零度の画面──ラストショットが感知不能であること

舩橋 淳

 闇の中で仄かに浮き上がるむき出しのコンクリートの廃墟の3階から、静けさを突き破るように、家具が放り出される。ひとつ、またひとつ。不気味に広がる場末の闇に落下する家具の破壊音が響き渡り、もう取り返しがつかない事態が進行していることを告げる。次に階段の暗がりでナイフを突きつけ、鋭い眼光を放つ老女のショットが示され、事態はいわゆる「夫婦喧嘩」であったことが理解されるのだが、『コロッサル・ユース』(2007)においてペドロ・コスタの手にかかれば、この非常に家庭的な物語の構成要素がこうも恐ろしくなってしまうのかと驚きを禁じ得ない。
 妻に家出されたヴェントゥーラという男はリスボン郊外のスラムを徘徊し、我が子(だと思うと本人自身が言っているが、その記憶はいかにも不確からしい)をひとりひとり訪ね、身を寄せる場所を探す。そう、これは『東京物語』(1953)、または『明日は来らず』(レオ・マッケリー監督、1937)が現代ポルトガルで生起しているのだが、心許ない老人が都市に住居を構えている成人の子供の家に、所在なげに佇むという構図は共通しているものの、コスタによる老人はどちらかというとこの世のどこにも居場所を見つけることができない亡霊のような暗い影なのである。実際、神出鬼没に子供たちの家に現れるヴェントゥーラは、子供たちに正面から拒否を受けるならまだ幸福で、むしろ存在していないかも同然の扱いなのである。幼い娘(ヴェントゥーラの孫)を出産した時の顛末を延々と独白し続けるヴァンダの脇で、居心地悪そうに長身を横臥えているこの男は、鈍重な巨大両生類のようだ。部屋の隅には無下に放置されたテレビが発光していて、外光は白濁した窓ガラスより射している。しかし、天井と白壁を大きく捉えたフレーミングが、何故か明るいはずのこの部屋を、ぼんやりと暗い停滞した空間に変容させている。オフスクリーンから盛んに画面へ出入りを繰り返す幼女は、ヴァンダが腹を痛めたその子なのだが、母親の告白を理解しているとは思えず、キャメラの存在を完全に無視しきった傍若無人な振る舞いを続け、ネグレクトに限りなく近い環境下で、呆然とした視線を浮遊させている姿は途方もなく恐ろしい。低所得者用の公営住宅に生息するこの三世代の親子の時間は、ここで完全に停止しており、いつまでもこのままであろうという無時間性と絶望すら忘れた諦念に充ち満ちている。

