可憐かつミステリアスに咲き誇る夜顔
──ビュル・オジエ インタビュー

インタビュー

カトリーヌ・ドヌーヴとはまったく異なるセヴリーヌ像を『夜顔』(2006)で披露してくれるビュル・オジエ。その圧倒的な存在のたたずまい、成熟した女性にしか見いだせないミステリアスかつピュアな輝きを発揮しながら、ユーモアとエスプリの深遠さに満ちた言葉で、本作の誕生、撮影をめぐる希有な経験を語ってくれた。

──本作のプロジェクトに参加したきっかけを教えてください。

ビュル・オジエ(以下、BO):オリヴェイラがミッシェル・ピコリを介して連絡をくれたの。彼は直接私にコンタクトをとることができなくて、耳が少し悪いからあまり電話で話すのは好きではないから。そういうわけで、しばらくしてオリヴェイラ本人から電話があって、この映画に出演したいですか、こういう作品で、是非あなたに演じて欲しいって。彼とはすでに一度組んでいたから(『Mon Cas』[1985])、ごく普通のシンプルな出演依頼だった。

──作品の内容を知った時は、驚かれましたか?

BO:彼は、すぐには教えてくれなかった。でも私がもう一度、彼の映画に参加したかったのは、特にこの先、彼はあまり多くの作品を手がけないだろう、もしかしたら、3作くらいはできるかもしれないけど、それ以上は……って思ったから。本当にラッキーだった、なぜって次回作には私の役がないかもしれない。事実、マノエルは3月5日にクリストファー・コロンブスについてのフィルムを撮り始めて、NY、ポルトガルで撮影予定。何といっても、彼はもう98歳なのよ。今回再び出演を依頼してくれるなんて、素晴らしいと思ったわ。それから、彼は作品がブニュエルへのオマージュであることを教えてくれただけ。私からは、それ以上質問はしなかった。しばらくして未完のシナリオが送られてきて、そこで『昼顔』(1967)の一種の続きなのだとわかったの。

──第一印象はいかがでしたか?

BO:ブニュエルとオリヴェリラというふたりの巨匠の出会いを実現するなんて、願ってもないチャンスだわ、というのが私の印象だった。

──カトリーヌ・ドヌーヴのことは考えませんでしたか?

BO:オリヴェイラから話を聞いた時は、彼女については何も考えなかった。その後、衣装や髪型の準備を進めていくうちに、もちろん考えざるを得なかったわ。マノエルとミッシェルに電話してこう言ったの。「あー、なんてこと! 私には難しすぎるわ。カトリーヌ・ドヌーヴにとってかわるなんて、私にはできない」。彼らは「彼女は同じ主題で35年後の同じ役なんて絶対に演じない。だから問題は、君がやるか、やらないか、だ。いずれにせよ、この役に名乗りをあげる別の女優はでてくるからね」って答えた。マノエルは「やらなきゃだめだ。ビュル、あなたは常に美しい。それに偉大な女優だ」とも言ってくれた。それからは、カトリーヌ・ドヌーヴを意識するのはやめようと決心したわ。そうでなければ、不可能だったから。

──あのヘアは、あなた自身のものですか?

BO:ああ、あれね。そう、私の髪よ。ただ、とても白くしてあるの。衣装担当のミレーナ・カノネーロの意見でね。彼女はどうしてもオリヴェイラと仕事がしたくて、すごく優秀な女性なんだけど、ご存じかしら……。

──ええ、最近では『マリー・アントワネット』(2006)も手がけていますね。

BO:そう、それから『バリー・リンドン』(1975)や『愛と哀しみの果て』(1985)でオスカーを受賞しているわ。彼女はハリウッド映画中心に仕事をしているから、オリヴェイラ作品に参加して、97歳にもなる監督が一体どうやって肉体的に映画を作ることができるのか、そのパワーがどこからくるのか、知りたかったの。もちろん彼女は、オリヴェイラの作品に精通していて、イタリア人で、オリヴェイラの大ファンだから、いうなればボランティアのように、自分の喜びのために、この作品のために仕事をした。だから、髪は彼女のアイデアよ。

──その後、役にはどのようなアプローチで取り組まれたのですか?

BO:私のアプローチは、まずセヴリーヌが話す言葉をマスターすることだった。例えばミッシェル・ピコリは、書かれた台詞がより日常的な話し言葉に聞こえるように努力するのが好きなの。私の場合、マノエルはピコリのような話し方を求めなかったし、私はテキストを一文字も変えたくなかった。だからいうなれば、一番気をつかったのは、台詞を生き生きと響かせること。ダイアローグは本当にとっても文学的なものだった。だから、私は舞台に出演するかのように取り組んだの。映画の中で自然に話す人を目指すのではなくて、まるでチェーホフやイプセンの戯曲を演じるように。まず、テキストをしっかり頭に入れておかなければいけない、それから演技をつけていく。いずれにせよ、大勢の女優が、チェーホフの『かもめ』やマクベス夫人を演じてる。だったら私が、舞台の役をやる女優のように『夜顔』を演じてもいいじゃない。

