菊池信之インタビュー with 青山真治vol.3

インタビュー

目次

6.スタッフワーク
……「風が吹かないね」っていったら、青山さんは「そういうところなんじゃないの」っていうのね……
7.シンクロと無意識
……予測を裏切られたときに、人は拠って立つ所を奪われます…


8.菊池信之フィルモグラフィー



6.スタッフワーク ……「風が吹かないね」っていったら青山さんは「そういうところなんじゃないの」っていうのね……

──『エリエリ』で驚いたのは、物音がセリフよりも強くなっているところです。町医者のシーンで、ビンをかなり大きな音で叩いたりしていますね。役者に音を抑えるように注文されないんですか。

菊池:いまは、プロツールズを使えば、いろいろな音をかなり抑えられてしまうじゃないですか。セリフの中であっても。かなり自由度が高くなってきてる。役者さんは、例えばコップを置くときにそっとやってくれ、とかさんざんいわれてきてるからさ、ベテランの俳優さんほど、こっちがいう前に、そっと置くんだよね。僕はそういう注文をあんまりいうほうじゃないと思うし、芝居的にはもっとポンと置いたほうがいいんじゃないかと思うけど(笑)、役者さんは自己規制が働くみたいね。『ユリイカ』で、沢井がスコップを洗うところ、コンクリートにカンと置いて、洗ってって繰り返すんだけど、あのとき(沢井役の)役所さん、音に気を遣ってるなっていうふうに見えるんだよね(笑)。

青山:僕が助監督のときは、コップの裏にセロテープ貼って、音を殺せるようにしたりなんかしてましたけど、ただ、どうにかしてそういうことから解放されたいなあというのはありますね。

菊池:諏訪敦彦さんの『M/OTHER』では最初のシーンで、男と女がスパゲティーを食べたりするわりと長いシーンがあって、そこで僕は抑えて録ってたんですが、皿がカチャカチャ鳴る音が入りました。で、撮影した後に三浦さんが録った音を聞かせてくれっていうから聞かせたんです。ミキシングする前だから、ワイヤレスとガンマイクの音が両方入ってたんだけど、三浦さんからすれば、ガッチャンガッチャンあちこちで鳴っている(笑)。で、そのときに三浦さんは「あ、これでいいんだ」といっていました。撮影のかたちも特殊で、諏訪さんも役者になるべく約束事をつけずに自由に動かせるということでしたけれど、そのときに三浦さんは芝居について気持ちがずいぶん解放されたのかな、という気がしましたけれどね。

青山:どこかで抑圧が働いてるんですよ。パート、パートでね。気に食わないことですけれど。

──撮影の前に青山さんと菊池さんで相談されるんですか、例えば物音を大きく録ろうとか。

青山:いや、誰も何も相談してない(笑)。打ち合わせしたことなんてありゃしない。こんな機材を使うよ、ふーん、めずらしいね、なんてことはありますけど、それ以上はないですね。

菊池:編集終わってからもやらないし。

──撮影の最中に、青山さんがその場その場で指示をするということでしょうか。例えば、「状況音は低めに」であるとか。

青山:いや、しないしない(笑)。あ、あれなに?とか、素材に関することを菊池さんにいったり聞いたりはしますけど、目も耳も素材以外のことには向いていない。いま聞こえた?って菊池さんに聞くことはありますね。僕らが芝居を見ていたら、カラスがワサワサってものすごく大きな羽音をたてて飛んだことがあって、ガン・マイクは下を向いてますから、上のほうの音は拾わないわけです。そういうことはありますね。いまの聞いた?とかね。それ以外は、コミュニケーションがブレイク・ダウンしてますねえ(笑)。

──では撮影が終わったあと、映像のつながったものが菊池さんにそのまま委ねられるということなんですか。

菊池:委ねられるということじゃないけれど、音素材は、何がどういうふうにあるかっていってもとにかく膨大な量だし、言葉でいったってわかるものでもないからね。だからコミュニケーションの第一歩として、来た映像にまず音を全部貼ってみて、そこからだよね。じゃあここはああしようか、こうしようかって話が出るのは。

