K編集長のcinema days vol.3

石橋今日美

 カンヌ国際映画祭が開幕した。今年は世界的な不景気のために、映画祭開催直前までホテルには空室があり、アメリカのメジャーの巨大な広告パネルも見かけないという。イギリス系出版社ファイドンに買収されたカイエ・デュ・シネマの批評家たちは、噂では自費で宿泊費をまかなわなければならないとか。
 不況という言葉を一日何度、何カ国語で見聞きするか分からない世相が、にわかにフィクションに思えるくらいの賑わいを感じさせたのが第33回香港国際映画祭(会期3月22日〜4月13日)。国際的な映画祭では通常、映画の見本市とコンペティションがほとんど同じ場所で開催されるが、香港の場合、映画のセットに十分使えるような凝ったスタンドが立ち並ぶFILMARTの会場は香港島に位置し、フェスティバルの方は九龍サイドの何ともファンシーなホテルのスイートにオフィスを構え、香港全体のあちこちの映画館やホールに散らばって上映が行われる。不便といえば不便なのだが、グレーの薄雲がネオンの極彩色をうけて、ファンタジー映画の世界を思わせる夜空の下、スターフェリーで移動しながら映画を見るのは香港ならでは。

3rd Asian Film Awards Presentation Ceremony Jia Zhangke congratulating Best Screenwriter Kurosawa Kiyoshi

 今年は日本の映画業界関係者は、ベルリンをスキップし、香港に集まった様子。第3回アジア・フィルム・アワードでは作品賞に『トウキョウソナタ』(黒沢清監督、2008、脚本賞も獲得)、監督賞に『歩いても、歩いても』(是枝裕和監督、2008)、主演男優賞に『おくりびと』(2008)の本木雅弘、オリジナル音楽賞に『崖の上のポニョ』(2008)の久石譲と日本勢が主要な賞に複数輝いた。「Indie Power」と称されたセクションでは、是枝作品の撮影を担当してきた山崎裕監督による『Torso』(2008)が世界プレミア上映され、ベルリン国際映画祭に続いて舩橋淳監督の『谷中暮色』(2009)も注目を集めた。映画祭自体は、ジャーナリストやバイヤーよりも香港市民に開かれたイベントで、平日は仕事帰りの人々を狙って19時過ぎからしか上映が行われない。チケットが売り切れてしまえば、いくらバッジを持っていても映画を見ることができない。香港のアクション映画の王道『神鎗手』(The Sniper、林超賢監督、2009)に大いに触手をそそられるも、街を走るどのバスも大々的に宣伝している作品ゆえに、当然ながらソールドアウト。

3rd Asian Film Awards Presentation Ceremony Best Actor Motoki Masahiro

 FILMART(会期3月23日〜26日)では、バイヤーや配給会社、プロダクションの人々に向けた試写が行われる。なかでも興味深かったのが鈕承澤、陳淑芬、李康生ら若手監督8人が台北の24時間を朝から夜明けまでリレー形式で描くオムニバス映画『Taipei 24H』。症候的だったのが、ほとんどの作品において、説話の大きなターニングポイントを携帯電話が担っていた点。どこにいる誰とでも登場人物たちをつなげてしまうシナリオの救世主的な携帯電話ぬきの現代映画は、もはや考えられなくなってしまったのだろうか。8話のうち、とびぬけて魅力的だったのが、李康生(リー・カンション)による、ある喫茶店が閉店する最後の夜を描いた作品。といえば、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)の『楽日』(2003)が想起されるのだが、ここではキャストと監督が入れ替わり、ツァイがたったひとりの最後の客を演じている。ラジオから流れる思い出の曲(亡くなった実在のダンサーへのオマージュでもある)に男泣きする客、静かに注がれるコーヒー。キャメラは店内から外の通りへ移り、店内で不意に、優雅に踊りだす喫茶店のマダムと男を映し出す。他の作品において、音楽がセンチメンタリズムを盛り上げる手段として、ともすると安易に用いられていたのと異なり、ここでは視点にかわる聴点(その音を誰がどこから聞いているのか)をめぐって、はっとする演出がなされており、最初は普通のBGMとして感じられたメロディーが、ラストには見えない主役として、踊ってみせる登場人物たちと見事に共演する。ツァイの家族のひとりが実際に喫茶店を経営しているそうで、舞台となったコーヒーショップがもしかしたら……と思いクレジットを見ると、蔡という名字が謝辞に読み取れたので、間違いないだろう。もうひとつの「楽日」とも言える静謐さと優美さをたたえた作品だった。

14 May 2009
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