第21回東京国際映画祭レポート vol.1

石橋今日美

 『一緒にいて』(Be With Me, 2005)をめぐって、仏映画評論ジャーナリズムでは、ちょっとした論争が起こったが、日本では一度も一般公開されていない、シンガポールを代表する監督エリック・クーの最新長編、「アジアの風」部門選出『私のマジック』(My Magic, 2008)。『一緒にいて』でも主要キャストのひとりに、かなりのメタボを具現化した人物が登場していたが、今回の主人公、元マジシャンで酒におぼれるフランシスは、それどころではない巨体だ。それは単に表層的な指摘ではない。本作は、貧しい父子家庭で10才の息子に愛想をつかされた父親が、ガラスを飲み込んだり、たくましい腕に極太の針を指貫きしたり、といったまさに体を張ったマジックで、なんとか息子の学費が払えるように、「よき父」になろうとする、「お涙頂戴もの」に堕する可能性もあった。自らの肉を痛めつけることで、市場で鶏肉を買い、お祖母ちゃん子の息子のために、彼女の味を再現したカレーをつくる場面さえある。しかし、エリック・クーは、観客に働きかけるにあたって、情感たっぷりの台詞や登場人物の大げさな涙で安易に訴えかけない。大きな肉塊ともいえる主人公の身体、また彼の特徴的な長髪をいかなるアングルでとらえるか、身体のどの部位をどう見せるのか? 視覚的に熟慮された、ひとつひとつのショットをつなぎ、ストイックな演出によって人物よりも身体に雄弁に語らせる。少々乱暴に換言すれば、巨体の男をどこまで物質的にとらえ、映画的表象に結びつけるのか、倫理的かつ創造的な問題がここでは扱われている。父親に対して、マッチ棒のようにやせ細った少年をキャスティングしたのも、偶然とは思われない。その対比自体が、彼らの心理的断絶でもあり、直接的に触れ合うことのなかった身体が、作品終盤にむけてその距離が縮まり、ゼロになったとき、彼らは親と子として真に心を通い合わせる。作品全編を通して、身体の声なき声、まなざしが映し出す感情は、強くストレートに伝わってくる。また、飲み屋が連なる繁華街と狭いアパートの世界から、かつての若きマジシャンが、妻となる女性に出会った場所、現在では廃墟と化した建物へと、父子が逃避行する流れも、前半と後半の断絶を感じさせることなく巧みに描かれている。個人的に疑問符を付したいのは、最後の最後になって加味されるファンタスティックな部分(死んだ母親と息を引き取ったばかりの父親が美化されて、こちらに微笑みかけ、マジックを披露する)。最期を迎えた父の肉厚の手、そこに握られていた高額の札束、残された少年。ふたりの関係の顛末が、強烈に映像化された瞬間で終わってもよかったのではないか、と思わずにはいられなかった。

25 Oct 2008

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