青山:整音に入ったら後はもう流れでしかないですから。整音というか、編集に入ったらね。素材は1箇所1箇所、1テイク1テイク、すべてその都度の出来事だけれど、それをいっぺん流れにしたときには、あとは全然違う作業になってくるし。

菊池:僕が編集のときに思うのは、さっきもいったように意味としてここに鳥の声、車の音を入れようというならできるけども、どういう空間が広がっているかというのが問題だから、映像にうまくはまるかどうか、いや、音がどういうふうに映像によって変容していくか、そして映像が音によって変容していくかというのはやってみないとわからないということですね。だから打ち合わせのしようがないんですよ。こういうふうにしようというイメージはあるんですけれど、でも、前の音との関係、後に来る音との関係があるから、そのとき考えていたことはガラガラ崩れていきますね。ある程度かたちになっていけば、ここに何を足そう、あるいは引こうという話になってくるけど。

青山:ドラマに関わってくる画面外の音なんかは、事前に知っててもらわないといけないけど、それはシナリオに書いてあることだからいわなくてもいいし、だから結局打ち合わせはなくなるんだけど(笑)。だから、さっきのタオルの話もそうだけど、画面にタオルが入っているということをその場で菊池さんは見るし、結局、画面を見ることがコミュニケーションなるってことなんですよね。それが唯一のコミュニケーションかな。田村さんにしたってそうだし。相互のコミュニケーションが、もう画に出てますっていうね。それが少なくともいまのところは、やり方としていいかなと思ってます。

菊池:面白かったのは、『名前のない森』[18]の撮影をしていたときに、山に囲まれた場所で、世間から逃げてきたようなひとたちが研修を受けているということだったんだけど、台本には、そこで山から風のゴーゴーという音がするって書いてあるわけね。ロケハンに行ったときには、それが偶然ゴーゴーといってたの(笑)。でも撮影に行ったらさっぱり吹かない。で、青山さんに「風が吹かないですね」っていったら、青山さんは「そういうところなんじゃないの」って言うのね(一同笑)。それを聞いて、しまったと思ったの、オレ。裏切られたってね。その時点ではやっぱりオレも意味を追っかけてたんだと思うんだよね。
 それで、しまったと思って、いまここに在る音というふうになった。「人里離れた」とあったんだけど、実際に音を録ろうとすると、高速道路の音とか工場の音が入りこんでくる。電車の音もした。で、この音がまさに必要なんだと思ってそれを録ったんです。編集になったときに、工場の音、車の音というのが、研修所と外の社会との対比になって、面白い働きをするんだよね。ひとりが研修所から卒業して、それを見送るときには、街の音が入ってくる。そこに在る音から出発すると、いろいろと組み立てることができるんだけど、意味から出発すると、台本には「風がゴーゴーと鳴ってる」とあるし、それ以外の音が耳に入ってこないんです。

青山:風に関してだけど、僕があのとき何をドラマ上で使用するかと考えたときに、現場で見つけたのは、国旗を立てるポールにワイヤーがつないであったんですけど、そのワイヤーが風に吹かれてガンガン鳴ってる音なんです。それがその場所では印象的に響いて、それがかつて僕がアメリカのある墓地で聞いた音ともすごく似ていたんです。山に囲まれているからそこは風の音がないと完全にデッドな状態になって、音がすごく鋭く入ってくるのね。風はそれでも吹いているんだけど、風ではなくて、その音だけがビンビン鳴っている。これが「場所の音」だ、といった感じに聞こえて、ただ、それを画としては撮れなかったんです。ポールとワイヤーの画が撮れなかったことを後からけっこう後悔してたんだけど、でもいま考えると、ないほうがいいなあって思うんです。音だけが鳴っているということが重要だったなあ、と。
こういうと語弊があるかもしれないけど、ドラマの外にあるものもドラマに含まれていくという感じ、それが面白いことのような気がいつもしてるんですよ。ドラマ内だけで終わらせるのはわりと簡単なことなんだけど、偶然の産物によってドラマ外のことがドラマ内に入ってきて、その一部になるということ。話は戻るけど、これが現場主義という考え方の中で一番面白いことじゃないかなあと思うんです。

