ハルトムート・ビトムスキー インタビュー『塵』

インタビュー

[英語]

Introduction

 今年の山形のコンペティションにおいてもっとも奇妙で魅力的な題材を扱ったフィルムは、ハルトムート・ビトムスキーの『塵』だろう。そう、あのチリやホコリの塵である。ビトムスキー監督はドキュメンタリー・フィルムの巨匠として知られ、ストローブ=ユイレやヴィム・ヴェンダースらと刺激を与え合いつつ自らの方法を練り上げてきた。2001年には当映画祭で審査員も務めている。彼が塵を題材として選んだのが、その物珍しさや話題性からでないのはあきらかだ。ビルの破壊現場や、セメントの粉末を排出する工場、掃除マニアの主婦、美術館の清掃人、塵を収集・分類するアーティスト、そして粒子を露出させる過去のフィルム・フッテージ。塵をめぐる驚くほど多彩な側面を経巡るうちに、観客は、見えるものと見えないものの境界、かたちあるものとかたちをなさないものの境界を、幾重にも横断することになる。『塵』は、可視性の限界を揺るがすことによって、「ドキュメンタリー」という観念の限界を改めて問いに付そうとする挑戦的なフィルムである。上映の後、作者のビトムスキーに話を伺った。
(インタビュー、構成:葛生賢、工藤鑑、三浦哲哉)

塵、あまりに小さな主題

──まず基本的な質問ですが、「塵」という非常に独特な主題を、どのようにして選ばれたのでしょう。塵のなにが魅力的だったのでしょうか。

 最初、この主題はただちょっと頭に浮かんだだけだった。90年代の後半で、『B-52』の撮影に没頭していたころだ。普通、なにかを思いついたとき、映画作家、とくにドキュメンタリー作家は、映画にするための潜在的なアイディアについて考えなければならない。で、その後忘れてしまうこともあれば、頭にこびりついて離れないこともある。最初に浮かぶアイディアのほとんどは無意味だ。「おもしろいかもしれないな」という程度のものだ。ところで『塵』の場合、最初に私を惹きつけたのは──どう撮るかは最初、見当もつかなかったが──この主題そのものが、風変わりなところだった。
 もちろんこんな題材で作るのは難しいに決まっている。だから、誰も作りそうもない映画を作るという挑戦に思えた。自分ならやれる、ということを示したい気持ちもあった。それで、最初の調査を開始したんだが、そこでこの主題が巨大な問題系をもっているということ、非常に多くの要素が潜んでいることがわかった。ヒッチコックは誰も見たことがないものを撮ろうとしてきた作家だが、私も同じ気持ちだった。
 最初の調査で、たくさんの可能性があることがわかった。それでさらに深く掘り下げ始めた。そして、これが映画になるだろうと確信するに至った。
 塵が魅力的だったのは、これまでの長い歴史において、肉眼で見ることのできるもっとも小さい物体であるところだ。ある意味で、これら塵において世界は可視化され、塵を超えると世界は不可視になる。ものが可視化されるこの境界は、まさに、映画が始まるところでもある。だから、塵は、キャメラの前の最小の俳優であるわけだ。私は俄然、興味が湧いてきた。つまり、認知ということに関わるが、その境界において、可視的な世界が存在として示されると思ったんだ。

──塵の映画を作るにあたって、困難がふたつあったのだと想像されます 。ひとつは、どのようにして塵をドキュメンタリー映画として物語るか。もうひとつは、この微小の物体をどうやって撮るか。塵は、撮るにはあまりに脆い対象です。

 塵という主題には、とても多くの入り口がある。それが私にはとても魅力的だった。普通、ドキュメンタリーを作るときは、決められた領域や、あるはっきりした線引きがある。ホームレスの人たちを撮るとするならば、普通の暮らしをして普通のアパートに住んでいる人間は除外しなければならない。というのも彼らはホームレスではないから。すべての領域は、実質的に前もって構造化されている。そこで、もし語るべき論点だと決まっているものごとを語り忘れたら、観客に責められるだろう。重要なことを語っていないから駄目な作品だ、ということになる。
 だからある意味では、この主題にはいくばくかの自由があった。誰も塵について多くを知っているわけではないだろうからね。そして、ここにはたくさんの異なる論点が詰まっていた。なにを語り忘れたか、なんて指摘されることはないだろうと思った。というよりも、ここにはたくさんのメロディーがあって、次々と様々なメロディーに飛ぶことができる。交響曲みたいなものなんだ。

