第21回東京国際映画祭レポート vol.2

石橋今日美

 17年ぶりに日本公開される、イエジー・スコリモフスキの新作、コンペティション部門『アンナと過ごした4日間』(4 Nights with Anna, 2008)。ティーチインでは、「可もなく不可もないような映画しか作ることができませんでした」という状態から映画に関しては活動を休止し、本格的に絵画に取り組んでいたと語った。長い空白期間を経て、こちらとしては、どうしても『出発』(1967)のイメージを引きずりつつ、本作のタイトルから、頭の中では、ロマンティックかつ絶望の果ての爽快さをたたえたフィルムを妄想してしまう。蓋を開けてみると、サスペンスの要素が色濃くにじみ出ており、非常に構築的なフィルムに仕上がっていた。とりあえず作品の現在とされる時間の流れとアクションがあり、その中で孤独な中年男レオンは、向かいに住む看護婦アンナの部屋に忍び込み、寝ている彼女をじっと凝視しているだけでは我慢できず、最後はエンゲージリングを「眠り姫」の指にはめる。彼女が目覚めないかどうか、限りなく沈黙に近い密室で、かすかな物音や身体の動きが、視触覚的なサスペンスを生み出す。それと交錯して、レオンが犯罪現場を目撃するにいたるシークエンスが、分割され、フラッシュバックのように挿入される。実は、レオンが病院の遺体などの焼却係を解雇される時の院長のひと言を聞き逃さなければ、それが過去のことなのか、彼の夢想、リアルな白昼夢なのか、やがて現在の語りと交わる近未来なのか、作品全体に宙づり状態に追い込まれることもないのだか、この時系列の交差は、ラストの予期せぬアンナとレオンの対面にむけて、クレッシェンドを奏でるように緻密に組み立てられている。
 何枚にも着重ねしたセーターとそれを脱ぎ着するレオンの仕草、アンナの誕生パーティーの残り物、夜の闇と侵入者の明かりが創り出す深い群青色と旧式のストーブのオレンジ色、主人公にとって致命的となった最後の夜の果てに、ふたりをへだてる地平を覆う真っ白な雪…… シナリオが時間軸を操作する観念的な罠や、「覘く男」のクリシェに陥っていないのは、これらのディテールがキャメラの前で、俳優たちとともに「生きて」いるからであり、台詞を極力排した点と有機的に結びつき、堅固な作品世界を成立させている。本映画祭で、審査員特別賞に輝いた1本。

 『プライドと偏見』(2005)公開の際に思ったのだが、イギリスの若手監督で長編処女作に、文芸大作や歴史に根ざしたコスチューム・プレイを選び、主題の重厚さに玉砕、ではなく、軽快にデビューを飾るケースもある。特別招待作品『ブーリン家の姉妹』(2008, [10月25日よりシャンテシネ他、全国TOHOシネマズ系にてロードショー中])のジャスティン・チャドウィックもそのひとり。物語は「ザ・ブリティッシュ大奥」、16世紀イングランドの宮廷を舞台に、決して裕福とは言えないブーリン家のふたりの姉妹、アン(ナタリー・ポートマン)とメアリー(スカーレット・ヨハンソン)のうち、誰が王に愛され、男児を産むか、という血を賭けた女の争い。本作のポイントはずばり、ファムファタル的姉にブロンドのスカーレット・ヨハンソンではなく、ナタリー・ポートマンを配し、けなげで献身的、控えめな妹をS・ヨハンソンが熱演しているキャスティングの妙。とはいえ、もちろん女優の一般的イメージをいい意味で裏切る配役だけでは、作品は成立しない。「あなただって衣裳、できますよ」と石岡瑛子さんにあるインタビューで言われたが、確かに現代映画の衣裳の仕事は、ほぼ「スタイリスト」と化している。特に現代が舞台であれば、ブランドものの洋服をあれこれコーディネートする場合が多い。だが、本作では『アビエイター』(2004)──ちなみに本作の衣裳は逆にプレタポルテのデザイナーたちをインスパイアすることになった──等の衣裳デザインが高く評価されているサンディ・パウエルが、ふたりのヒロインの個性を引き立てるドレスを魅せてくれる。セットも同様だが、精密な時代考証の結果を具体化しただけでは、現代映画としては通用しない。時代考証プラス、デザイナーの創案による現代性が加味されてこそ、今日の観客を作品に引き込む空間や衣服が完成する。史実に照らした正確さと現代性のバランスのさじ加減は、陰ながら歴史物のキーポイントとなる。

05 Nov 2008
© Flowerwild.net All Rights Reserved.