレオといってもただの媒体なわけです。レコードからCDへと移っていった時のような。レコードからCDに移行する上で何が変わったか? 何を失ったか? とするとモノラルからステレオに移行する上で実際何を失うのか? 多分、最初はやはり技術面でのことだとか、面白くもないアイデアに足をとられて損失するものは多いと思いますが、最終的にはもっと古典的なところへ戻っていく。それに今では誰もがステレオを使うようになったし。あの有名なモノラル愛好家ですらね……いや、ストローブ=ユイレのことですが(笑)。
 ストローブ=ユイレの理屈[13]には、今言った理由からずっと納得できないでいたのです。モノラルでなければいけないということでなく──それは作家の美学的選択なわけですから尊重すべきですが、そうではなく、真実であるからといってモノラルを使うのだとしても、技術的側面を問題にしないのは残念なことだということです。もし6チャンネルのデジタルでも、センターのみの音を使えば、『モーゼとアロン』(1974)の録音をしたときの音にもっと近づくことは可能ですから、そういう部分で拒絶するのは間違いだと思います。6チャンネルあっても、すべてを使う必要はない。それだけのことです。彼らの考え方は必ずしも徹底しているとは思えなかった。マイクがひとつだからモノラルのレコーダーを使うという理屈も、でもじゃあ2本のマイクを2チャンネル別々に録音すれば……。いずれにせよ各自がそれぞれの理論を擁護するのは自由ですが、そこには技術的媒体というものがあるわけですよ。その後で意図するものを再現するのに見合った媒体かどうかを考える余地はありますが、とにかく技術的な進歩は利用すべきだと思うのです。
 今日では、観客が音に求めるものというのはずいぶんと進歩してきています。モノラルからステレオ、ステレオからデジタルへと移行するのと同時に、家庭では5.1チャンネルの聴取環境が出来上がっているわけです。そうすると、自分の家のリビングよりも劣った環境の映画館に観客を呼ぶことは難しい。とすると、どのように音を鳴らすかという場合、まだまだやることは多いわけです。
 それと、例えばCDがもたらしたものとそれによる損失についても考える必要はあるでしょう。というのもここ10年間での電子工学の技術的進歩はレコードのすばらしさに、というかアナログのすばらしさに近づこうとしているわけです。デジタルによる損失というのはデジタルそのものにあったのではありません。最初、技術的に未知の部分であったり、まだ不可能だったことも、現在に至るまで、着実に進歩してきていますしね。



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脚注

7. ECM
ドイツ、ミュンヘンのジャズ、現代音楽を中心としたレーベル(参考:)。マンフレート・アイヒャー自身のプロデュースによる静かで透明感のある録音はECMサウンドとも呼ばれ、録音自体を好む愛好家も多い。

8. 同録の音をずらしてモニタリングすれば……
ナグラや業務用DATなど録音テープを使ったレコーダーには、録音ヘッドの横にある再生ヘッドから録音された音を録音中にじかに再生する(モニターする)機能があるが、テープの走行スピードとヘッドの距離の関係上、録音される音と再生音との間には0.5秒程度のずれが生じる。

9. ベルナール・ルルー Bernard Le Roux
ゴダールとは『パッション』以降、『ゴダールの探偵』、『右側に気をつけろ』でも整音を担当しているほか、ジャック・リヴェットの80年代以降のほぼすべての整音を担当していることでも知られる。

10. ドルビーSR
Dolby SRはDolby Spectoral Recording の略。アメリカのドルビー研究所が開発し1986年に発表したアナログ・録音におけるノイズ・リダクションの技術。それ以前の技術に比べ、最大25dBのノイズを軽減、S/N比を70dB以上にまで向上。音の歪を減らし、周波数特性が向上した。

11. 再現できる周波数帯域が広がっている……
それ以前の35ミリの光学録音では50Hz〜8kHzであったのに対し、Dolby SR では12kHzまでの再生が可能になった。

12. ダイナミック・レンジが向上している……
それ以前の光学録音は40〜45dBであったのに対しDolby SR では70dB を可能にしている。

13. ストローブ=ユイレの理屈
ストローブ=ユイレの発言については以下の文献における、彼らのモノラルについての発言を参照。Bach / Schönberg Entretien avec Jean-Marie Straub et Daniéle Huillet, Musiques au cinéma, Cahiers du cinéma, hors série, 1995, p.46-51. また、Moïse et Aaron Huillet/Straub-Schönberg, éd. Ombres, 1990(抄訳=『ストローブ=ユイレの映画』所収、細川 晋編集・執筆、フィルムアート社、1997年)に撮影日記が採録されており、当時の録音の状況など詳しく参照することができる。それによると当時の録音技師ルイ・オシェは複数のマイク・ナグラを使っていた模様である。

06 Sep 2006
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