第10回東京フィルメックス レポート vol. 3

石橋今日美

審査員。左から ジャン=フランソワ・ロジェ(シネマテーク・フランセーズ・プログラム・ディレクター)、ジョヴァンナ・フルヴィ(トロント国際映画祭アジア映画プログラマー)、崔 洋一(映画監督/第10回東京フィルメックス審査委員長)、チェン・シャンチー(俳優)、ロウ・イエ(映画監督)

 なかなか平日フィルメックスに通うことができず、欲求不満のまま最終日がきてしまった。クロージング作品上映の前に、授賞セレモニーが行われた。結果については今さら詳述するまでもないが、「審査員特別賞 コダックVISIONアワード」には『ペルシャ猫を誰も知らない』(バフマン・ゴバディ監督)、「最優秀作品賞」および「観客賞」には『息もできない』(ヤン・イクチュン監督)が選ばれた。特別賞受賞作は残念ながら見ることができなかったが、『息もできない』のW受賞は驚きではない。セレモニーにはいずれの作品の監督も参加できなかったが、そのおかげでヤン・イクチュン監督がおちゃめな「変態ダンス」(「ヘンタイ」は「カワイイ」と並んで広く海外で使用されているが、原語のどぎついニュアンスは輸出されなかった模様)で喜びを体現する爆笑ヴィデオ・メッセージを見ることができた。後日、聞いたところによると、監督はなかなかファニーで気さくな青年らしい。まあ、『息もできない』の作品世界そのままの人物だったら本人が窒息してしまうだろう。ちなみに審査員特別賞の副賞は、コダック株式会社より贈呈される8,000米ドル相当の生フィルム。一体どれだけの長さになるのか、ぱっと思い描けないが、DVやHDカメラの使用が珍しくないアジアの若手インディペンデント作家なら、フィルムですべてを仕上げるのは逆にお金がかかってしまうのでは、などとお節介にも考えてしまう(国際映画祭によっては現在でも、フィルム作品のみ受け入れ、デジタル不可のフェスティバルがある。あと何年そのような方針を維持できるのか、いささかアナクロニズムの感をぬぐえない。それぞれのメディアによってしかできない作品があるのだから)。

 クロージング作品は、『オールド・ボーイ』などで知られるパク・チャヌク監督の新作、09年カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作『渇き』。カンヌ期間中に目にしたPR用ビジュアル−ワクチン開発実験に参加したことが原因で、ヴァンパイアに変貌した神父サンヒョン役のソン・ガンホと、彼と禁断の恋に落ちる若き人妻テジュ役のキム・オクビンが大胆に上下に配されたもの—が妙に気になった作品だった(日本公開は2月、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー)。冒頭、白壁に木陰が浮かび上がり、主人公のサンヒョンが扉を開けて登場する一瞬のうちに、フィルムの貫禄 (バジェット的なものと、作品世界のスケール)がただよってくる。主人公が聖職者の道を踏み外し、鮮血とエロスの世界に堕ちてゆく脚本は、エミール・ゾラの「テレーズ・ラカン」にインスパイアされたものだという。確かに『殺人の追憶』でもお馴染みのソン・ガンホが、ぐっと体重を絞り込んで演じる苦悩の神父も見所だが、新進女優キム・オクビンが魅せるファムファタルぶりは決してひけをとらない。線が細く、顔色の悪い、幸の薄そうな人妻が、男の血をすすりながら、妖艶に化けてゆく様は見事。すべての主要キャストに共通しているのだが、美化するための化粧とは異なる、肌の質感の演出、視触覚に訴えかける身体のあり方が、快と不快の両面で際だっていた。

 現代の「エンターテインメント」作品とは、まさにこのようなフィルムのことを指すのかもしれない。ヴァンパイアや蘇る死体など恐怖映画の古典的形象に、伝染病・感染症という後発のスリラー、ホラー映画の要素を加え、なおかつ宿命の女がそそのかす殺人というフィルム・ノワールのテイストもブレンドされ、それぞれの素材が相殺しあうことなく、見る者の想像力を大胆に挑発するフィクションの力を発揮している。ダークなシンフォニーが効果的に響き合うのも、舞台挨拶に立った監督自身が述べていたように、血と暴力だけではなく、多分に笑いが取り入れられているからだろう。実際、上映中これほど声を出して笑う場面が多いとは。一例にすぎないが、主人公サンヒョンが超人的な能力を見せながら、ビルの谷間を重力に逆らって移動する場面は、唐突に「スパイダーマン」を思わせ、主要登場人物が麻雀のテーブルを囲み、テジュの義理の母がまばたきで意思表現をするシーンでは、リアリズムを思いっきり無視した効果音つきのまなざし(!)が見る者の笑いを誘う。何より、こちらの勝手な想像にすぎないが、作り手自身がとことん映画作りを楽しんでいるエネルギー、誰がなんと言おうと自分の撮りたいものと撮るのだといった気迫がダイレクトに、爽快に伝わってきた。

渇き Thirst

監督・脚本:パク・チャヌク
原作:エミール・ゾラ
撮影:チョン・ジョンフン
出演:ソン・ガンホ、キム・オクビン、シン・ハギュン、キム・ヘスク、オ・ダルス

2009年/韓国/133分 配給:ファントム・フィルム

HP:http://www.kawaki-movie.com
2月、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

08 Dec 2009

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