──ひとつの論点に絞らないことがリスクになるとは思われませんでしたか。あまりに多くの論点があったようにも思います。

 そうかもしれないが、もちろんそれは考えたうえで、そのリスクを引き受けたんだ。

いかにして塵を撮るか

──塵はどのように撮影されたのでしょう。技術的観点からお聞きしたいのですが。

 うん、まずもちろん、それに適したレンズが必要になる。たとえば、この映画の最後のほうで、科学者が宇宙で塵がどうなるかを話すところがあるが、そこで、30秒か1分ほど、暗闇のなかに小さな物体が浮かぶところがある。これはもちろん大気圏外で撮ったのではなくて、我が家のリビングルームで撮った。家で集めた塵を用いて、照明を設計し、部屋を暗くし、マクロレンズで撮影した。通気装置を使って塵がある方向へ舞うように準備した。ひとつのショットのためにほとんどまる一日かかった。ある塵の粒子が、照明を当てられることで、まるで光の球のように見えて素晴らしいんだ。それはせっけんの泡のようでもあり、宇宙を漂う惑星のようでもある。これは肉眼では見ることができない。キャメラがそれを変貌させたんだ。

──あなたの映画の照明は、古典的なハリウッド映画のように入念に設計されていると思いました。

 早撮りしようとしている間は、キャメラマンが照明にあてる時間不足に直面してしまう。撮影中は、現場全体のエネルギーに注意しなければならない。スタッフや、キャメラの前の人間や俳優がどれくらい疲れているか──俳優はいつも待ち通しだから──移動撮影のためのドリーをどうするか、ピント送りの準備も必要だし、照明のための時間も必要だ。そのすべてに注意を払わなければならない。みな、すぐに飽きて疲弊してしまうからね。映画作家にとって一番の楽しみはショットの準備をすることだ。キャメラの前でその後に起こることはそれほど重要じゃない(笑)。だからリハーサルはかなりやる。キャメラマンは集中しなければならないし、ドリーもきちんと動かなくてはならないし、照明も完璧でなければならない。すべてが同期するのには何時間もかかる。その頃には、キャメラの前の人間はたいてい疲れ切っているというわけだ。
 映画監督は、撮影現場の人間生態学(human ecology)に気をつけなければならない。そして私はすべてが生き生きとしていることを望んでいる。だからダイレクト・シネマのやり方を採用している。キャメラが回ってみて初めて姿を現す思いもよらないもの、予期しないもののための余地を空けておくためにだ。それらの新鮮さから得るものがあるんだ。
 同様の理由で、私は出演者がキャメラの前に立つまで、決して彼らに質問の内容を伝えない。彼らは前もって質問を知らないし、私も前もって答えを知らない。つまり、わたしたちは注意深く互いの言うことに耳を傾けなければならない。だからインタビューされる側もする側も、同様に試されているというわけだ。
 キャメラの動きも、すべてリハーサルしてしまわないようにしている。最初にショットの大まかなアイディアを伝える。ピント係のために、床にそれぞれ異なる距離をマークする。そして撮影し始める。その後はもうキャメラマンには指示を送らない。キャメラの前の出来事に応じて、ドリーを動かしているスタッフに目配せすることはある。キャメラマンはでもその動きを予期することはできないから、その場で反応しなければならないんだ。

──いくつかの場面では、キャメラが自発的に動いていたように思いました。

 その通り。ピント係にとってこれはとても難しかった。塵をコレクションしている若いアーティストが映画に出ていたのを覚えていると思うが、彼女はとてもシャイだった。キャメラの方を向くのを避けようとするんだ。それで私は、彼女と視線を合わせながらキャメラの背後で前に進んでいく。つまり、キャメラは、私と彼女の視線に沿って、私の後をついていくことになる。するとどうだろう、彼女を正面から撮ることができた。私は彼女のシャイさをうまく利用したんだ。ある意味、私は歩くことで彼女を俳優として導き、同様にキャメラを導いたというわけだ。

唯物論的アプローチ

──人の演出に関して、その生態学(ecology)が重要であるとのことですが、塵の場合はどうでしょうか。というのは、塵はあまりにもろいため、介入しようがないと思われるからです。おそらくそれがこの映画を特別にしていると思います。つまり、観察者とその対象の関係のことですが、ここでは観察者は対象を変化させることができません。
 ドキュメンタリー・フィルムの場合、題材もまた作品を導くということがしばしば起こる。塵の場合は特にそうだ。私たちは広大な石炭採掘坑で撮影したが、最初に行った時はずっと雨が降っていて撮れなかった。塵が全くないというのは、実に素晴らしいことだよ(笑)。被写体は採掘坑、巨大な穴だ。撮影できるかどうかは、天候次第だ。適切な天候条件を得るために三回出なおした。最近は、法律で禁じられているために、施設からあんまり塵が排出されなくなった。水が塵に散布されるからで、だから水は見えるけれど、塵は水で固められて見えなくなる。

