Anthology Film Archives──
アンドリュー・ランパート氏 インタビュー

インタビュー

   2007年3月14日から20日にかけて、NYのAnthology Film Archives(以下アンソロジー)[1]では「MAGIC IN MUSIC AND MOTION: THE SIGHTS AND SOUNDS OF HARRY SMITH」と題してハリー・スミス[*2]作品の上映が開催された。ゴシックなモチーフのコラージュとミュージック・コンクレートの夢幻世界を体験する『NO 12: Heaven and Earth Magic』(1957-62)の保存用に新たに製作したプリントも特集の中でプレミア上映された。作品自体はアンソロジーでも上映したことがあるものだが、よりきれいな映像と音に惹かれてたくさんの観客が詰め掛けた。保存企画の担当者であるアンソロジーのアーキヴィスト、アンドリュー・ランパート氏にハリー・スミス作品及びその他の映画の保存についてうかがった。なお、ここでは保存(Preservation)は完全保存用のネガとプリントを作り収蔵するという意味で使っている。
(取材・構成:碓井千鶴)

ハリー・スミス所蔵作品について

碓井千鶴(以下C):アンソロジーではたくさんのハリー・スミス作品を所蔵なさっていますが、アンソロジーとハリー・スミス(以下ハリー)の出会いについて教えていただけますか。

アンドリュー・ランパート(以下A):1950年代にハリーがNYに来た当初はまだアンダーグラウンド映画界にはまったく参加していませんでした。当時、イースト・ヴィレッジのセント・マークスにはファイブ・スポットというコルトレーンやモンクやドルフィーなどが演奏していた有名なジャズクラブがあり、ハリーはそこでカウンターに席を取りジャズのスィングに合わせてギュイン、ギュインと何か描いたりしているエキセントリックな常連アーティストとして知られていました。アレン・ギンズバーグはハリーとの間に共通の知人が数人いるような関係で、もちろん彼が素晴らしい、クレイジーなアーティストだと知っていましたがそのジャズクラブでふたりは出会うのです。意気投合したふたりはその夜にハリーのアパートに行きハイになりながらハリーの作品を見たそうです。そしてその日、ギンズバーグは『NO 12: Heaven and Earth Magic』のプリントを購入したそうです。ともあれ、ギンズバーグはジョナス・メカスにハリーに会うよう勧め、そしてハリーはNYアンダーグラウンド・カルチャーに仲間入りをしたのです。

C:アンソロジーではたくさんのハリー作品を所蔵しているようですが、それらはどのようにしてコレクションに加わったのでしょうか。また、フィルム以外の所蔵品にはどのようなものがありますか。

A:ハリーはアンソロジーのアーティスト・イン・レジデンシーとして数年間、現在のこの建物のこの部屋に住んでいました。そこの壁にかかっているのは彼の作品です。彼は自分の作品を壊してしまうことで有名で、本当のオリジナルの『NO 12: Heaven and Earth Magic』は1960年代に失われるなど、彼の作品は次々に失われていました。彼がここに住んでいる間、破壊から守るためにアンソロジーは作品を購入していました。購入し所蔵していても、ハリーは上映料を手にし、またフィルムそのものへのアクセスも許可されていました。購入の目的はフィルムそのものを守ることだったのです。こうして、現在アンソロジーが持っているハリーの作品、たとえば『Mahagonny』(1970-80)、『NO 12: Heaven and Earth Magic』など多数の作品が所蔵されました。現在アンソロジーはハリーの映画作品の約70%を所蔵するほか、200箱以上の彼のフィルム素材、絵画作品、ドローイング、そして彼が持っていたレコード、本、日用品、集めていた紙飛行機などをも所蔵しています。

ハリー・スミス作品の保存について

C:ハリーの『NO 12: Heaven and Earth Magic』の保存に至った経緯を教えてください。また、今回原版に使われたフィルムはどのようなものだったのでしょうか。

