見えなかったもの──J.L.ゴダール「ユートピアの旅」

森元庸介

 ごく大まかにいって、それはひとつの中庭を挟んだふたつの家のようである。

 会場の中央を占める「昨日」のその中央は相当量の鉢植えで占められている。壁際で大小のフラット・テレビに少なからぬフィルムが映っている。ラング、レイ、ロッセリーニ、あるいはドーネン、パラジャーノフなど。それから自身の旧作。

 その左が「一昨日」、右が「今日」となる。

 照明を落とした「一昨日」の一隅に古いタイプの寝台があって、マティスの複製がそばに置かれている(本当のマティスも少し離れたところに掛けられている)。スピーカー装置、写真引き伸ばし機、それからモディリアーニ風のマリオネットなどが相対的に目を引く。

 「今日」にも寝台があって、その真上に掛けられたやはりフラット・テレビで、リドリー・スコットの戦争映画を見る。先年のヘルシンキ陸上や視聴者参加型のクイズ番組、あるいは複数の身体が入り乱れるポルノグラフィーも。ポンピドゥーの南ギャラリーは南端部分がガラス張りになっているからこちらは隈なく明るい。

 少なくとも「一昨日」と「今日」のあいだで物事は劣化したようである。そのように呈示されている。難ずる、というよりよりは茶化す、というのがふさわしい。家をもつことがあれば、結局はその壁に貼られたようなカタログを参考にして、こうした家具を揃える気がする。それは、いまのわたくしの精確な延長を示しているけれど、だから、と腹立たしい思いをしたり胸を衝かれたりしない。「悪いのは:あなたがすでにそこにいること」、「もっと悪いのは:あなたが自分はそこにはいないということ」。「今日」と大書された下に「ある ETRE」と添え書きされているとおりにわたくしはあり、気が向けば椅子に腰掛けて漫然と映像を眺めたりするのである。

 そのありかたとは、つまるところ「見ない」ことと同義なのだろう。「昨日」の下に記された「見るべき A VOIR」という文句との対比を考えてのことである。見るべきもの、あるいは少なくとも映画が見るべきものを示して見るべきものであった時代はすでに「昨日」なのだとされる。もちろん、それが「昨日」を「見るべし」という「今日」への要請あるいは懇願なのだと考えてもよい。

 けれども少しむずかしい。「一昨日」があるからである。「一昨日」は「かつてあった AVOIR ETE」ものだという。それは「今日」からするともうないし(「一昨日」と「昨日」をつなぐ鉄道模型は「今日」には届いていない)、「昨日」と比べてさえもう見ることができない。室内文化が確かに成立していた時期のことである。絵の複製を眺め、写真を引き伸ばして覗く。ときに人形を手慰みにするかもしれない。ブルジョワジーという語の周囲で収縮する環境は、ふたつ並んだ音響装置(「トーテム」と「タブー」と記されている)の近くに置かれたフロイトの形象に集約的に刻印されている。

 決定的に失われ、つまりユートピアとなった場所にひときわ郷愁の念が深いのではないか。このエリアに相対的にオブジェが密に配されていることに由来する印象かもしれない。あるいはむしろ、本来なされるべきであった展示を粗描する模型群が集約的に置かれているから。

 模型はこれの代わりにそこに何が「あった」はずと伝えようとしているか。精視したとはいえない。しかし、本来企図されていた展示の副題「映画の考古学」がたぶんよく伝えているように、それは「一昨日」の延長ともいうべき親密な空間だ。ダヴィッド、ドラクロワ、ドーミエなどの絵画が壁面を大きく占め、それと連続、あるいは交差しながら「昨日」の映画が大きく投影されたはずである。《新しい》ものとの対比がありえたことを示す痕跡はある。しかし、自分の好むかぎりの展示を実現していたなら、監修者はもっぱら自分の好むものをこそ多く披露したように思われる。

 模型だから覗き込んでそう錯覚するのかもしれないが、あえてそこから逆に考えるとすれば規矩の問題が浮かぶ。模型は展示の精確なミニチュアではなく、ひとつのエスキスと考えるべきだろう。しかし、ついに為されなかったものをそこから空想してみると、設えられた会場の規模に比して明らかに大きすぎるのではないか、と感じる。少なくとも、為されるはずだった展示は、投射ということを念頭において、おのずから見るひとの視線を上方に導くべく構想されていたようだ。

 視線の高さを越えるオブジェがきわめて少ない実際の展示——フラット・テレビを室内の上方に掛けるひとはそれほどあるまい——から翻っての印象でもある。さらに翻って、同じ映像が上方に大きく投影されていればどうだったか、と問うてみることができる。

 場所は映画館ではなく美術館である。前者が与えるのは煎じ詰めれば一定の強制をともなった感覚上の経験といってよい。後者において同じように己に強いる意志が己にないことは少なくともわかっている。「『映画史』(1988-1998)に似ていた」というかもしれない、あるいは口を開けて「すごかった」というかもしれない。あとで別の範疇を持ち出して取り繕うこともあるだろう。ともあれ、そこで「何も見なかった」であろうことは確実である。短くはない時を持続する対象を注視するためのそなえは、省みれば想像さえむずかしい課題である。

 しかしまた、そうした考えをめぐらせる手前で、為された展示についてもやはり「何も見なかった」。精視しなかったこと、測定しなかったこと、典拠にあたらなかったこと。それは怠惰の言い訳であるけれど、同時に、「見ている」あるいは「見た」と口にするときの現実を言明したとしてもたぶん変わらない。

 その現実について、あまり考えることをしないまま暮らす、というのがつまり「見る」ことをせず単に「ある」という「今日」の人間である。そのありようを省みる契機が多少なりとも和らげられて呈示されたことについて実のところ安堵している。そう口にして甘受すべき誹りが、しかし、いかほどのものであるか。明日になればそれが少しでもわかる、という観測をさえ些かも持ち合わせてはいない。

28 Jul 2006
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