講座「黒澤を映画の現在に奪還するために」

news ]  黒澤明
編集部

第1回Bibliothèque文明講座
『血の玉座—黒澤明と三船敏郎の映画世界』(上島春彦著)刊行記念
上島春彦×吉田広明

日時:2010年5月15日(土)
   16:00〜18:00(15:30会場受付開始)
入場料:1,000円(当日精算)
予約制:電話または店頭にて受付
    Tel.03-3408-9482
    ※60名様になり次第締切り
電話予約受付:火〜土曜 12:00〜20:00(祝日除く)
会場:Bibliothèque(ビブリオテック)
http://www.superedition.co.jp
協力:作品社

【トークゲスト】
上島春彦 かみじま・はるひこ
映画評論家。1959年生まれ。著書に、『レッドパージ・ハリウッド 赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝』(作品社)など。

吉田広明 よしだ・ひろあき
映画評論家。1964年生まれ。著書に『B級ノワール論 ハリウッド転換期の巨匠たち』(作品社)など。

【著者のことば】
『血の玉座—黒澤明と三船敏郎の映画世界』
上島春彦

今年二〇一〇年は監督・黒澤明生誕百周年であり、彼とコンビを組み多くの傑作を生みだした俳優・三船敏郎の生誕九十周年にも当たる。この記念すべき年に刊行されることになった著作『血の玉座—黒澤明と三船敏郎の映画世界』は、当然ながら二人の映画史への多大なる寄与を寿ぐことを第一の目的にしている。とはいえ「黒澤(監督)三船(主演)映画」への風あたりは近年きついものがある。『七人の侍』も『羅生門』も映画史上の傑作として遇されてはいるものの、何か、神棚に祭り上げられている、といった印象。「懐かしの名画」としてビデオライブラリーの片隅に埃をかぶっている、とでもいうか。また逆に、これらの傑作を無視することによって自身の映画批評的アイデンティティを確保するという映画ファンも相変わらず多い。こういう人たちに言わせると「成瀬や小津や溝口こそが映画であり、黒澤など映画の敵」ということになる。サイレント映画を撮らなかったから黒澤は二流である、とする映画史的な見解を持つ批評家もいる。要するに自身は映画を愛したかもしれないが、決して「映画に愛されなかった哀れな男」、それが黒澤なのだという。果たしてそうか。それは断じて間違いであり、いやしくも映画ファンを自称する者ならば黒澤という映画的存在の貴重さに今こそ目覚めねばならない、というのが本書の主張である。しかしただ漠然と黒澤を見よ、といったところで効果は薄い。そこで私は「もう一度『蜘蛛巣城』を見よ」と主張したい。シェイクスピア悲劇の翻案という誰もが知っている映画外的事実からあえて離れて、虚心にこのフィルムを見てみる時、そこに何が見えてくるものか。結論を言ってしまえばそこには「門と拠り代」という黒澤的事物が、「教育的分身」と「ライバル的分身」という黒澤好みの物語を介して、三船という黒澤にとっての「異物」を演出することで生々しく露呈しているのである。『蜘蛛巣城』を見る体験によって黒澤を映画の現在に奪還したい、というのが私の本書における唯一の願いなのだ。

16 Apr 2010
© Flowerwild.net All Rights Reserved.