劇場は危険が一杯!──掛尾良夫インタビュー  

インタビュー

Introduction

 ここ数年、「日本映画復活!」の声をよく耳にする。興行収入全体に占める邦画の割合は昨年、41%にまで持ち直したという。年間入場者数もここ数年は1億6千万人台にまで回復している。バブル崩壊後の1996年には1億2千万人を切るところまで落ち込んでいたわけだから、数字のうえではかなりの復調ぶりを示していることになる。また、昨年の日本映画封切り本数は356本。こちらも同様に右肩上がりなのだ。
 しかし、こうした数字だけをとりあげれば劇的な復活にも思えるが、日本映画全体が一様にその恩恵に浴しているとはいいがたい現実もある。端的に述べて、日本映画の復活を牽引したのは、『踊る大走査線』(1998)以降のテレビ参入型メガヒット作品である。①テレビ局とのコンテンツの連動、②地上波等での大規模な宣伝、③自社配給網を最大限に活用した興行戦略。これが90年代以降、シネコンの台頭以後に生み出された新たな勝利の方程式である。ちなみに昨年度の興行収入の割合は、大手3社(東宝、東映、松竹)で85%を占めているのだが、残りの15%には、ますます多く製作されるインディペンデント作品がひしめきあっている。
 flowerwildは、以上の状況を念頭に置き、掛尾良夫氏にお話を伺ってきた。掛尾氏は現在キネマ旬報映画総合研究所所長であり、同研究所サイト等で、日本映画の興行をめぐる刺激的な論考を発表し続けている。特に、劇場・製作・宣伝等のあらゆるファクターを構造的に捉えた「プロデューサーの視点」による日本映画分析には定評がある。活況を呈するかに見える日本映画、その実態はいかに。
(聞き手:Y・H/三浦哲哉、構成:三浦哲哉)



「出口」としての劇場の問題

──市場全体を通せば好調のように見える現在の日本映画ですが、問題点があるとすればどこにあるとお考えでしょうか。

掛尾: 昨年356本の邦画が公開されましたが、東宝と東映と松竹の3社の配給で58本、約210本がインディペンデントで、それからピンク映画が84本。この大手とインディペンデントの配給本数と、興行収入のバランスが偏りすぎている。大手が主要な興行チェーンを保有していることもありますが、一方、この210本の映画についていえば、出口をきちんと想定したうえで製作しなければ、作っただけで終わってしまうということになりかねない状況だといえます。

──90年代にシネコンができたときは、小規模映画であっても劇場側が柔軟に作品を選ぶことができ、チャンスがあれば拡大公開されるだろうという期待もありましたが。

掛尾:シネマ・コンプレックスは効率のいい上映をすることで利益を最大にするのが目的ですから、当たる作品の上映回数を増やし、そうでない作品の回数を減らすということになる。まず東京で公開されたときに目立たない映画では、可能性もないということになるでしょう。そこに、最近はシネマライズやシャンテ・シネなどのトップを走る、いわゆる単館がチェーン・マスターとなってミニ・チェーンという中規模公開が増えてきました。そして、そこで上映する作品についても、中規模化しており、小規模のインディペンデント作品が押し出されることになっている。
 しかし、市場、つまりシネコンでもミニシアターでも、需要と供給、つまり配給側と観客のニーズによって循環すると思います。つまり、シネコンが娯楽映画一辺倒になれば飽きられるだろうし、また、無数のローバジェット単館映画が作られても、観客を掴めない作品は淘汰されていくでしょう。
 つまり15%の市場に210本の映画が流れこんでいるけど、それがこのまま続くとは思えない。そして、シネコン時代になって、『フラガール』(2006)、『木更津キャッツアイ ワールドシリーズ』(2006)のように、シネコンで上映される作品が増えてきている事実もあるわけだから、やはり、インディペンデントも強い映画を発信していかなければならないと思う。また、本当に強い単館映画は観客の支持を得ることができるでしょう。

──いま現在、シネコンはおくとして、東京には単館系の劇場がだいたい40くらいありますが、インディペンデント系映画の受け皿として、これで足りていると思われますか。

掛尾:日本全体では大体3000スクリーンあって、去年だとそこに750本余の映画が公開されているんですが、アメリカだと33000スクリーンに600本くらい、韓国は1500スクリーンに自国の映画83本に外国映画213本。比べれば、日本はスクリーンに対して作品数が多すぎるんです。だから「出口がない」という話になるんだけど、でも一方で、その8割くらいは当たっていないという状況もあります。そうすると劇場は劇場で苦しいわけです、当たる映画が少ないから。クリエーターにとっては、かけがえのない作品ではあるけど、一握りの熱心な劇場を除けば、当らない映画は劇場にとっては、早く打ち切りたい。東京では毎週12、3本ぐらいの新作が公開されていて、その中で注目を集めるということは難しいですよね。