 このとき、画面がふっと暗転し黒に落ちたとする……と私は考えた。それでも映画のラストとして、まったく遜色ない重力を湛えたショットであるように私には思えた。しかし、映画は終わらない。コスタはさらにひとつ、もうひとつ同様に、しかしまったく異なる、暗く重いショットをこちらに投げかけ、長廻しばかりなのに、私は極度の緊張で画面を凝視するしかなかった。そう『コロッサル・ユース』は、ラストショットを感知できない驚くべき映画なのである。ヴェントゥーラがフォンタイーニャス地区というリスボン郊外のスラムを歩き、階段のある街路の途中で立ち止まるとき、またヴァンダと彼女の夫らしき男が手狭な台所のテーブルで働くでもなく、真昼からじっと佇んでいるとき、我々は画面に漲る存在の充実に息をのみ、それがいつ断絶=終幕してもおかしくないという不安と畏怖を覚える。
 思考が抽象的になる前に分析を試みるならば、この画面の魅力とは、発展すべきプロットがあったり、不十分な情報があり、その情報が後のシーンで提供されるだろうという期待が作品へ導入されることが一切ないということだ。キアロスタミのようにシンプルな物語的導入(家具の落下と配偶者との離別)から、行く宛のない老人ヴェントゥーラの旅を追ってゆくのだが、彼に何か明確な目標があったり、誰かに会おうとしているわけでもない。無目的な時間と空間の中で、いかに自分の巨体と折り合いをつけてゆくか、この一点のみで成立するサスペンスを耐え抜くのが『コロッサル・ユース』体験なのである。
 この全存在的なショットとは、どこから来ているのだろうか。いや、ここで問いを立ててみるとすれば、このようなショットを我々は見たことあるのだろうか? いつ黒に落ちて終幕するかもしれぬ絶対度の緊張に満ちた画面と表現すればよいのだろうか、このような物語から乖離した画面の張力を我々は見たことがあるような気がしてならない。
 昨今言われるように、これを仮に「ドキュメンタリーの視線」と呼んでみることにする。実際、映画祭によっては『コロッサル・ユース』をドキュメンタリーとして扱っているし、演技経験のないアマチュアを使い、彼らが実際に生活している住居で撮影していることからすれば当然といえるかもしれない。しかし、考えてみれば、すぐれた劇映画はどれも俳優のドキュメントといえるし、優れたドキュメンタリーは現実に対し、ある形而上学的な視座を与えるという意味においてフィクションである[*1]。ブレッソンの『バルタザールどこへ行く』(1966)を思い起こせば、傑作と呼ばれる作品の瞬間瞬間は、ドキュメンタリー的であることは歴史的に明確。だから、今更この不毛な議論を蒸し返しすのは絶対回避すべきであり、「フィクションとドキュメンタリーの違い」という言葉を禁ずるところで思考を紡いでゆくべきであろう。
 では、「違い」という言葉を口にできない我々に、何が残されているのか。同じ映画的地平で映像を紡いでいる、つまりフィクションとドキュメンタリーの <間>を渦状に旋回しながら、現実に潜む過剰さを掬い取ろうとしている、昨今のジャ・ジャンクーを見つめ直してみたい。世界最大の人工貯水湖となる三峡ダムとその底に沈んでしまう町々の混乱をバックに中国人画家の活動を捉えた『東』(2006)、そしてまったく同じロケーションに俳優を呼んで撮影した『長江哀歌』(2006)のことである。

 『長江哀歌』では、共産党により強制立ち退き・建造物取り壊しが着々と進む中、住処を失った三峡の住民が路頭に迷い、霧深い岸辺をさまよう。また仕事や住居を失っていない人間も不安に襲われ、役所の官僚を問い詰め、なんとか自分だけは救われようと押し問答を繰り返す。どれも現実に進行している地方共産社会の混乱をそのままHDキャメラで捉えているのだが、大胆なのはその混乱に、さらに俳優を参加させ、フィクションシーンを撮ってしまう点にある。見るからに幸薄そうな中年の炭坑夫(ハン・サンミン)が鞄ひとつで三峡の町・奉節へ音信不通の妻を探しにやってきて、心当たりのある義兄の住む舟を訪ねるが、「知らない」と冷たくあしらわれる。少しでも手がかりをつかもうと舟の二階を見回していると、裸の労働者たちが昼食を手に次々に空間を占有し、無言でずるずると油麺をすすり始める。義兄との対話はまるで遠い過去の出来事であるかのように、裸の男たちがひしめき合い麺を食い続ける時間は、ぐーっと引き延ばされ、空間が揺らいでくる。そして、いつ画面がフェイドアウトし終幕してもおかしくない抽象性へと昇華してゆくのだ。それはまさしく『コロッサル・ユース』の白いマンションの一室の空漠さに通じ合っている。
 『東』では、中国人画家が小雨が降る灰色の空をバックに、取り壊し中のビルの間を漂う。彼は、まるで消失した街を彷徨う亡霊であり、まさしくリスボン郊外のスラムを歩くヴェントゥーラを想起させるのだが、厳しい環境下に生きる男たちが眉間に皺を寄せることなく、無表情で鈍い痛みに耐え続け、世界の底へと沈んでゆく旅は、恐ろしいまでに孤独である。

