[エディトリアル]イメージの盗人たち

editorial ] [ 特集記事 ]  
土田 環

 世界で最も売れている絵葉書のひとつは、昼夜を問わず観光客を集めている、パリにそびえ立つエッフェル塔のものである。1889年の万国博覧会にあわせて建設されたこのモニュメントは、1887年1月8日の協約により所有権をパリ市が、経営権をギュスターヴ・エッフェル(1832-1923)が所有することになった。1890年1月1日から1909年3月31日までエッフェルには収益権が与えられ、その経営権も1910年1月1日からさらに70年間認められることになる。だが、建設に携わった技師たちから挙がった抗議の声を前に、エッフェルは塔のイメージを商品化する権利の取得は諦めざるを得なかった。プランタンの社長ジュール・ジャルゾは、エッフェル塔の独占的な版権を売るように持ちかけたというが、その著作権はパブリック・ドメインに帰することになったのである。

 ところで、その「エッフェル塔を売った男」として知られ、クロード・シャブロル監督の『世界詐欺物語』(1964)のフランス篇の原案ともなったのが、ヴィクトル・ルースティック(1890-1947)というチェコ生まれの詐欺師である[*1]。万博時から美観を損ねるなどの理由から建設に反対の声もあったエッフェル塔は、1909年にはいったん取り壊すことが決められており、無線電信に役立つという理由から解体撤去を免れたものの、1925年には全面的な修理が必要との見解が新聞等にも出るようになっていた。ニューヨークで出会った手下のダン・コリンズという男とともに逓信省長官代理になりすましたルースティックは、フランスの5つの解体業者を極秘裡に呼び集め、リムジンに彼らを乗せてエッフェル塔の案内をした後で、偽の入札を開催したのである。莫大な量の鉄骨に目をくらませた業者のひとりアンドレ・ポワッソン氏から金を巻き上げたルースティックはウィーンへと消える。6ヶ月後にパリに舞い戻った彼らは、同様の手口で別の業者に接触するが警察に通報され、危ういところをニューヨークへ逃走するのである(その後、ルースティックは1934年に逮捕されアルカトラズ刑務所に収容されることになる)。

 いまではエッフェル塔がその代名詞ともいえるであろう、パリの18世紀から19世紀を舞台に活躍した魅力ある実在の犯罪者といえば、パン屋の見習いからこそ泥を経て、密告者、国家警察のパリ地区犯罪捜査局長にまでなったフランソワ・ヴィドック(1775-1857)を挙げることもできるだろう。エドガー・ポー『モルグ街の殺人』にも影響を与え、近年ではジェラール・ドパルデュー主演で映画化されているが(『ヴィドック』[2001、ピトフ監督作品])、ダグラス・サーク監督作品『パリのスキャンダル』(1946)でジョージ・サンダース演じるヴィドックを忘れることはできない。サンダースという俳優が生涯に渡って醸し出していたいかがわしさ(『レベッカ』[1940]、『マンハント』[1941]、『幽霊と未亡人』[1947]、『イタリア旅行』[1954]……)は、ユーモアある希代のペテン師を演じるにふさわしいものであっただろう。サークの演出、とりわけ、脱獄したサンダースと相棒が、警察から逃れるために夜を明かした教会に飾られる宗教絵画、ドラゴンを倒す大天使ミカエルのモデルとなり──そのまま乗っていた馬を盗んで逃走してしまう──教会へやって来た警察長官の娘が完成した絵画のなかの聖人に一目惚れするという展開のなかだけでも、猥雑なその魅力は十分に活きている。イメージそのものにとって代わることで、心までかすめ取ってしまう泥棒。映画は正義であるか悪であるかにかかわらず、人をひきつけてやまない盗人を描いてきたのである(ヴィドックに関しては、『わが名はヴィドック』[*2]、『ヴィドック回想録』[*3]が出版されている)。

 ところで、2003年より実施されているエッフェル塔の照明による装飾は、パリ市によって著作権が取得されている(2005年2月2日付)。つまり、エッフェル塔自体の著作権はすでにパブリック・ドメインに帰属する一方で、許諾なしにライトアップされた夜景の映像を公的に使用すれば、著作権を侵害したことになってしまう。物そのものの所有権や著作権はともあれ、肖像権さらにはイメージそのものが誰に帰するのかという問題は、映画というメディアの核をなしつつも十分な議論はこれからとなるだろう。

 映画が魅力ある泥棒を描いてきたように、泥棒もまたイメージに引き寄せられてくるのである。エッフェル塔の照明をめぐる著作権問題は、イメージという具体的な物としては脆弱な、しかし、たしかにこの世に存在するものが抱え込む、掴みどころのなさを浮きあがらせる。あえていえば、イメージそして映画の魅力とは、希代の詐欺師たちを振り向かせるほどのいかがわしさをその本質とするのではないか。倫理性を問う前に、携帯電話のカメラで盗み撮られたフセイン処刑の映像は、事実としてインターネットを通じ世界に配信されている。盗むものなどないほどに、現代社会において映像は「流通」し「氾濫」しきっているのかもしれない。しかし、インターネットというネットワークのなかで安易に共有され、また、共有そのものを目的とする配信映像には、イメージのいかがわしさも美しさもまったく感じさせないほどに平板なものではないだろうか。映画における21世紀の盗人はどのような盗みを見せてくれるのだろうか。



*編集部の事情により更新が大幅に送れ大変申し訳ありません。夏に向けて徐々にペースを戻していく方向です。次号はアーカイヴ特集となります。更新までしばらくお待ちください。




脚注

1.
James F. Johnson and Floyd Miller, The Man Who Sold the Eiffel Tower, 1961, Doubleday & Company Inc.

2.
『わが名はヴィドック』ジェイムズ・モートン著, 栗山節子訳, 東洋書林, 2006年.

3.
『ヴィドック回想録』三宅一郎訳, 作品社, 1988年.

10 Apr 2007

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