──掛尾さんの著作を読むと、映画興行が「陣地取りゲーム」的側面を持っていることが非常にクリアに理解されるように思います。一大プロモーションのとられた映画は多くのスクリーンを占拠するから、ほかの映画が相対的にかからなくなるという事実に、ひとはもっと意識的であっていいと思います。

掛尾:昔に比べると、劇場公開のハードルはとても低くなったと思いますが、そこで、作り手が当たる映画を作れないという事実はやっぱりあると思います。繰り返しになるけど、クリエーターにとってかけがえのない作品であっても、年間750本も新作が公開されているなかでは、埋もれてしまう。クリエーターも、厳しい言い方になりますが、もっと戦略を考えたほうがいいと思います。塚本晋也監督が『鉄男』(1989)を作ったときは、相当目立ったでしょう。あれは塚本監督があの世界を好きだったということもありますが。いま、単館で上映されている製作費5千万円規模くらいの作品が多くあると思いますが、他の企画と差別化されているかとか、あまり意識されていない。“作りたい”ということと、“受け止めてもらえるか”というところで戦略がない。ソクーロフは『太陽』(2005)で昭和天皇、その前作はヒトラーを描いていますが、やはり、すごいなと思います。

──お隣の韓国の場合、政府が映画人の育成をきっちりやってきていますね。日本の映画教育についてはどうお考えでしょうか。

掛尾:プロデューサーに育って欲しいと思います。しかし、韓国と比較することが多いのですが、日本と韓国とは事情が違うので、教育した人材を送り込めば、彼らが活躍するかというと、日本では難しいと思います。つまり、日本は映画産業の歴史が長く、製作、配給、興行のあらゆるところで、出来上がった流れがあります。そこに、若い人が入っていっても、状況を変えることはとても難しい。ある意味、硬直化しているといえます。一方、韓国は歴史が浅く、日々変化し、いいものがあればどんどん変えることができる。また、プロデュースを教えるというのは、ビジネスを教えることだから、一線の人が教えなければ意味がないのですが、そういう人は忙しくて教える時間がない。また、若いときは、ビジネスより作ることの方が楽しいし、作品作りはある意味、技術だから教えることができる。映画をどうやって世に出すかということは教えにくいじゃないですか。こういうビジネスは年々変化するものだから、現場に出ているひとじゃないとわからない。監督志望のひとに、宣伝のことを考えろとか、劇場を見つけなさい、なんていったって、なかなか聞かないですよ。ところが急に、いまプロデューサーを育てろという時代になっている。ちょうど過渡期なんだと思います。


好調は持続するか

──掛尾さんは、現在の日本映画の好調が続くと思いますか? 

掛尾:さっきも言いましたが、観客の嗜好は一定周期で循環すると思います。違った言い方をすると、世代ごと動いていくということです。つまり、雑誌なんかもそうですが、ある時期、10代の若者に支持された雑誌があったとすると、その雑誌は読者とともに年をとっていく。つまり、年をとった読者が雑誌から離れて、若い読者が入ってくるということは少ない。そこで、ここ数年続いている傾向がどうなるか。20代だった観客が30代前半になって、そのまま映画を見続け、新たに20代になる人たちが同じような映画を見るか。また、テレビ発の企画を映画でやり、映画発の企画をテレビでやるという相互交流があったわけだけれど、お互いが持っていたカードを出し切ってしまって、現在少し手詰まり感があるのかもしれない。しかし、テレビ局は常に新たな視聴者を取り込んできたわけですから、また、新たな世代に向けてヒットの流れを作れる力はあると思います。とはいえ、やはり韓国の映画界は『トンマッコルへようこそ』(2005)や『王の男』(2006)を作れるような人材を生みましたが、では、日本の映画界が新たな方向としてオリジナルでああいう映画を作れるかというと、難しそうです。現在、日本映画は過渡期に入っていると思います。


日本の入場料金はなぜこんなに高いか

──入場料金についてお聞きしたいんですが、掛尾さんは日本の入場料金を下げるべきだと提言されていますね。皆思っていることだと思うんですが、そもそも、どうしてこんなに入場料金が高いんでしょうか。