──『塵』を撮ることは、新たな挑戦だと言われましたが、あなたのフィルモグラフィーのなかに連続性を見て取ることができます。あなたのこれまでの作品には、主題に対して同じように唯物論的な関心があります。

 確かに。私もそう考えている。この種の唯物論的なアプローチというものが、ドキュメンタリーにはほとんど生得的に備わっている。なぜなら、ドキュメンタリーが扱うのは、見えるもの、可視化しえるもの、見せることができるものだからだ。それらはそこに存在する。当然、それは唯物論的であって、抽象的なアプローチではない。

──しかし近年、ほとんどのドキュメンタリー・フィルムは唯物論的でなくなっていると思います。

 その通り。それらは象徴的な言説の一部だ。それはどこか別のところから来たみたいだ。映像フレームの中身に含まれるデジタルのピクセルやドットは、それと知られずに、ほかのピクセルで置き換えられうる。しかし、フィルムや写真では、どんな映像の修正も見てとることができる。
 そのうち、私たちがフィルムを使わなくなる時代が来るだろう。実際、そのことが、とくにドキュメンタリーの領域で、新しいいくつもの問いをもたらすだろう。いまはまだ、私はそっちの方面へ向かおうとは考えていない。コダックがフィルムの生産を完全に中止する前にあと二本は撮りたいね(笑)。ついさっき見た映画、『私と運転手の男たち』(スーザン・モーグル、2008)では多くがHDキャメラで撮られていたと思う。デジタル撮影技術はかなりの地歩を占めているが、今後、さらに勢いを伸ばすだろう。私が現在、関心があるのは、そうした事態に対処する方法を見つけ出すことだ。

ドキュメンタリーと共在性

  私は、キャメラと、その前にある被写体との間の機械的な関係、そしてフィルムの粒子に対象を記録し、登録するというやり方を信頼できると考えていた。それは技術的で、また、ほとんど機械的あるいは物理的なことだ。ところがそれが変わりつつある。この種の確実性、イメージの真実性を信頼することがもはやできなくなるんだ。「それは真実である。なぜなら私が撮影したときに、そこに存在したからだ。私が撮ったものは真実である、なぜならそれはフィルムの上にあるからだ」。
 私はこれを「共在性(co-substantiality)」と呼んでいる。キャメラの前見えるすべてのものは、スクリーンのうえでも見ることができる。キャメラと被写体が、目に見えるという性質を分有しているからだ。もちろんそれらは完全に同一であるわけではなく、わずかな違いがある。
 アンドレ・バザンがかつて言ったように、それは存在論的な問題だ。彼は、映像と、映像が保存する対象とがほとんど同一(identical)であると言った。だが、そこには隔たりもある。ショット内で対象をフレーミングすることで隔たりが生まれるんだ。

正確さ、被写体への負債

──あなたの映画で素晴らしいと思うのは、その正確さです。ドキュメンタリー制作において、正確さは何を意味するのでしょう。あるいは、厳密さとは? このようにお聞きするのは、多くの若い監督が、編集による露骨な作り変え、過度なドラマ化をしているように思えるからです。

 映画作りは、たしかに、キャメラの前の現実に介入することを意味する。ドアをあけて、キャメラをもって中に入れば、もう状況は同じではなくなる。自分たちが現れる以前の状態を復元することは不可能だ。そこで問題は次のようになる、「ある状況に介入する時、それはより真実なのか、その逆なのか」。つまり、キャメラによって介入することは媒介手段でもあるということだ。キャメラがなかったら表さなかったものを、人々はキャメラの前で表に出す。これはジャン・ルーシュがかつて語ったことだ。ルーシュは非介入の方法から出発した。あるいは、そう彼は考えていたんだが、最終的には、反対に「踊るキャメラ」という考えに辿り着いた。被写体が踊っているとき、彼も一緒にキャメラを持って踊るんだ。それは状況の一部になるということだ。
 正確さは、ほとんど悪魔的な要求だ。ある程度は関心を持たなければならないが、完全に正確であることはできない。むしろ、態度の問題だと思う。他の人々を搾取し、支配しようとする人々の側にいるのか、そうじゃないのか。いつも言っていることだが、誰かを撮影をすると、その人に借りができる。彼らが贈り物を与えてくれたからだ。つまり彼らの生のちょっとした瞬間、ちょっとした眺めという贈り物を。