 これらの作品に通底する性質をいくつか挙げるとすれば、

1 )曇天の荒廃した土地やスラムで撮影。
2 )少人数(もしくはたったひとりの)クルーで、被写体の生活環境を乱さないまま、記録するように撮影を試みる。
3 )物語の連続性が希薄で、画面の説明的要素、つまり物語が要請する期待への応答が画面にほとんど閾入しない。
4 )話者が不在である。

ことだと思う。

 1 )は補足する必要はないがひと言。いわゆる社会派ドキュメンタリーとして受容されている社会問題追求型の作品構成、またはエクリチュールとして作品がもたらす社会問題のコンテクスト形成は、周到に避けられている。つまり、貧困が描かれている、と容易に括ることを映画が拒否しているということだ。コスタは「貧困などどこにも写っていない」、と言うに違いない。
 2 )については、16ミリキャメラとポータブル録音機(ナグラ)の同期が可能となった60年代から少人数での撮影はずっとなされてきた。デジタルビデオカメラによって、さらにその小型化、少人数化が進み、現場でクルーの存在感を限りなく消失させ、環境にとけ込んだかのようにして、撮影をすることがより可能となった。ここで注目すべきは、撮影クルーの機動性ではなく、驚くべきカオスが展開している現実を目にして、それにすぐさま反応しキャメラを廻す報道的反射神経を、映画として定着するために、作家たちはひとつ息を落ち着かせて、フィルム的時空へと変換させるべく思考を深化させていることである。それは批評的思考と呼んでもよいかもしれない。スイッチを押せば写ってしまうビデオ時代において、あくまで視座を選択し、フィルムを紡ごうとする作家活動がそこにある。首都の外側に広がる無名のスラムの荒廃や、政府に否応なしに抑圧され水没してゆく町を目にし、何が撮れるかはわからぬが、とりあえずキャメラを廻してゆく覚悟ともいえる。あらかじめ用意された台本ではなく、キャメラが廻る直前、またはキャメラが廻っている瞬間に考え、もがきながら、何かを発見してゆこうとする作家の息づかいが画面に定着されているのだ。
 3 )前述のように、『コロッサル・ユース』ではヴェントゥーラが何を求め徘徊しているのか、どこへ向かっているのかは提示されないし、知りたいと思わせる舞台装置が排除されている。ジャ・ジャンクーにおいても主人公の旅人(ハン・サンミンとチャオ・タオ)は、各々行方知れずの妻や夫を捜しているものの、その説話的情報が必ずしもシーンに関連してくるわけではなく、ドーンと破壊される廃墟ビルや長江の遊覧船に屯する人々の群像などが突出していて、物語の直線性を希薄にしている。伏線やカタルシスといった構造的ドラマツルギーとはもっとも縁遠いのである。
 4 )話者の不在とは、ひとりかふたりの人物に映画が中心化することへ反発する磁力を指す。例えば『コロッサル・ユース』においては、ヴェントゥーラの彷徨というメインプロットがあるものの、細部を見つめてみると、彼の言葉はことごとく無視され、出逢う人物たちが漏らす不平や愚痴に取って代わられる。また、彼が何度となく口にする妻に当てた手紙も、代筆を頼むことで、他人の肉声によって反芻されるという、声の非中心化が進行している。ジャ・ジャンクーにおいては、『長江哀歌』の旅人たちや『東』の画家はともにレンズから距離を置いて捉えられ、チャオ・タオの驚くべき唯一のクローズアップを除いて、キャメラの客観は貫かれているかのように見える。我々はレンズの前の暗く沈む複数の横顔をじっと観察し続けるのだが、誰か特定の人物の心理へ映画が一挙に集約されてゆくということはなく、暗く湿り気のある画面はどんどん極まってゆくばかりである。