菊池:ドラマが破れるっていうかね、それが音の大きな役割のひとつじゃないかなと思うのね。音には映像と全然別な形態があるわけだから、表現として別な何かがなきゃいけないんじゃないかという気はしてます。シンクロが自由じゃなかった頃の映画にはそれがある程度あったように思いますね。もうひとつの意味をそこにぶつけるというんじゃなくて、ドラマの外の別な時間の流れが出てくるといいのかなと思います。



7.シンクロと無意識
……予測を裏切られたときに、人は拠って立つ所を奪われます……

──『エリエリ』の音楽を演奏するシーンでは、シンクロであるにもかかわらず画面の中での音源を意識させない音作りになっておりまして、ドラマの部分に戻るときに突然音源が特定されていくことで、逆に台詞などのシンクロ音の聞こえ方自体が新鮮に感じられるといった効果があったように思います。見えるものと聞こえるものが、ズレたり、元に戻ったりというような。

青山:聞かせ方を変更させたところはあったよね。シンクロだから、エフェクターをかけた場合とは違うんだけど、菊池さんが聞かせ方を変えているところは大きいでしょう。例えば、萩生田の「濱マイク」[19]のときと今回の『こおろぎ』でも菊池さんは似たようなことをやってらしたんだけど、切り返し[20]になるところで、背景音をあべこべに重ねたんですよ。ひとつ目のカットの背景に海があるとしたら、その音が聞こえるのは次のカットなんだよね。

菊池:発想としては、ふたりが向かい合って話をしているときに、画は画の都合でカットバックするじゃないですか。そこで、その人の存在感を強調するために、画とはまったく逆に、音を勝手にカットバックさせたんです。うまくいったかどうかはわからないですけれど(笑)。

青山:このあいだ、ムチャクチャにずらしたこともあったね。向かい合わせになった男女が鶏のからあげを食ってるところで、2人をカットバックでずっと撮っていくと、だんだん音がズレてくる。どっちの音だかわからなくなっていくのね。

菊池:それはね、食べることの荒々しさというか猥雑さを強調したいって演出があったときに、音を大きくしてもイマイチただ音が大きくなるだけで、面白くないんだよね。僕がフィルムでドキュメンタリーをやっていたころに、映像と音を合わせる作業をやっていたんだけど、ぴったりあった瞬間に、これまでガヤガヤしていたのが、すごく静かに感じるんです。人は無意識のうちに、例えばコップをポンと置くとき、音が出るそのコンマ何秒前に音を想像してるんだと思う。そしてその音が想像とずれると、うるさく聞こえたり、反対に聞こえなかったりということがある。だからそこでも荒々しさみたいなものを出すために音をずらしてみたんですよ。最初はフレーム単位でずらしてたんですけど、それでは追いつかないから、秒単位になっていって……。

青山:でもずれていったと思って見ていると、あるところではポコっと合ったりするんだよね。

菊池:人間が映像を見ていて、裏切られたときには、ものすごく気持ちが悪いんです。あるとき、僕が明け方に田舎道を走っていると、目の前を走ってた車がすっと土手のほうに寄っていったんです。僕は無意識のうちに、ブレーキであるとか、ハンドルを切ることを予測するわけですが、その車は予測をものの見事に裏切ってそのままのスピードで土手の下に落ちていったんですよ(一同笑)。これは気持ち悪かったなあ。予測を裏切られたときに、人は拠って立つ所を奪われるというか。

