L'air de Paris! ──新生ル・ステュディオ エルメスに吹き込むパリの風

衣笠真二郎

 2001年以来、実験的で多彩な上映プログラムによって観客を魅了してきた「ル・ステュディオ エルメス」がリニューアルオープンをむかえた。この上映施設があるのは、レンゾ・ピアノによるガラスブロックの建築としても名高い、銀座メゾンエルメスの10階。ガラスを通して差しこんでくるやわらかい光が、館内にここちよい明るさを与えており、来場者はおおきな空間的な広がりを体感できるようになっている。上映がはじまればガラスブロックの壁に厚いカーテンが引かれ、館内はまったくの暗闇になる。闇に閉ざされるためにある映画館という場に、光の空間がつくられているのがル・ステュディオのデザインのユニークなところだ。この度のリニューアルにあたっては、観客がより快適に映画を楽しめるように館内が一新された。

『北駅』(ジャン・ルーシュ篇)
 エルメスの本年のテーマは「L'air de Paris(パリの空気)」。それにあわせたリニューアル最初のプログラムに選ばれたのは『パリところどころ』(1965)。都市と映画のいきいきとした空気を同時に呼吸しているこのヌーヴェルヴァーグの傑作は、いつ見ても古びない。リニューアルオープンに際して来日したプログラム・ディレクターのパトリック・バンサール氏もそれを確信しているという。「『パリところどころ』と現在のあいだにある時間的隔たりが気にいってます。40年前にデザインされたドレスがいまもって流行遅れになっていないような雰囲気があるからです」。プログラムのポイントをそのように語るバンサール氏に、さらに話を聞くことができた。

 『パリところどころ』の上映に多くの観客がつめかけ成功を収めていた当時、パトリック・バンサール氏は批評家として活動しはじめていた。70年代にはいくつもの映画制作に関わりを持ち、1982年から「シネマテーク・ドゥ・ラ・ダンス」のディレクターを務め、身体とダンスについてのフィルムを国内外で上映してきた経歴を持つ。2001年以来、ル・ステュディオのプログラムディレクターを務めるバンサール氏が、新たにこのル・ステュディオで観客に差しだそうとしているもの──それは肌でいきいきと実感できる体験そのものだ。

『エトワール広場』(エリック・ロメール篇)
 「このヌーヴェルヴァーグの作品を選んだのは、それまでのパリのイメージを刷新した映画だからです。ハリウッドが空想をふくらませて描いた『巴里のアメリカ人』(1951)のようなパリではなく、映画作家たちが自分の目でじかに見たパリが『パリところどころ』の中には映しだされているのです。そこには必ずしも心地よい風景だけが広がっているわけではない。『北駅』(ジャン・ルーシュ篇)では、窓の外に建築工事の風景が広がっていましたし、『エトワール広場』(エリック・ロメール篇)では、RER(Réseau express régional:近郊急行鉄道網)の建設工事のために凱旋門付近に大渋滞が起こっていました。社会が大きな変貌をむかえようとしていたときに、映画が街路の中に入っていったのです」。

 パリという都市とそこに住む人々をダイレクトに撮影した映画は、監督たちの等身大の視線によってだけではなく、当時の技術的な革新が可能にさせた一面もある。「60年代からは、撮影機材が改良されたおかげで映画がぐんと軽やかになったのです。たとえば16ミリカメラを肩に担いで屋外で撮影することが可能になりました。そうした技術的な革新なしには、『北駅』のような映画、さらにいえばジャン・ルーシュという映画作家自体は生まれなかったでしょう。いつでも移動できる軽さと自由さを得た映画作家たちは、それぞれの文体を獲得し、それぞれのエッセイを綴ることができるようになった。そのエッセイの集まりが『パリところどころ』だといえるでしょう。映画が、人生の中にまでも入ってきたのです」