 ここで明らかになりつつあるのは、先ほど仮に「ドキュメンタリー的な視点」と呼んだものは、ドキュメンタリーに何ら関係なく、ただ映像作家の批評的思考によって選び抜かれた光であるだけ、ということだ。それは、物語が限りなく希薄な荒野で、陽の当たらないスラムに息づく人物たちの生態を見守るフィルム的持続に他ならず、我々は動物実験のようにある一定の距離を置き、じっと彼らの一挙手一投足を観察する。この非中心化の磁力が漲る場所で展開される透明な視座を「零度の画面」と呼びたい。これこそが上で触れた、いつ画面が途絶えラストショットになるかもしれぬコスタやジャ・ジャンクーの厳格さに他ならない。画面の質感、肌触りだけに身をゆだね、両生類のような老人の歩みや奉節を彷徨う炭坑夫の生態を見つめ続ける我々は、その存在の絶対性と気温の低さに身震いを覚えながら、画面の緊張に耐え続けるしかない。
 この「零度の画面」とどこかで肌を接しあっているのが、フレデリック・ワイズマンであろう。鈴木一誌により解析されているように[*2]「三無い主義」、つまりナレーションがなく、字幕・テロップがなく、音楽がない傑作群は、アメリカの組織(インスティチュート)にずぶずぶと入り込んでゆき、その人間模様と世界の豊かさを隈なく吸収せんとする貪欲な好奇心に貫かれている。周到な編集により話者は存在しないかのように装われ、現実の渦中に分け入ってゆくキャメラは、デトロイトの集団公営住宅(『パブリック・ハウジング』[1997])や、ニューイングランド地方の村社会(『メイン州ベルファスト』[1999])の世界へと我々を誘う。特定の人物にフォーカスすることはなく、大抵一度登場した人物は二度と現れないので、人的な心理描写の軌跡という意味での物語はない。「零度」たり得ないのは必ずしも曇天のスラムで撮っていないことぐらいである。しかし、『パブリックハウジング』で公営団地を無目的に徘徊する中年女性や警官は、世界に絶望すらできない過酷さを引きずっているさまがヴェントゥーラそのものであるし、『メイン州ベルファスト』の鰯缶詰工場の無機的な実存は、『東』の工場地帯の極まった暗さに通じている。

 レンズを通してさらに深く世界を知り、ずぶずぶとその中に沈み込みたいという欲望が上記の映像作家たちを支えているように思える。コスタのように周到に台本を書くかも知れないが、それはあくまでヴァンダやヴェントゥーラの生を受け止めるための指針としてである。つまり、ヴェントゥーラがヴェントゥーラである、という現実をフィルム上で確認するための告白として機能しているのだ。自らの想像上のキャラクターに沿って俳優を演出することはたかが知れている、世界の豊かさに映画を開いてゆくためには実在の人たちにキャメラが寄り添うしかない──そのような作家たちの記録衝動がここにある。小川伸介が辺田部落の生活に入り込んでいったように、撮影者自身がその世界に沈み込んでゆき、視界が徐々に展開してゆくさまを、キャメラに納めたい。そんな欲望が「零度の画面」の根底にあることを確認したい。

 しかし、現代映画の作家はそれだけでは終わらない。記録衝動に突き動かされつつも、さらにブレッソン的な厳格さを画面に探し求めている。それは表層の装飾を剥ぎ取り、同時代的な通俗性を無効にし、人物の存在の重みそのものだけを画面上に載せてしまおうという欲動といえようか。この欲動により初めて「零度の画面」が誕生するのだ。その誕生の過程は、コスタやジャ・ジャンクーのみならず、正当派ドキュメンタリー作品として受容されている『鉄西区』(ワン・ビン監督、2003)にも観察できよう。ワン・ビンはたったひとりで、藩陽の国営工場の内部の、あの洞窟のようなロッカールームの片隅に身を隠し、裸で歩き回ったり、突如絶望しけんかを始めたりする労働者たちの日々を記録した。しかし、人物を抽象化させる逆光ぎみのワイドショットや、何度となく反復される貨物列車の移動ショットは、地方都市の日常を描写しようという意志ではなく、ドキュメンタリーでも、フィクションでもない、「零度の画面」を志向するセンスの突出を表している。そう、あの9時間の巨編はその上映時間の長さにかかわらず、すべてのショットがいつ終幕してもおかしくない重力に満ちているのだ。この中国人作家は、ただの映像記録でもなく、自身の映画的記憶への傾倒でもなく、現実の中にその身を差しだし、キャメラが廻る時間の中で映画を発見していったといえる。