A:今回保存したハリーの映画は『NO 12』です。あるいは『Heaven and Earth Magic』と呼ばれる白黒のコラージュ・アニメーションで、1957年から62年にかけて彼がチェルシー・ホテルに滞在中にその部屋で制作したものです。ハリーは1940年代から映画を撮り始めましたが、初期の彼の作品はフィルムの上に直接絵を描くもので、必ずしも撮影したものではなくフィルムをキャンバスのように使ったものでした。そのようにして作ったフィルムをループ上につなげたもので『Early Abstractions』(1964)というものがあり、これもアンソロジーでは少し前に保存しています。アヴァンギャルド映画の名作として『NO 12: Heaven and Earth Magic』には数年前から注目していましたが、ニュープリントを焼くためのネガが存在しませんでした。今まではネガがなくてもポラロイドと同じ手法でポジから上映用プリントを焼くことができたのですが、ここ数年、大手フィルム製作会社のコダックがその種のフィルムを販売リストから外すなどフィルムの入手が困難になり、つまりはネガなしには新しいプリントが焼けなくなってしまいました。残っているものはハリーが部屋で制作したオリジナルプリントから焼いたプリント、つまりオリジナルから1ジェネレーションのものでした。サウンド用のマグネティックテープをサイドにつけた16ミリでマグ・トラックと呼ばれるものです。そのプリントがクオリティー、映像、音質のすべてにおいて最良のものだとわかったので、これを元に保存用素材を作ることを決めました。

C:保存(Preservation)と言った場合、どのような保存用素材を作るのでしょうか。また、この作品は保存に対し助成金を受けていますが、それについても教えてください。

A:ラボはNYのCinericに依頼しました。彼らのところで新しいネガを作り、新しいサウンドトラックを作り、それらから新しいプリントを作りました。それが一旦出来上がると、ネガとサウンドトラックをもうひとつずつ焼きます。1組は上映用素材を作る原本として使われ、もう1組はメーン州の保存庫で温度・湿度を管理して保存しています。これらは絶対触ってはいけない、完全保存用です。今回の保存企画はThe National Film Preservation Foundation(NFPF)[*3]の助成を受けて行いました。助成の対象は歴史的に意味のあるものや今まであまり注目を浴びず保存がなされてこなかったものなど、アヴァンギャルド映画や記録映像なども対象に入っています。優先的に守るべき「名作」であることは重要ですが、私たちは歴史的価値があることや文化的価値、あるいは美的価値があるという主張をもとに申請することができます。彼らはそれらに対しお金を出そうとしてくれます。今回は"ハリー・スミス"だったので議論の必要はありませんでしたが。

C:新しく焼きなおすことによって、画質・音質はどのようになったのでしょうか。

A:ニュープリントはハリーが当時作ったものよりもずっと良い状態です。画質は10倍もシャープになっているし、音質も大変改善されました。それらはラボで出来る技術レベルが当時とまったく違うから良くなったのです。16ミリのサウンドはひどいものでしたが、今回バランスを調整し素晴らしい状態になりました。

C:NFPFの映画遺産保護のための助成では普及用プリントの製作などが義務付けられていますが、アンソロジーではどのようにフィルムの配給などを行っているのでしょうか。また、NFPFはDVD化をひとつの普及方法と考えて積極的に取り組んでいますが、今回の『NO 12: Heaven and Earth Magic』はDVD化の予定はありますか。