青山:そういうときってノンモン[21]だったりするんだよね。すべての情報が堰き止められる。

菊池:そう、真空の中に置かれたみたいな。無意識のうちに感じているものが大事なんでしょうね、シンクロとは何かって考えたときにも。僕はそんなに分析的に考えたこともないし、分析的に入っていっても面白くないと思ってますけど。

──日活ロマンポルノのアフレコなどでも、声と映像が合っていませんが、それに近いところがあるかもしれませんね。

青山:ただ、アフレコはあくまでドラマのお約束事をそこで再現するということじゃないですか。それとはちょっと違うかな。

菊池:決定的に違うのはね、アフレコで声が映像とずれていても、観客はそれを想像の中で近づけるじゃないですか。少々ずれていても、だからあんまり違和感がないと思うんです。でもさっき僕がいったのは、音を無理矢理引き剥がそうということだから。だからそれが不愉快というか、不快感というか。

青山:いやいや、僕は不快とはいわないけどさ(笑)。まあ、やぶからぼうにずらしてるわけじゃなくて、あるずれが、空間になんらかのキャラクターをもたらすということだね。

菊池:だから、アフレコで音がずれる場合とは、ある意味、まったく逆の方向だよね。アフレコの場合、観客が意識の中でずれをなくしていくから、最初は違和感があっても、だんだん馴れてしまうんですよね。こっちの場合は、違和感を作りだそうという方向で動いているから。

青山:それとノンモンですね。録音技師からノンモンを提案されるって普通ないからね。さぼってんのかよってなるじゃない(笑)。でもその空間がノンモンを要求していることはわかるわけですよ。ノンモンにすることによって、その空間が何だったのかが見えてくる。あるいは、そこにフェイド・インで序々に音が入ってきたり、カット・インでドンと音が入ることで、空間に何か異物が来たという効果であったり、ある変化が生じてくる。逆に、すっと音が消えていくことによって、状況が変わったということが表現される。最近よくやっていることですね、菊池さん。

菊池:『ユリイカ』のとき、ノンモンはけっこうやりましたね。

青山:セリフを消すのもありかな、もはや。

──青山さんは大友良英[22]の楽曲なども使われています。彼や、音響派と呼ばれたる人たちから、なにかヒントを得たということはありますか。

青山:モチベーションとしての嫉妬はあるんですよ。ただ、それでやりたいと思ったことをただやってもうまくいかないわけですよね。音をいじろうとそもそも思ったことに関しては、モチベーションとしての嫉妬もなくはないと思うんです。ただし、実際にやるときは、それとはまったく別なので、僕はノーマルに考えるようにしています。どのみち、現場で菊池さんという個人、田村さんという個人が介在してくることによって、変形するものがある。この変形するものに僕はハラハラしながら対応しているわけ(笑)。音楽の長嶌という人間もいるし、だから、僕がすべてをコントロールしているわけでは全然ないし、それを要求してもいないです。みんなが求めているものはそれぞれバラバラだし、混沌とした状態の中から成立するものが作品ということになればいいんです。

──シナリオは仕事の中でどんな位置にありますか。例えば『エリエリ』を見ると、シナリオを全部通して読んでも全体像が見えることはないと思うんですが。

青山:僕にとってシナリオは絶対に必要です。シナリオなしでやろうと思ったことも一回もないです。ただし、シナリオ通りにはいかないし、シナリオにすべてのことが書いてあるわけではない。結果的に、50ページくらいのすごく短いシナリオになってしまう。流れやセリフは一所懸命考えて書くんですけど、それがどんな状況でそうなあっているのかということに関してはシナリオにはほとんど書いてない。

