アピチャッポン・ウィーラセタクン インタビュー──『世紀の光』をめぐって

インタビュー

 アピチャッポン・ウィーラセタクンはすでに数々の国際映画祭から高い評価を得ている、1970年生まれのタイ出身の映画作家だ。東京フィルメックスでは第1回に『真昼の不思議な物体』(2000)が、第3回に『ブリスフリー・ユアーズ』(2002)が、第5回には『トロピカル・マラディ』(2004)がそれぞれコンペティションで上映され、そのうち2作品(『ブリスフリー・ユアーズ』、『トロピカル・マラディ』)がグランプリに輝くという快挙を成し遂げている。今回上映された最新作『世紀の光』(2006)は、モーツァルト生誕250年を記念した〈ニュー・クラウンド・ホープ〉プロジェクトの一環として制作された作品であり、第63回ヴェネチア国際映画祭においても多大な成功を収めたことが伝えられている。観客の映画体験に異様な揺さぶりをかける監督アピチャッポン・ウィーラセタクンに、このたび短い時間ながらもインタビューをする機会を得た。映画にあらわれるいくつもの不思議なディテールはどのようにして選び取られているのか。そのような単純な問いを監督に投げかけながら話を聞くこととなった。

 『世紀の光』は前半と後半のふたつのパートによって構成されている。前半はタイ郊外にある総合病院が舞台となり、医師と患者との会話や恋の芽生え、その後の人間関係が描かれる。後半では舞台が都市部の近代的な病院に移され、医師と患者とのやりとりが前半とほぼ同じかたちで繰り返される。2部構成の方法は前作でも採用されていたものであり、似たような物語が変奏されていく形式はアピチャッポン・ウィーラセタクンの長編第1作以来の取り組みであるともいえる。今回の新作で重要なのは、その英題("Syndromes and a Century")からも明らかであるように、この物語の繰り返しが「症例」として位置づけられていることだ。その「症例」には恋の病も含まれる。

 「映画のなかでものごとが反復される形式をとるのは、精神分析的なものと関係があります。人は場所や空間が変わっても同じようなことを反復するものなのです。そうした症例を映画でみせるのは、そこで登場する人物たちがとても現実的にみえるからです。恋に落ちれば、僕にもあなたにもあれらのような症例はみられる、でしょ(笑)? 僕がいいたいのは食欲がわいたりなくなったりするような実際的なことがらです。それが良いものか悪いものかということと関係なく、身体にあらわれてしまう痛みのようなものに僕の関心が引かれているのです」。

 この映画の舞台に病院が選ばれたのは「症例」というテーマによるだけでなく、アピチャッポン・ウィーラセタクンの個人的な問題と関わっている。「この映画を僕の両親についての映画にしたいと企画の段階から考えていました。僕の両親はふたりとも医師でした。ロケーションでは父の医務室を使ったシーンもありますし、後半に出てくる都市部の病院では父が息を引き取った施設を使いました。理学療法の診療科です。僕にとってとても大切な場所です」。


 映画が前半から後半へと場面転換し、同じ人物たちによって「症例」が変奏されていくにつれて、ふたつの「症例」の間にある差異が浮き上がってくる。彼らの声や表情、動作といった身体反応の違いがそれだ。またそれとともに浮き上がってくるのが、ふたつの「症例」を取り巻く環境の差異である。つまり郊外と都市の病院施設の違いだ。都市のものほど最新で高度に機械化されており、設備そのものの存在がより大きくみえる。それをさらに強調するかのように、後半部でなんともいえない奇怪な機械設備を長廻しで捉えた場面がある。この映画でもっとも強度あるシーンのひとつだ。
「あの黒い物体は排気用エアダクトのチューブです。ロケハンである病院を訪れた時にメカニックな設備の据えられた部屋に興味を持ち、その黒いチューブをみつけました。それがなんだかすぐにはよくわからなかったのですが、まずそのかたちが気に入り映画に取り入れました。ヴェニスでの上映後に指摘されたのですが、あのチューブは映画に登場する男性医師の置かれている精神状態の象徴とみることもできる。偶然の一致ではありますが僕はその見解に納得してます。
 都市の病院の場面では、執務室が地下にあったりして影の落ちている部分が多いですね。そこで僕が感じていたのはなにか宇宙船内の空間のようなものでした」。

 この作品で語られるユーモラスな「症例」のひとつに歯科医と仏僧のエピソードがある。歯科医は、仏僧の歯の治療中に自分が歌手でもあることを告げ、彼をコンサートに招待するのだ。「歯科医役を演じた男性は撮影前から知っておりまして、彼は実際に歌手でした(笑)。僕はいつも素人の俳優を使っていますが、今回の俳優たちは実際の生活で医者であったり、なかには美容師をしているものもいました。

 実は、僕も歯科医になろうとしたことがあるんです。でも入学試験で問題があり(笑)、タイの大学では建築を専攻に選びました。その後はシカゴ芸術大学に進み、アンディー・ウォーホールやキアロスタミらの非説話的な映画に影響を受けてきましたが、僕が映画制作をはじめて初期の頃は建築的な構築方法でブロックをつくっていたのかもしれません。いまはそれからかなり自由になってます。それよりは精神分析的なものによって構築していますね」。

 現在の進行している企画はふたつあるという。ひとつは、カナダをロケ地にしたSF映画。これは現地の人々を使って撮影する予定だという。もうひとつは、植民地時代のタイにまつわる物語に想を得た企画。「いままでやってきた2部構成の映画は『世紀の光』で最後にしようと思っています」と語るアピチャッポン・ウィーラセタクンの次回作はどの方向へむかうのだろうか。少なくとも、未来あるいは過去という虚構の時空を描くものであることは確かなようだ。

『世紀の光』 Syndromes and a Century / Sang Sattawat

監督・脚本:アピチャッポン・ウィーラセタクン
撮影:サヨンプ・ムクデップロン
録音:アクリチャルー・カラナミヤット
キャスト:サクダー・ゲオブアティー、ジェンジラ・ジャンスダ、ヌー・ニモソンブン、ソボン・プーカノク

2006年/タイ、フランス、オーストリア/1時間45分
06 Dec 2006

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