K編集長のcinema days vol.2

石橋今日美

 「サブプライム」と並んで「facebook」(仏メディアに氾濫の一語)などが2008年を象徴する単語に挙げられていた年末の仏フィガロ紙の経済ページは、日本のお歳暮商戦の苦戦とともに、ディズニーが、実入りの少ない「ナルニア国物語」の三部作制作を断念したことを報じ、経済危機・不況を色濃く反映。ただしウディ・アレン株は、仏映画マーケットで値崩れ知らずの模様。クリスマス休暇をパリで過ごしたアレンは、クリスティーヌ・アルバネル文化大臣自身に、新装された文化省に迎えられ(ファサードに金属でベルエポック調か昆虫か、よく分からない文様がつけられた建物は、個人的に予算の無駄 or ゴージャスな監獄にしか見えない)、愛する都市での2009年新作撮影を強力にバックアップしてもらう約束をとりつけた。最新作『それでも恋するバルセロナ(Vicky Cristina Barcelona)』は、彼のリビドー起爆剤スカーレット・ヨハンソン三部作の最後(?)を飾るにふさわしい1本。レベッカ・ホール扮する結婚間近のヴィッキーと、スカヨハ嬢演じる失恋ホヤホヤのクリスティーナが、サマーバケーションをバルセロナで過ごすのだが、そこへ、ふたりのアメリカ女性を、当たり前のように同時にベッドに誘う画家(ハビエル・バルデム)と、離婚して精神的バランスを崩した元妻(ペネロペ・クルス)が絡み、欲望のパンドラの箱がつぎつぎと開かれてゆく。なかでもスカーレット&ペネロペのカップルに、ハビエルが加わるあたりは、NY時代のアレン作品には考えられない、リズミカルで爽快な展開。アクションを起こす以前にあれこれ悩み、自身の予定外の行動にあわてる不器用で内向的なマンハッタンの登場人物たちとは正反対に、内省の瞬間は男女間のすべての不実と裏切りが果たされた最後の瞬間にしか訪れない。ペネロペ・クルスは母国語でスカーレットにわめき立てるのだが、そんなヒステリックで不快に映るだろう場面も、ここでは画家をめぐるブロンドとブルネットの美の対比に貢献していて、まったく気にならない。日本でのアレン作品の公開は、どうして大幅に遅れてしまうのか分からないが、とりあえず祝公開決定!

 フランス人は、クリスマスから新年にかけて平均2kg太る、と真面目にニュースは報じていた。そんな飽食の季節に、ハンガー・ストライキについての映画、『Hunger』。本作で監督デビューを飾り、2008年カンヌ国際映画祭でカメラ・ドールを受賞したスティーヴ・マックィーン(同名スターとはまったくの別人で、イギリスのアーティスト)。作品はアイルランド共和軍(IRA)のメンバー、ボビー・サンズが、1981年に北アイルランドの刑務所で、政治犯としての権利を剥奪されたことに抗議してハンガー・ストライキを行い、66日後に餓死した実話に基づく。最初は、裸で不潔でいる抗議行動(体を洗わない、まともにトイレに行かない)がハンストに発展し、最終的にはサンズを含む10人が衰弱死した、と映画は伝える。一回見た翌日、あわてて二回鑑賞(連続して見続けられないほどタフなフィルム!)。マックィーンは政治的なドキュメンタリー制作や、悪趣味に扇情的な路線に陥ることなく、日常私たちが「見る」ことができないもの、「聞く」ことが不可能なものに到達し得た。例えば、床ずれで白い骨が血のにじんだ皮膚の穴からのぞく、やせこけた身体、と書くと、ホラー映画かと誤解もされかねない。だが、実際この作品で死にゆくサンズの幻聴のようなノイズとともに、そのような映像を目にすると、イメージが持つ潜在的な力、見る物の感性と思考にとことん挑みかけ、即物的なモノの描写を超えた次元に導く力が現実化される。沈黙のうちにこだまする、言葉にならない叫びを耳にする。そんな強烈で唯一無二の体験がここにはある。フォーマット化された薄っぺらな記号でしかないイメージ、何も考えないという娯楽を供する作品が量産される中で、現代映画が撮られる意味、その可能性を強靱に痛感させてくれた。

『それでも恋するバルセロナ』 VICKY CRISTINA BARCELONA

監督・脚本:ウディ・アレン
製作総指揮:ハウメ・ロウレス
撮影:ハビエル・アギーレサロベ
編集:アリサ・レプセルター
出演:スカーレット・ヨハンソン、ハビエル・バルデム、ペネロペ・クルス、レベッカ・ホール

2008年/アメリカ・スペイン/96分

6月丸の内ピカデリーほか全国ロードショー
(配給:アスミック・エース)



HUNGER

監督・脚本:スティーヴ・マックィーン
撮影:ショーン・ボビット
編集:ジョー・ウォーカー
出演:ミヒャエル・ファスベンダー、スチュアート・グラハム、リアム・マクマオン、ブライアン・ミリガン

2008年/イギリス・アイルランド/96分

13 Jan 2009
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