──菊池さんはどうですか。シナリオを読むことで音の設計は見えてくるものでしょうか。

菊池:現場に行ってみないと始まらないですね。漠然とした考えはありますけれど、音の構成は撮影が終わって素材を並べていくときですね。あるひとつの音を置いてみたときに、全体の調子が規定されたりしますから。僕の場合はまず柱になる音を作る。そうすると、その前後や、あいだの音は自然と決まってしまうのね。作品によっては、その柱になる音が見つからなくて苦労することがあるけれど、見つかってしまえばあとは楽になりますね。台本を読んだときに、この音はすでに持っているから用意しておこう、というのはありますよ。でも、そういう音は結局、使えないことがほとんどですね。

青山:こっちも、シナリオ上で僕が考えたことなんてたかが知れてると思ってますしね。『レイクサイド』で、薬師丸ひろ子さんが夫婦喧嘩をする場面で、イスをガンってやるところ、あれも薬師丸さんとリハーサル中にたまたまね、薬師丸さんがイスを持ったから、それでああやってくださいっていったことから生まれてるんですよね。

菊池:あの音をポイントにしようということだったから、撮影が終わってみんなが酒を飲んでいるときに、ひとりで夜中にあそこに戻って音を録りましたね(笑)。

青山:こういうことは俳優さんと芝居を作るときに生まれてくるものなんですよ。で、見てくれた人の感想にも、あの薬師丸さんのイスの音が一番印象に残ったというのがあったりする。できるだけ前もって用意しないというのが、自分に向いたやりかただと思いますね。まあ負担もかけますけど。

──『エリエリ』で拳銃を発砲するパーンという音がありますけれど、痛みの伝わるような、印象的な音でしたね。普通のライブラリにあるものなのかどうか、わかりませんでしたが。

青山:自殺するとこ?

──はい。ハナ(宮崎あおい)の両親が自殺するシーンです。宮崎あおいが目を覚まして、階段を下りてくると、母親があたまにピストルを当ててパーンと撃つのですが、この母親のピストル音は生々しかったです。

青山:あれはシンクロ。

菊池:ああいうのは、シンクロでやることもあるし、シンクロの音にちょっと何かつけ足していくこともありますけど、やっぱり現場で鳴った音、例えば原っぱパーンと鳴ったり室内でパーンと鳴ったりという響きは捨てきれないですね。

青山:探偵が自殺するところはね、癇癪玉あるでしょ。あれをトンカチでバンと叩かせたんだけど、聞こえなかったの、全然(笑)。本番も、もういいから撃てっていって、撃ってもらったんだけど、でも風で吹き飛ばされて全然聞こえない。あの大草原の中ではこっちまで届かなかった。あ、いま鳴ったなぐらいの感じかな。だからあれは、近場で録音したものと、あとで足したものをミックスしてるんです。

菊池:部屋の中でバーンと鳴るところがあるでしょ。あそこでは宮崎あおい演じるハナが下に降りてきて、パッと外を眺めたときに、水の音がジャーっと流れてるのね。なんで水の音なのかわからないし、普通は発想しないことだから、不自然なんだよね。だけど噴水の音だったかな、画面には出てないけど、水の音が鳴ってたのよ。それを撮影のときに面白いなあと思っていて、そのまま使っているんです。
『こおろぎ』という作品で、山道を歩くところでも、鬱蒼とした林の中だから木がざわめいている音になるような感じなんだけど、山の上から水がジャーっと流れていたのね。それも足したりなんだりしてるんですけれど、画面に出ていないから、あとからつけようとしてつけ切れる音じゃないんです。現場の「思わぬ」雰囲気が出るんだよね。

青山:結果的に邪魔な音がほとんどなくなってしまうというね。

菊池:そうなんだよね。撮影のときはセリフがあるから水の音をなるべく下げてということになるんだけど、最後にはやっぱり録ってきた音を足すことになる(笑)。

──『レイクサイド』のようなタイトなサスペンスの場合も同じなんですか。

青山:同じですよ。基本的にはまったく変えてないです。

──たしかにサスペンスだからといって、プロットの必要から出てきたような記号的な音は使われていないですね。

青山:顔を潰すときの音とかもね。あれはどうやったんだっけ。

菊池:あれは肉屋に行って牛の骨を買ってきたの。でも固すぎてグシャって感じが出なかったから、飲み屋でホタテ貝をもらってきたんですよ(笑)。

──菊池さんは最近もまた『チーズとうじ虫』に「整音」として参加しておられるように、これまで若い監督と組むことが多かったわけですが、それより前の世代と比べたときに、音についての感覚の違いは感じますか。