──そうですね。演劇的なフィルム、という印象を受けました。なぜなら、最初のタイトルクレジットの部分以外は、見る物ほぼ常に外部のないシーンの中にいます。それは、あなたの話し方とぴったりだと思いました。

BO:いずれにせよ、かつて私とオリヴェイラが組んでやったのは、すでにちょっとした演劇だった。私は大根役者の役で、舞台に登場するたびに、マットに足をとられてこけるっていう(笑)。テキストもたくさんあったわ。だから、マノエルは演劇が大好きだと思うの。

──あなた自身にとって、映画と演劇の二重性は重要なものですか? 最初は舞台からキャリアの第一歩を踏み出されています。

BO:演劇から入って、2、3年おきに舞台をやって……

──映画と演劇の違いは感じられますか?

BO:ああ、もちろんよ。とっても大きな違いがあるわ。

──最も大きな違いは何でしょう?

BO:それは、舞台上の俳優の責任は自己完結したものであるっていうことね。映画の場合、みんなが責任を分担している。音響、照明など、同時で、何か瞬間的なもの。演じる側としては、カメラとの関係は、舞台の観客との関係とは異なってくる。

──本作では、カメラとの関係はどんなものでしたか?

BO:そうね、いつも通りかしら(笑)。つまり、本当に困難なものであるということ。なぜならオリヴェイラは、ますますせっかちになって、ワンテイクしか撮らないから。

──ラストの食卓のシーンではロウソクの減り方が自然で、もしかしてこれはワンテイクで撮られたのかな、と思いました。

BO:まったくその通り。だから舞台とまったく同じ印象を抱いた。つまり、ものすごい緊張感とやり直しがきかない、という意識。おまけに食事のシーンは、撮影の最後の2日間に組まれていて、どうしても撮影を終えなければいけなかった。

──この作品は、クロノロジックに撮影されたのですか?

BO:ええ。

──ジャック・リヴェットやマルグリット・デュラス等、他のシネアストたちの映画作りにも参加なさっていますが、オリヴェイラの演出において、特に際だっている点とは何でしょう?

BO:そうね……私が思うには、彼は偶然という要素を排除する。例えば、リヴェットは撮影のアクシデントや偶然起こったこと、さまざまな変化が大好きで、もっと遊戯的。さらにオリヴェイラはすべてをコントロールする。グラスはこうで、ここに配置すべきで……とセットに並々ならぬこだわりを持っている。彼自身がお皿やグラスを並べたの。彼の目の前にあるものを、いかなるヴィジョンとして構築するか、というのが一番大切なのね。

──あなたの演技に対して、多くの指示が出されましたか?

BO:ええ、彼が演技するの(笑)。食事の場面ではないけれど、動きがある場面ではすべて私の役を演じてみせた。例えばブティックの前のシーン。あれは明らかに彼の指示によるもの。私ならあんな風に袋を持ったりしないわ。正面の建物にいた彼は、階段を下りてきて、私に「そうじゃないビュル、荷物をもってこういう風に通り過ぎていくんだ」って。動作へのこだわりは、無声映画を作っていたこととも関係していると思う。

──冒頭のあなたの台詞で、この作品は単なる『昼顔』の続きではないと感じました。

BO:そう、同じ登場人物ではないわ。なぜなら、オリヴェイラにとって、この人物はユッソン氏と遭遇すること、過去に起こったことを恐れている女性であり、私も『昼顔』のヒロインとは別人物だと思う。

──ところで、ピコリがあなたに贈る箱の中には何が入っていたのですか?

BO:あの箱は、ブニュエルへの真のオマージュよ。『昼顔』の娼婦の館で、アジア系の男性がセヴリーヌにみせる箱。独特の音を出す箱よ。『夜顔』では私、セヴリーヌは「もう興味を失ったわ」と答えて、ピコリは自分が使おうというんだけど、本当に何なのかはわからない。謎のままね。でもブニュエルの作品には登場するから、オマージュであることは確かね。

──ピコリとの息はぴったりでしたか?

BO:もちろん。これまでにも何度も共演しているから、彼とは確かな共犯性があって、それがとても役に立ったわ。

──あなたの役にフォーカスした作品なのだろうと個人的に予想していたのですが、実際には……

BO:これはピコリ、ユッソン氏についての2部構成のフィルムよ。まず彼はバーテンダーに過去を語り、それからセヴリーヌと話をする。ひとつのストーリーを二度物語るひとつの方法よね。そもそもピコリは作品の紹介をしに来るはずだったのに、『リア王』の舞台後の疲労で来られなかったの。マノエルは、自分の映画が日本でとても愛されていると知っているから、東京に戻ってくるのが大好きなんだけど、最新作の撮影に入ってしまったから来日できなくなった。

──映画の中でピコリは「女という存在は自然が生んだ、最大の謎だ」と言いますが、あなたご自身は賛成ですか?

BO:それはオマージュの言葉ね。

──ご自身は同意されますか?