掛尾:いま映画の平均単価が1250円で、1億6千万人の観客が入って、2000億円弱の興行収入があります。その1250円を1000円にして2億人に来てもらえたら、興行収入は同じでもはるかにメリットがあるじゃないかという仮説を立てることもできます。
 しかし、僕が提案するように本当に1000円にしたときに、果たして2億人来るのか。来なければ、2000億が1600億になるだろうという不安があります。一度下げれば値上げできないという恐怖感もある。切実な問題だし、インディペンデント系の劇場でも、下げられると困る、という声を聞きます。
 ただ、東京にいると映画は1800円という印象があるけれど、地方だとあらゆる理由をつけて1000円にしてるという。メンズデーとか。いま、ハリウッド映画は不調じゃないですか。そこでハリウッド・メジャーが邦画の配給をはじめました。『デスノート』(2006)がそうです。さまざまなことが変わりつつあります。同じように、入場料金も変わる可能性があると思います。

──入場者数が増えればまず活気が増すし、若年層へのある種の教育効果もあるだろうから、是非下げて欲しいと思うんですけれどね。

掛尾:ええ。高校生が3人集まれば1000円になるなんていってるけど、素直に3人集まらなくても1000円にすればいいのにね。3人集まらないといけないっていうセコいところがあるじゃないですか(笑)。ぼくは、中学生、高校生はもっと安くてもいいと思います。将来につながるお客さんなんだから。


ランキング主義を超えて

──ワーナーが邦画の『デスノート』を配給している一方、『ザ・センチネル 陰謀の星条旗』(2006)などの中規模作品が軒並み興行不振に陥っています。この状況が続くと、今後、見られるアメリカ映画の本数が少なくなるということも考えられますか。

掛尾:確かに、かなり危険なところにまで来ているのではないでしょうか。今年の20世紀フォックスは『X-MEN:ファイナルデシジョン』(2006)以外、厳しい結果です。昔、ハリウッドのなかには、日本にブランチを持っていない会社もありました。ブエナ・ビスタは東宝に配給を委ねていました。ロバート・アルトマンの『ポパイ』(1980)とか。ドリームワークスが現在、角川に預けていますよね。劇場公開なしでビデオ・ストレートになる作品も出てくるでしょう。

──映画ファンとしては、アメリカ映画も見られず、アート系単館映画も弱くなるとなると淋しいことこのうえないですけれども。

掛尾:でも僕らが若い頃は、あの映画が何で見れないんだ、なんていってたけれど、逆に今は、おそらく世界でいちばん多くの映画を見ることができる都市になったのだけれど、今度はその映画を楽しむ観客が減ってしまいました。

──紙やウェブ上の映画ジャーナリズムは、興行成績に影響を与えていると思いますか。

掛尾:あまりないでしょうね。全然ないとはいわないけれど。かつて、朝日新聞の書評に出ると、その翌日に本が売れるということもありましたが、今はあまり変わらない。本にもよりますけれどね。それと同じことです。なぜそうかというと、いま、みんなランキングでしょ。批評ではなくて、テレビなんかでやっているランキングを見て選んでる。自分で探すのではなくて、行列のできたラーメン屋にならぶのと同じですね。それから、観客にわかりにくいものを解釈する力が弱くなっているということも指摘されています。確実に、ここ10年くらいで観客の質が変化してきたと思いますね。たった10年ですけどね。
 劇場関係者、配給関係者とこういう話がでますが、かつては、わかろうがわかるまいが、背伸びして見に来るような観客が来ていた。劇場もそういう映画を上映してきた。ところが、いまはもっと噛みくだきやすい映画に中高生が流れる傾向が出てきたと皆がいいます。固い肉を食べてアゴの骨を鍛えなければいけない年代で、柔らかいハンバーグばかり食べるというようにね。ゴダールの『はなればなれに』(1964)の久しぶりの再公開のときは、来てる人はオヤジばっかりでした(笑)。若い人も少しは紛れ込んでるけど。ジム・ジャームッシュの『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984)なんかには、もっともっと若い人が劇場に来てました。東京の若くて生意気なひとたち、知的にも生意気なことをしようとしているひとたちが、劇場からどんどん減ってきています。こういうひとたちをまた劇場に呼び込めるようなインディペンデント作品の登場をぜひ期待したいですね。

[完]

10 Nov 2006

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