菊池:前の世代の人たちとはあんまり仕事をしてないからわからないね。

青山:僕が一番年上くらいかな。あ、黒沢さんがいたか[23]

菊池:僕が若い人でない、という認識もないし(笑)。でも『チーズとうじ虫』のときは感覚的にうまくいったね。一致するところがあった。あれはカメラマイクだけで、その面白さがあった。家族の団らんの場面があるんだけど、子供とおばあさんがあやとりをしていて、お母さんはテレビを見ている。さらに別の人間が入ってきて「こんばんは」なんてやってる。それを一緒くたにして撮ってしまうんだよね。当然、そのままでは聞こえないからいろいろ手を加えていくんだけど、機材が充分に揃っていないほうが面白いことができてしまうこともあるんです。いつもそう思ってたんだけど、まさに『チーズとうじ虫』はカメラマイクだけで録りきってしまったわけです。ドキュメンタリーでしたけれど、カメラの手前の音はOFFになるんですが、その音が画面にもずっと作用し続けていて、音としても面白かったですね。

──なるほど。それでは最後に、今後の抱負などありましたら教えていただけますか。

菊池:ない。何もない。生きていられればそれでいいです(笑)。

──本日はどうもありがとうございました。



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脚注

18.『名前のない森』
脚注19参照。

19.「濱マイク」
2002年に放映された永瀬正敏主演のテレビドラマ。各話をそれぞれ異なる映画監督が担当し話題を呼んだ。菊池信之は青山真治が監督したシリーズ第六話、『名前のない森』で録音として参加している。オリジナルは林海象が1992年から監督を務めた同名の劇場用映画シリーズ。

20.切り返し(=カット・バック)
会話の場面などで、差し向かいになったふたりを、ひとりずつ交互にフレームに捉えること。

21.ノンモン
無音状態のこと。

22.大友良英
ギタリスト、作曲家、ターンテーブル奏者。ノイズ、カットアップ等を多用する大音量の楽曲が発表されたプロジェクト「GROUND ZERO」のほか、脱メモリー音楽を志向した「filament」、60年代ジャズへの回帰を目指す「大友良英jazz quintet」等、活動は多岐に渡る。映画音楽も数多く手がけている。

23.「僕が一番年上くらいかな。あ、黒沢さんがいたか」
菊池は黒沢清監督の『大いなる幻影:Barren Illusion』(1999)にも録音として参加している。