──たとえそれが塵であっても、ということですね。

もちろん塵であってもだ。だから、人々を嘲笑しながら撮影することなど決してできないし、またすべきでもない。私はこうした態度からは距離を置こうと努めてきた。この映画のなかで、掃除マニアのような女性が出てくるけれども、彼女を決して笑いものにはすまいとした。同じ目線でいるように努めた。私の考えでは、ドキュメンタリー映画作家であるとはそういうことだ。問題は、どうやってそれをするかだ。
 君は、さきほど見た『アラン』(ロバート・フラハティ、1934)について、これが今回の映画祭で最良のフィルムだと語ってくれた。この中に、少年が崖のうえから釣り糸をたらす場面がある。とても美しい瞬間だ。これをワンショットで撮ることもできただろう。しかしフラハティーは何ショットも重ねて少年を描写する。つまり、彼はその労を惜しまない。少年が魚を釣り上げたとき、その魚は実際には死んでいる(笑)。だが少年はまるで魚が生きているように動かしてみせる。ともかく、こういうタイプの釣りの喜びについてフラハティーは教えてくれる。彼は少年や、島の住民たちに対して誠実だ。労を惜しまないことによって、ひとつのショットに収めるのではなく、ある小さな瞬間が含み持つすべての面を明るみに出そうとすることによって誠実であるということだ。それぞれの短いショットは前のショットを反復し、韻を踏んでいることがわかる。そこには美学的な関係のようなものがある。
 映画作家の仕事の内で、人々や被写体の唯物論的な存在によって、そう、ある意味で良いショットによって、贈り物を与えてくれた人々を讃えるんだ。映画制作という領域のなかで、被写体がしているのと同じことを、アーティストとしてすることを求められている。そこにはつり合いがなければならない。それが私の映画作りの哲学みたいなものだ。そして、もしそれがうまくいくならば、正確だということだ。比喩的になってしまったがね。

はかなさ

──クリーンルームに人がいる『塵』のラストシーンはヒッチコックの『サイコ』(1960)を思い起こさせます。ここにおいて、ヴォイス・オーバーによる語りは反対方向に向きを変えます。

 そう。この映画の本質とはいわないけれど、たしかに、言いたかったのは、塵の源泉は私たちだということだ。塵の存在を否定しようとすることは、結局、自分たち自身を否定することになる。もしあまりにも塵を取り除こうとするならば、私たち自身を取り除かなければいけなくなる。私たちが塵の源泉、源流は私たちなのだから。

──ファウンド・フッテージ(既存の映像)を使われていますが、どのように選択されたのですか。

 ひとつは『幌馬車』(ジョン・フォード、1950)で、これは大好きな映画だ。そしてまた象徴的でもある。このシークエンスは、ただ、それ自体で大好きだ。だからいつか使おうと思っていた。それで、『塵』を作ったとき、そのことを思い出した。使いたかったからね。この件でスタッフと話したら、録音マンが「サイレント映画の『風』を覚えていませんか」と言った。ヴィクトル・シェストレムの『風』(1928)のことだった。VHSテープを持っているというから、彼の家へタクシーで乗り付けた。そして映画のためにそれを撮影したんだ。

──モニターを撮ったのですか。

 そうだ。あえてそうした。もっと粗悪な粒子感を出したかった。キャメラ位置を固定せず、再フレーミングし、再撮影した。大きなテレビモニターがあったので、キャメラマンにどのようにキャメラを移動し、パンやティルトをするか伝えた。ここでも、偶然や不確かさや運に訴えた。それで、当初とは違う面白い画面になった。私はアーカイヴにあるファウンド・フッテージを様々な機会に使って仕事をしてきた。 私が興味を引かれるのは、自分が撮影したのではない素材を使って、どれだけ自分は作家でありえるかという問題だ。
 編集のとき、ジョン・フォードの映像をどこに入れるべきだろうかと考えた。そのとき、こう思った。フォードの映画のなかで、彼らは自分が来たところを気に入らず、土地から土地へと、楽園に近いかもしれない場所へと旅をする──だがそれは流浪の旅なんだ。もしかしたらそこに辿り着けるかもしれない。だがそれはわからない。しかし、こうして砂埃の舞う砂漠を歩き、 幾多の苦難と住むに適しない土地を経て、いつ終わるともなく移動し続けること、それはほとんど私たちの人生そのものだ。それは私たちの自画像であり、私たちの人生のある一断片だ。私たちはこの世界に生まれ落ち、希望、不安、可能性や妄念を携え、どこへ向かうかも知らずにそこを通過する。悲しい話だね。

27 Feb 2010
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