A:保存する際には、保存用のプリントをひとつと上映用のプリントをいくつか作ります。基本的に1本はアンソロジーでの上映用でもう1本は配給用としてフィルム・コーポレーティヴというところに預けています。できるだけ多くの場所で多くの人に鑑賞してほしいので、NY映画祭やロッテルダム映画祭をはじめ、各国の映画祭やいろいろな美術館などで上映してもらえるよう努力もしています。今回の保存の目標は今年の末までにDVDを作ることです。そうすれば遠くに住んでいて映画館に来ることができない、あるいは現在鑑賞形態としては困難になっている16ミリしか手に入らず見る方法がない、という人たちにも鑑賞の機会を与えられるからです。今は多くの人が自宅や教室のTVやパソコンのモニターでビデオやDVDを用いて映画を鑑賞します。フィルムアーカイヴとしてフィルム素材であることを唯一の保存方法とし、新しくネガを作り上映用プリントを焼くということをしますが、一方でDVDやビデオがなければその作品を鑑賞できる人々の数はわずかなものになってしまいます。インターネット上では誰かがビデオなどからコピーしたハリーの作品を見ることができてしまうかもしれません。でもそれは、作品を「コピー」したものでしかなく、とてもひどいクオリティーで映画を見たとはとても言えません。鑑賞の機会がなくなってしまったらフィルムは単純に歴史的遺物になってしまいます。フィルムは生かされるため、人々に見てもらうために保存されるべきなのです。ビデオ化、DVD化をしても、もちろんフィルムでの上映をやめるわけではありません。フィルムでの鑑賞機会を作り続け、もしどこかが上映をしたいと言えば当然DVDではなくフィルムで上映してほしいと思います。たくさんの人に見て欲しい映画だからこそ保存し、そしてDVD化によって多くの人に知ってもらい、機会があればぜひフィルムで観てほしいと考えています。

アンソロジー・フィルム・アーカイヴスにおける保存活動

C:アンソロジーが保存する際の作品の選択基準のようなものはなんでしょうか。

A:おおまかに言うと3点あります。オリジナルまたは現存で最良の素材を所蔵していて、アンソロジーが責任を持って保存するべきと思われるもの。世の中にあまり知られていないが重要な作品で再評価するべきだと考えられるもの。伝説的な有名作品であるかは問いません。褪色など素材の劣化の危機にあるものや上映フォーマットとして困難になってしまっているもの。たとえばキャロリー・シュニーマン(Carolee Schneemann)の作品はスーパー8で作られそのまま所蔵されていますが、現在ではスーパー8のものを観ることは難しくなっています。このような場合、35ミリのフィルムに移し鑑賞しやすい形にすることはとても重要です。アンソロジーでは約23,000本の映画、約5,000本のビデオ作品を所蔵しており、今までに総計約700本を保存してきました。年間では平均20〜25作品を保存しています。今年は十分な助成金がもらえたのでケン・ジェイコブズ(Ken Jacobs)、キャロリー・シュニーマンなどたくさんの映画作家の作品を保存する予定で、50〜60本にのぼります。

C:保存用素材はどのような倉庫で保管なさっているのですか。

A:アンソロジーの保存用倉庫は低温・低湿度に保たれています。華氏50度(摂氏、約10度)、湿度30度です。そして素材によってはもっと低い温度の倉庫もあります。基本的にオリジナルとネガはメーン州のNorth East Historic Filmsというアーカイヴに保存しています。数年前、そこはハイテクな保存庫を外部に貸しはじめたのです。フィルムを保存する際にはすべてを一箇所に集めるのは危険なので、リスク回避のために新しいプリントと古いプリントをアンソロジーに、新しいネガをメーン州に、そして他のものを他の保存庫に保管するなどしています。地理的に分けて保存することはとても大切です。

C:アンドリューさんはアンソロジーの唯一のアーキヴィストだと聞いていますが、どのようなことを担当なさっているのですか。また、アメリカはインターンシップ制度がさかんですが、アーキヴィストをめざす学生たちにはどのような仕事を任せているのでしょうか。