菊池信之 フィルモグラフィー

協力 『パルチザン前史』(監督:土本典昭・1969)
撮影助手 『日本解放戦線・三里塚』(監督:小川紳介1970)
制作 『三里塚・第三次強制測量阻止闘争』(監督:小川紳介1970)
製作 『三里塚 第二砦の人々』(監督:小川紳介・1971)
製作 『三里塚 岩山に鉄塔ができた』(監督:小川紳介・1972)
録音 『ニッポン国古屋敷村』(監督:小川紳介・1982) 
録音(久保田幸雄と共に) 『1000年刻みの日時計:牧野村物語』(監督:小川紳介・1986)
録音 『HARE TO KE(ハレトケ:小川プロダクションとの出会い)』(監督:レギーナ・ウルヴァー・1988)
録音 『扇の刃』(監督:ブリキッテ・クラウゼ・1989)
録音 『老人と海』(監督:ジャン・ユンカーマン・1990)
録音(時田滋と共に) 『地下幻燈劇画:少女椿』(監督:絵津久秋・1992)
録音 『書かれた顔』(監督:ダニエル・シュミット・1992))
録音協力 『阿賀に生きる』(監督:佐藤真・1992)
録音 『難波金融伝 ミナミの帝王』(監督:萩庭貞明・1993)
録音 『きこぱたとん』(監督:村上靖子・1993)
録音 『エンジェル・ダスト』(監督:石井聰亙・1994)
整音(久保田幸雄と共に) 『忘れられた子供たち(スカベンジャー)』(監督:四ノ宮浩・1995)
録音(川島一義と共に) 『プ』(監督:山崎幹夫・1995)
録音 『木と土の王国 青森県三内丸山遺跡’94』(監督:飯塚俊男・1995 年)
録音 『一万年王国 青森県縄文文化』(監督:飯塚俊男・1996)
録音(栗林豊彦と共に) 『教えられなかった戦争:フィリピン篇:侵略・「開発」・抵抗』(監督:高岩仁・1995)
録音 『明るい場所 SQUARE THE CIRCLE』(監督:豊島圭介・1996)
録音 『百年の絶唱』(監督:井土紀州・1998)
録音 『A letter from Hiroshima』(監督:諏訪敦彦・1998)
録音 『ナージャの村 Ha ДeЖДa』(監督:本橋成一・1997)
録音 『やわらかい肌』(監督:佐藤寿保・1998)
録音 『TOKYO EYES』(監督:ジャン=ピエール・リモザン・1998)
録音 『女神さまからの手紙』(監督:佐藤真・1998)
録音・整音 『M/OTHER』 (監督:諏訪敦彦・1999)
録音  『大いなる幻影』(監督:黒沢清・1999)
録音 『万華鏡』(監督:河瀬直美・1999)
録音 『楽園』(監督:萩生田宏治・2000)
録音 『SELF AND OTHERS』(監督:佐藤真・2000)
録音 『EUREKA』(監督:青山真治・2001)
録音 『きゃからばあ』(監督:河瀬直美・2001)
[第一期]現地録音 『満山紅柿— 柿と人とのゆきかい』(監督:小川紳介・1984[第一期]/監督彭小蓮(ペン・シャオリン)・1999[第二期])
録音 『路地へ—中上健次の残したフィルム』(監督:青山真治・2001) 
録音 『閉じ込めたいの』(監督:歌川恵子・2001)
録音 『私立探偵濱マイク』(テレビシリーズ・2002)[第1話「31→1の寓話」(監督:緒方明)、第3話「どこまでも遠くへ」(監督:萩生田宏治)、第6話「名前のない森」』(監督:青山真治) 、第12話「ビターズエンド」(監督:利重剛)]
録音 『人斬り銀次』(監督:宮坂武志・2003)
録音 『H story』(監督:諏訪敦彦・2003)
録音 『月の砂漠』(監督:青山真治・2003)
録音 『秋聲旅日記』(監督:青山真治・2003)
録音 『軒下のならずものみたいに』(監督:青山真治・2003)
録音 『海流から遠く離れて』(監督:青山真治・2003)
録音・音構成 『阿賀の記憶』(監督:佐藤真・2004)
整音効果  『帰郷』(監督:萩生田宏治・2004)
録音 『地球の思いで』(監督:青山真治・2004)
スタッフ  『きわめてよいふうけい』(監督:ホンマタカシ・2004)
録音 『たった8秒のこの世に、花を。 画家・福山知佐子の世界』(監督:稲川方人・2004)
録音 『レイクサイド・マーダーケース』(監督:青山真治・2004)
録音 『さよならみどりちゃん』(監督:古厩智之・2004)
録音(一部のみ参加) 『カルメン』(監督:ジャン=ピエール・リモザン・2005) 
録音 『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(監督:青山真治・2005)
整音(早川一馬と共に) 『チーズとうじ虫』(監督:加藤治代・2005)

19 Jul 2006
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