 「この映画はエンターテイメントを第一にした作品ではありませんが、観客には楽しんでもらいたい。好きになってもらいたい」と語るバンサール氏。全6話の中で、いまでも不思議と気にかかっているのが『エトワール広場』だという。「ロメールのパートはきわめてミステリアスだと思います。シャツの販売員とホームレスの男のあいだに巻き起こる事件、そして彼らの行動そのものが謎に包まれています。すべてがなんとも曖昧で、彼らの心理を推し量ることも難しく、突然ばたっと幕が降りる。そこには居心地の悪さ、把握しきれなさが残る。私もそれをなんと言ったらよいのかわかりません。ロメールがそれまで語ってこなかったものがぎろりと姿を現してしまったような、いってみれば告白といえるものがここにはあるのかもしれません」。ロメールの「告白」とはいったいなにか。これについては、バンサール氏が観客たちにむけた疑問だと考えておこう。つまり、もう一度ロメールを見直し考えるための大きなクエスチョン・マークとして。


『モンパルナスとルヴァロワ』(ジャン=リュック・ゴダール篇)
 不思議と気にかかってしまう部分はほかの挿話の中にもいろいろとある。たとえば『モンパルナスとルヴァロワ』(ジャン=リュック・ゴダール篇)。ここに登場する現代芸術家と肉体労働者の姿はなぜにこんなにもそっくりなのだろう。そのふたりを同時に愛そうとした女がそれに失敗してしまったのはなぜなのだろう。あるいは、芸術家と労働者の作業場の風景やそこでの色彩配置にアントニオーニの作品と似たものがないだろうか。いや、そもそもなぜゴダール篇だけふたつの街の地名をとりあげているのか、などなど。小さな作品たちからただよいだしてくる魅力的な不思議がたくさんあるのだ。

 「L’air de Paris」という同じテーマでもしほかの上映作品をプログラムに選ぶとしたならば? という質問に、バンサール氏からおもしろい答えが返ってきた。「そうですねえ、ジャック・ベッケルの『偽れる装い』(1945)が一番よいと思います。ほかには、ブレッソン『白夜』(1971)、ガレル『自由、夜』(1983)、ルノワール『素晴らしき放浪者』(1932)、デュラス『陰画の手』(1979)、それとカラックス『ポンヌフの恋人』(1991)などもパリを描いた傑作だと思いますね」。

 ル・ステュディオの今後の上映プログラムにおいても「人々に好奇心というものを植えつけていきたい。そしてまたこのメゾンに来ようと思わせたい」とバンサール氏は意欲をこめて語る。「ル・ステュディオのような映画プロジェクトを実践しているのは世界のエルメスのなかでも日本だけです。これはきわめて貴重で特別な活動なのです。そして、この活動自体が、エルメスの兼ねそなえている"エレガンス"の一部なのだと思います。エルメスで提供しているアイテムは、職人の手によって大切につくられた特別なものです。ル・ステュディオの活動もそれと同じ愛情をこめて日々つくられているのです」。


『パリところどころ』 Paris vu par...

第1話『サン・ドニ街』 監督:ジャン=ダニエル・ポレ
第2話『北駅』 監督:ジャン・ルーシュ
第3話『サンジェルマン・デ・プレ』 監督:ジャン・ドゥーシェ
第4話『エトワール広場』 監督:エリック・ロメール
第5話『モンパルナスとルヴァロワ』 監督:ジャン=リュック・ゴダール
第6話『ラ・ミュエット』 監督:クロード・シャブロル

1965年/フランス/1時間37分(ニュープリント版)

ル・ステュディオ エルメスにて12月23日(土)まで毎週土曜日上映。
*完全予約制/入場無料
[上映時間]土曜日のみ 11:00/14:00/17:00
[会場]メゾンエルメス10階 ル・ステュディオ
[主催]エルメスジャポン株式会社
*本上映会は完全予約制。鑑賞希望者は、来場希望日の3週間前から必ず下記の電話番号まで申し込むことが必要。
エルメスジャポン:03-3569-3611(平日 9:30〜18:00)。

21 Nov 2006
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