A:アンソロジーの正規スタッフは5人で、更にひとり劇場担当者がいます。アーキヴィストは私ひとりで、その仕事の多くの部分はインターンやボランティアによって支えられています。アンソロジーはNY大学のムーヴィング・イメージ・アーカイヴィング・コースから毎学期数人のインターンを採用しています。彼らにはフィルムのチェック、つまりアーカイヴにおける重要な仕事のひとつであるカタロギングのための正確な情報をフィルムから読み取り、フォームに記入するということを任せています。たとえばキズ、スプライス、ダメージなどです。また、簡単なリペアやリーダーをフィルムに付けることもやってもらっています。私はそれらの通覧・管理と保存のための助成の申請及びフィルム保存・管理に必要なことをすべてやっています。現在はいくつものプロジェクトを抱えているので、NY、コロラド、カリフォルニア、メリーランドとアメリカ各地の5つのラボと密な連絡を取り合い、プロジェクトを進めています。また、私はアンソロジーの3人のプログラマーのひとりでもあるので、レギュラー・スクリーニング(エッセンシャル・シネマ)だけでなく映画祭や特集上映などを組んでもいます。実は自分でも作品を作り発表していて、2台のプロジェクターで映像を投影したパフォーマンスを何人かのミュージシャンとともに行ったりもしています。

C:アンソロジーはいくつかのフィルム保存の組織に属していますが、それらへの参加の意義と期待なさっていることがあれば教えてください。

A:The International Federation of Film Archives (FIAF)やAssociation of Moving Image Archivists(AMIA)などに参加していますが、これらの組織は保存のための基準を設けるのでとても重要だと思っています。今年はFIAFに参加できませんでしたが、今後世界各国のアーキヴィストとデジタル技術について話し合う機会が持てることを期待しています。今までは無視してきたかもしれませんが、これからは本当にビデオやDVDといった素材に対してどうするべきか考える必要性を感じるからです。年度毎に保存の企画を考えるとき、デジタル化を最終的な素材のひとつとして考えています。なぜなら、16ミリ映写機による上映はより一層困難になり、35ミリは家庭や学校などで上映するには大変だからです。もちろんデジタルがフィルムにとって代わられるべきだとは思っていません。両方を上手く使い分けることが必要なのです。

[完]


1. Anthology Film Archives
NYのイースト・ヴィレッジにある非営利映画館・フィルムアーカイヴ。自身映像作家でもあるジョナス・メカスがディレクターを務める。1970年にオープンして以来、ニューヨーク派、アンダーグラウンド映画を中心に数々の実験映画作家を紹介してきた。110プログラム/330作品のレパートリーからプログラミングされた上映シリーズであるエッセンシャル・シネマ、監督特集、映画祭、実験映画、若手作家紹介シリーズ、演奏付き上映など幅広い企画を開催している。会員は無料で見られるエッセンシャル・シネマは確固たる映画史的見地から選ばれた名作で構成されており、映画教育的意義も大きいシリーズである。

2. Harry Smith
1923-1991。オレゴン州生まれ。サンフランシスコでアーティストとしての頭角を現した後、グッゲンハイムの奨学金を得て1950年にNYに移る。ボブ・ディランをはじめたくさんのミュージシャンに影響を与えたといわれるフォーク・ソングのアンソロジー『Anthology of American Folk Music』をリリースした音楽研究者でもあった。その他にも民族学研究者、錬金術師など様々な顔を持つ多彩なアーティスト。

3.National Film Preservation Foundation
アメリカ連邦議会により1996年に創設された非営利組織で、アメリカの映画遺産を守ることを目的とし、全国的にアメリカ映画の保存を推進し学習や教育、上映のために活用できるようにするための支援活動を行う。同時に文化資源、芸術形式、歴史の記録としてフィルム保存の責任への認識をうながすことを目的としている。公的援助なしには残せないアメリカ映画を守ることを最重要とし、図書館・美術館・アーカイヴなどに助成金を与えるほか、大小の組織の共同プロジェクトなども支援し『Treasures』と題したDVDセットも発売している。NFPFの助成システムには保存用マスターと上映用プリントを作るためのもの、保存・復元・修復の複合的な企画、アヴァンギャルド映画の発展のために重要な映画作品の保存などがある。それらの助成は保存用素材の制作と普及用のプリント製作に対し与えられる。

18 Sep 2007
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