 ある過酷な現実があり、その世界に身を沈み込ませ撮影したいという記録衝動に突き動かされ、キャメラを廻し始める。その最中、はっとたじろぐような美しい影や身振り、声の重厚さに身を委ね、彼らが息づいている空間を丸ごと昇華してしまう抽象美をショットの中に発見してゆく──こうして「零度の画面」が創造されてゆく。そこではフィクション、ドキュメンタリーの「違い」は始めから不問、物語は希薄化し、人や物や風景の実存だけが投げ出される純粋な映像形態である。それは、見る者が、動物観察をするかのようにじっと視線を送り、批評的思考を更新しなければならないという点でワイズマンと接しあっており、人物たちが生活している風土そのものにキャメラが沈み込んでゆくという点で侯孝賢と対話し、虚実の<間>で映画を発見している点でキアロスタミに通底している。これらの巨星は映画というひとつの恒星を周回する衛星であり、恒星が放つ光と影は、虚実の両側面を指し示しているかに見えて、実は同じ星々の表と裏を照らしているに過ぎない。
 一点確認しておくべきなのは、従来使われる制度的なプロットや求心的な物語化という意味での「構成」と、上記のブレッソン的な厳格さによる抽象美によってもたらされる「構成」は、本質的に違うということだ。両者ともフィクションであるという共通項はあるものの、前者はひとりもしくは限られた主人公たちの心理に収束されるコンテクストであり、後者は、即物的な画面の実存性を重ねることにより生み出される非心理的な「展開」である。その「展開」のあり方において、コスタやジャ・ジャンクーの傑出した作家性が多様に現出するのであり、それは我々を映画に惹きつける根源的な場所である。「零度の画面」がどう「展開」するのか、フォーマット(35mm、HD、SD……)、フレーム(スタンダード、シネスコ、16:9など)、構図、照明、そして俳優の動きに還元される具体的な画面論として、次回以降掘り下げてゆきたいと思う。

[続]

『コロッサル・ユース』 JUVENTUDE EM MARCHA

監督:ペドロ・コスタ
撮影:ペドロ・コスタ、レオナルド・シモンイス
編集:ペドロ・マルケス
録音:オリヴィエ・ブラン
音編集:ヌーノ・カルヴァーリョ
出演:ヴェントゥーラ、ヴァンダ・ドゥアルテ、ベアトリズ・ドゥアルテ、イザベル・カルドーゾ、グスターヴォ・スンプタ、シラ・カルドーゾ

2006年/ポルトガル・フランス・スイス/155分

URL: http://www.cinematrix.jp/colossalyouth/

『長江哀歌』 三峽好人 STILL LIFE

監督・脚本:ジャ・ジャンクー
撮影:ユー・リクウァイ
音楽:リン・チャン
出演:チャオ・タオ、ハン・サンミン
製作:エクストリーム・ピクチャーズ
共同製作:上海フィルム・グループ

2006年/中国/113分

URL: http://www.bitters.co.jp/choukou


[脚注]
*1.
まとまった論考として、佐藤真の遺稿「ドキュメンタリーもフィクションである」(『現代思想』35巻13号[2007年10月臨時増刊 総特集*ドキュメンタリー]所収, 青土社, 2007年.)を、ぜひ参照されたい。

*2.
鈴木一誌「話者の消滅──フレデリック・ワイズマンの位置」(同上所収)より。

29 Jan 2008
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