BO:もちろん。いずれにせよ、この世にはありとあらゆる謎があるから、女性だけが謎ではないけれど。小さな謎もあれば、大きな謎もある。ともかく、それはオリヴェイラが言っていることで、洗練された思想かどうかは疑問だわ(笑)。結局のところ、さまざまな謎があって、天地創造、それこそ大いなる謎よね。

──『夜顔』の原題、"Belle toujours"(永遠に美しく)は、女性にとってちょっと残酷なタイトルではありませんか? 年を重ねると……ピコリも「あなたはいつも美しい」と言いますが。

BO:そうね、ちょっと疲れるタイトルね。

──疲れますか(笑)。どういう意味で?

BO:なぜって、このフィルムにそういうフレーズをつけると、作品を見ていない人にとっては、中心点になってしまう。あたかも、いつまでも美しくいることがテーマの作品であるかのように。でもそれは的外れ。実際、アメリカでは "beautiful day" と「こんにちは」を同じくらい日常的に用いる。「あなたは美しい。38年経っても美しい」。でもそれは過ぎ去ってしまう何かでしかない。だから、それが中心点となると、私は疲れてしまうの。

──作品の中では、老いることに関する会話もありましたね。

BO:ええ、これは老いること、贖い、後悔についてのフィルムに間違いないわ。

──しかし、そのようなテーマを扱っていながら、見ている者は、重苦しい印象をまったく受けません。

BO:ぜんぜん重苦しくない。それこそまさにオリヴェイラの天与の才だと思うわ。心静かで、禅の雰囲気に近い。

──何か非常に深遠で感動的なものがあるのに、これみよがしではない。

BO:そう、だから老いや贖い、後悔についてのフィルム、と私が人々に紹介する時、これではダメだわ、まるで難解で重苦しい作品という印象を与えてしまうから、って自問するの。
 でもこの作品が正反対なのは、恐らく彼の年齢のおかげもあるでしょうね。あの年齢に達して、こうした題材を軽やかに描けるのは、彼自身、人間の存在や死といった問題に心を奪われているから……

──彼自身が?

BO:ええ、でも彼は常に陽気だわ。笑いも絶えないし。彼は十分に心穏やかだと思うわ。

──つまり、作品には監督の内面のある部分が投影されているわけですね。

BO:もちろん。

──あなたご自身は、撮影に入る前に台詞や演技など入念に準備されましたか?

BO:いいえ、ほとんどしなかった。自宅でリハをしてたの。

──たったおひとりで?

BO:そうよ(笑)。だからこの作品はブニュエル作品のようには作られなかった。私はそう思うわ。

──おっしゃるとおりだと思います。ディナーの場面のラストで、どうしてセヴリーヌはあのような行動をとったのでしょう?

BO:なぜって、たとえ彼が真実を告白してもしなくても、結果的には悲劇的になってしまう。実際、彼はセヴリーヌの質問に答えるつもりはないのよ。おまけに、その答えは非常に辛いもの。私自身としては、異なるアクションをしたかったけど、オリヴェイラは撮り直しをしたくないの。たとえ俳優がリテイクを望んでも、彼は望まない。

──だから、最後にあなたは別のものに変身してしまうんですか?

BO:あのシーンの撮影はとても大変だった。ミッシェルは『リア王』の夜の舞台があったから、現場を午後3時には離れなければいけなかった。

──レストランは本物ですか、それともセット?

BO:セットよ、とても美しく仕上げられたセット。

──最後の質問になりますが、あなたにとって、女優であることの歓びとは何でしょうか?

BO:ああ……実際に、演じるという歓びがある。ちょっと子供っぽくて、遊戯的な歓び。同時に大変な不安も抱える……言葉で説明するのは難しいわね。

──監督の一種の「道具」のように感じることはありませんか?

BO:もちろん。

──それでも歓びはある、と。

BO:ええ、歓びがないなら女優である必要はないわ。当然ながら歓びはある。でも、私は多くのことを経てきて、ようやく女優であることの神髄がわかるようになった……かたや、初舞台で、自分は俳優としてやっていけるとわかる人もたくさんいる。女優であることは、思考の対象であり、興味深いわ。他の誰かを体現するのは、とっても面白い(笑)。なぜなら、心理的に、人間の内面をあれこれ探ってゆくことになるから。

──まったく別の人物になりきってしまうタイプですか?

BO:いいえ。

──では、誰かを演じていても、あなた自身であり続ける、と。

BO:ええ、そう思うわ。

(2007年3月 聞き手:石橋今日美)

『夜顔』 BELLE TOUJOURS

監督・脚本:マノエル・ド・オリヴェイラ
製作:セルジュ・ラルー
撮影:サビーヌ・ランスラン
原作者:ジョゼフ・ケッセル
キャスト:ビュル・オジエ、ミッシェル・ピコリ、レオノール・バルダック

2006年/フランス・ポルトガル/70分

銀座テアトルシネマにてロードショー

23 Dec 2007

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